カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第13章

 バーダックの一撃で破壊された壁は継ぎ目もわからないほどに補修されていた。任務完了の報告のために部屋に入ってきた部下を見て、モンバームは一瞬、我が目を疑うかのような表情を浮かべた。
 大猿に変身したバーダックたちは敵を圧倒的な強さで打ち破り、ついに降伏させてフリーザ軍に引き渡したのだった。

「信じられないって顔だな、司令官。オレは幽霊じゃないぜ。それとも透けて見えるかい」
「どんな手を使った」
「それは言えねえな。企業秘密だ」
「……調子に乗りおって」
 歯ぎしりの音が聞こえてくるようだった。モンバームは手元にあったファイルを音を立てて閉じると、
「報告はいい。きさまらを収容したフリーザ軍から詳細を聞く。次の任務まで待機していろ」と忌々しげに言った。

 大仰に敬礼すると、バーダックはきびすを返して司令官室から出て行きかけ、ふと立ち止まって言った。
「サブリーダーのトーマが復帰したが、補充で入ったロタもこのままうちのチームでもらう。今回の手柄の褒美がわりだ」
「好きにしろ」
 ドアが閉まり際にバーダックはニヤリと笑って言った。
「なるべく早く次の仕事を頼むぜ。オレたちの腕がなまらないうちにな」

「なんだ、気味が悪いな。思い出し笑いなんかしやがって」
 トーマが苦笑しながら言った。リーダーが報告に行っている間、彼らはパンブーキンをメディカルルームへ連れて行っていたのだった。すぐさま処置がなされ、メディカルマシーンに入れられた彼は、45分もすれば完治するとのことだった。

 司令官室や上級戦士の宿舎が並ぶ区画を離れ、廊下を早足でエレベーターへ向けて歩きながら、バーダックが言った。
「モンバームの顔を見せてやりたかったぜ。ていよくお払い箱にするつもりのオレたちが、上級戦士並みの働きをしたんだからな。これであの野郎もあまり露骨な真似は出来なくなっただろうぜ」
「モンバームって……?」
 ロタが控えめに口をはさんだ。その横からセリパが答える。
「あたしたちの司令官さ。あんたはまだ会ったことなかったね。もっともあたしたち下級戦士はリーダー以外はめったにお目通りなんてかなわないんだけど。1年くらい前にどこか辺境の星からここへ戻ってきて、以前の司令官がフリーザさまのご機嫌を損ねて消されちまったもんだから、そのまま後釜に入ったってわけさ」
「気をつけろよロタ。あの野郎は美人に目がなくて手が早いって話だ。司令官室に呼び出されたら要注意だぜ」
 セリパはトーマをじろりと睨みつけた。「あんた、あたしにはそういうこと言わないね。どうしてだい」
「えっ、い、いや、そういうわけじゃ……」
「そういうわけってどういうわけだい。どうせあたしは呼び出されたりしないよ。色気がなくて悪かったね」

 バーダックが笑っていると、いきなりトーマが廊下の真ん中で派手に転んだ。
「これはこれは、大金星を上げた下級戦士さまのお通りだ」
 気がつくと自分の宿舎へ帰る途中の上級戦士たちが6人、バーダックたちを取り囲むようにして立っていた。そのうちの何人かは床に尻餅をついているトーマを見下ろして毒を含んだ笑い声を立てている。彼らのうちの誰かがトーマの足を引っ掛けたのだろう。怒りをこらえ、朱に染まった顔でトーマが起き上がると、男たちは口々に吐き捨てた。

「たかがまぐれでいい気になりやがって」
「まさかこれで上級戦士に取り立ててもらえるなんて思ってないだろうな」
「なんだと」バーダックは拳を握り締めた。
「やめろ、バーダック」
 バーダックが思わず顔をしかめるほど強い力で、トーマがその肩をつかんだ。
「オレならいい。行こう」
 トーマは上級戦士たちが嘲笑しながらその場を立ち去るまで、バーダックの体を押さえていた。

 サイヤ人は国家そのものがひとつの軍隊だ。階級は厳しく分けられ、自分より上の者に楯突くことは許されなかった。
「やつらはやっかんでやがるのさ。ヘタをすりゃ自分たちの立場が脅かされる」
 下級戦士専用のエレベーターに乗り込み、地中深く潜っていきながら、トーマは自分に言い聞かせるように言った。
「クソ野郎ども」バーダックはつぶやくと、隅で壁にもたれて黙りこくっているロタに気づいて言った。
「どうした、疲れたか」
 顔を上げたロタは何か精神の均衡を失っているように見えた。極度の疲労のせいだろうか。地下12階でエレベーターを降りた後、部屋で休むと言って歩いていきかけた彼女をトーマが呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。みんなも。話がある」

 “穴倉”は混んでいたが、彼らが入っていった時、ちょうど奥の二つのテーブルが同時に空いた。彼らの武勲は知れ渡っているらしく、羨望と嫉妬の入り混じった称賛の言葉や、顔なじみの誰彼のいつものからかいを適当にあしらうと、バーダックたちは奥のテーブルに陣取った。
 グラスの酒が行き渡り、周りの客が彼らに興味を失ってまた自分たちの仲間と話し始めるのを待って、トーマが声をひそめながら口を切った。
「実はな、オレは殺されるところだった」
「な――!?」
 セリパが慌てて片手で口を押さえた。バーダックはあたりに目を走らせ、聞きとがめた者がいないのを確認すると、トーマに顔を寄せて尋ねた。
「どういうことだ」
「オレたちが以前に攻めた星、あの甲殻類の人間どもが住んでいた星な、あの連中の毒はたいしたことはなかった。誰かがメディカルマシーンにもっと強力な毒を仕込みやがったんだ。麻痺があんまり長引くんで、不審に思った医者がオレの血液を調べてわかった。血中から人工的に合成された毒を検出したと言っていた。ただ、致死量に至るほどではなかったらしい」
「誰が。何のために」
「わからん。殺そうとして失敗したのか、単なる嫌がらせか。オレたちはずっと下級戦士のチームの中で快進撃を続けていた。面白くないと思うやつもいるだろうぜ」
 さっきの廊下での出来事が蘇ってきた。みんなしばらく黙り込んだ。

「そ、それじゃ、パンブーキンのポッドが故障したり、トテッポとロタが予想もしなかった伏兵に殺されかけたのも、いつもの上層部の杜撰ずさんな対応のせいだと思ってたけど、あれも全部陰謀のうちだってのかい」
 セリパとロタはお互い凍りついたように顔を見合わせた。
「まあそこまではどうだかな。あまり深読みしても疑心暗鬼になっちまう。とにかくみんな身辺に注意してくれ。パンブーキンにはオレから言っておく。―――そうだ。今日からロタは正式にオレたちのメンバーになった」
 バーダックはロタの方を向いた。「異存はないか」
「異存なんてあるわけないだろ。うちのチームは最高なんだから。ねえロタ」
「ええ」
「セリパ、おまえはロタが入るのに反