カルナバル
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]
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第11章
ぐんぐんと加速しながら、その物体は戦闘の中心めがけ、まっすぐに降下してくる。地平線からわずかにさし始めた 「トーマ!!」 セリパがびくっとして空を振り仰いだ。一瞬の隙につけ込むように打ち込まれた敵の拳をエネルギー弾をぶち込んで止めると、バーダックは彼女を背でかばいながら僚友を見上げた。 「苦戦してるようだな、きさまら。やっぱりオレがいなけりゃダメってことか」 「ぬかせ! 余計な邪魔しに来やがって。病み上がりに加勢してもらうほどオレたちは落ちぶれちゃいないぜ」 トーマはニッと笑って言った。「その意気だ」 敵に向き直ると、地を轟かすような叫びを上げながら、トーマは両手を目一杯広げてエネルギー弾の雨を浴びせかけた。負傷して倒れる者、慌てふためいて撤退する者で混乱する戦場の上を飛び交いながら、さらに休む暇なくエネルギー弾を撃ち込み続ける。 「トテッポ、セリパ、なんとか持ちこたえろ。オレはロタたちを見てくる」 そう言い捨てると、バーダックは森の中へと飛んだ。スカウターの導く方角へ進むと、さっき見かけた敵の一頭が湖のほとりでかがみ込んで水を飲んでいた。ここからパンブーキンの隠れているところまでは距離がある。 (間に合ったか) ホッとしかけて、バーダックは息を呑んだ。追っ手に気づいて顔を上げたそいつの右手には、しっかりとロタが握り締められていた。 狼が、あるいは熊が笑うとすればこんな顔になるのだろうか。勝利を確信したそいつは、バーダックによく見えるようにロタを握った手を目の前に掲げると、ゆっくりと指に力をこめ始めた。 気を失っていたロタが気づいた。声にならない 「ロタ!」 一瞬、バーダックとロタの視線が交差した。ロタの瞳の中に恐怖と絶望の色が浮かんだ。が、すぐにそれは諦観の表情に取って代わり、彼女は静かに目を閉じた。 毛むくじゃらの指がロタの体にじわじわと食い込んでゆく。みしみしと骨がきしむ音がする。バーダックは素早く攻撃の構えをとった。 威嚇するように敵が 「ぐ……っ」 バーダックは歯をくいしばり、両手を握り締めた。 (ロタを握りつぶしたら、次にやつはオレを殺しにかかるだろう。仲間を人質に取られ、オレが攻撃出来ないと油断している今のうちに攻撃すれば勝てる。だが……) 疲労から動きの鈍っていたバーダックの脇腹に長い爪が突き刺さった。 「……!!」 息が詰まり、目の前が真っ暗になった。プロテクターのおかげで致命傷は逃れたが、かなりの深手には違いない。 「ち……オレとしたことが……」 救いを求めるように空を見上げる。森の向こうにある山が邪魔をして、朝日はなかなか昇りそうになかった。 敵が体勢を立て直している間に、バーダックはふらふらと飛んで後ろに下がり、少しでも相手との距離を稼いだ。トーマたちはうまくやってるのか、 敵がゆっくりと攻撃の構えをとる。同じ攻撃を二度食らったら、もはや命はない。しんと静まり返った森の中で、自分の荒い呼吸の音だけが耳に響いていた。 一か八か……やるしかない。 「来いよ、クマ公。お遊びは終わりだ。そろそろカタをつけようぜ」 言い終わるか終わらないうちに、敵が襲い掛かってきた。右手にはぐったりしたロタを握り締めたままだ。 (頼むぜ、まだ生きていてくれよ) ブンと風を切り、黒光りする長い爪が目の前に突進してくる。正面から迎え撃つと見せかけて、バーダックは寸前で体を反転させてそれをかわした。 (今だ!) バーダックは残っていた力を全てこめて、森の木々とその向こうの山に向けてエネルギー弾を連射した。数十本の木々がなぎ倒され、山の頂上を砕く。とたんにまぶしい太陽の光が射し込んできた。 「うがあああああ!!」 敵はロタを放り出し、両手で顔を覆って絶叫した。そのまま、まるでスローモーションの映像のように、巨大な体が体毛を体内に引き込みながら、どんどん縮んでいく。 地表に激突する寸前のロタを受け止め、バーダックが振り返った時にはすでに、敵は普通の人間の姿に戻っていた。 今ならやつを倒せる。片腕にロタを抱えたまま空中に浮かび、バーダックはもう片方の腕を、必死で逃げてゆく敵の後姿に向かってかざした。 腕が小刻みに震えている。 (ダメだ。ホッとして気が抜けちまったせいか。照準が定まらねえ) 敵の姿は茂みの向こうへ消えた。バーダックは諦めて構えていた腕をだらりと下ろした。 朝日はおそらく草原で戦うトーマたちのもとへも届いているはずだ。これでやつらも助かった。――――バーダックは長く息を吐き出した。 「う……」 腕の中でロタが息を吹き返した。無意識のうちに自分のテリトリーの中に他者の存在を感知したのだろう。ロタの筋肉に緊張が走り、体が戦闘態勢に入ったのがわかった。 「待て、オレだ」 完全に覚醒する前に攻撃されてはたまらない。 反射的に構えようとするロタの体をバーダックは両腕で抱え込んだ。とたんに脇腹に鋭い痛みが走る。この傷さえなければ、なかなかオツな状況といえなくもない。 「ロタ、目を覚ませ。オレだ。バーダックだ」 ふっとロタのまぶたが開いた。一瞬、射るように激しい眼差しを向けたあと、ロタは我に返ったようにいつもの静かな表情に戻った。 「敵は……」 「逃げられちまった。とりあえず夜までは大丈夫だ。武器を使った反撃は出来ないように昼間のうちに叩いておいたからな。だが、夜になればまた変身して襲ってくる。トーマの応援があっても今度は――――」 「トーマ? 彼が来たのですか」 「そうだ。ようやく回復したようだな。やつがいれば百人力だ」 ロタはしばらくぼうっとした表情で考え込んでいたが、自分が置かれている状況に気づくと遠慮がちに申し出た。 「……あの、もう大丈夫です。手を放していただけませんか」 「それなんだが、実は負傷していて力が出ない。出血がひどくてさっきから目がかすみやがるんだ」 ロタは驚いて叫んだ。「それじゃ急いで手当てを。肩を貸しますからみんなのところへ早く……!」 「いや、正直言ってオレはもうダメだ。でも、こうしていると痛みが和らぐんだ。しばらくこのままでいてくれ」 バーダックはロタを抱いた腕に力を込めた。相手の顔が息がかかるほど近い距離にある。戸惑いを隠せず、ロタは赤くなった顔を伏せて身じろいだ。 「でも……あの……」 「いけね、元気になってきやがった」 「え? そ、そうですか。それなら動けますか」 「いや、オレじゃなくて不肖の息――」 ロタは首筋まで真っ赤になって、バーダックの腕を邪険に振り払った。 「下品な冗談が言えるなら充分です。さあ、みんなのところへ戻りましょう!」 敵が引き上げた後の草原では、回収したポッドの周りにみんなが集まり、中から薬品と食料を取り出していた。 セリパがロタの姿を認めて駆け寄ってくる。 「無事だったかい。よかった。――――バーダックは?」 「元気です。頭にくるくらいに!」 憤然と言い放つと、ロタはトーマとトテッポのところへ小走りに走っていった。後からやってきたバーダックにセリパが腕組みをして訊く。 「……で、今度は何をやらかしたんだい」 「ちょっと緊張をほぐしてやろうとしただけなんだぜ」 「いや、言わなくていいよ。だいたいの想像はつく」 笑って何か言い返そうとしたバーダックの顔が歪み、ガクリと膝をつくと、そのまま草原の中に倒れ伏した。小麦色の草には点々と血が落ちている。 「ちょ、ちょっと、バーダック!」 セリパが叫び声を上げた。 |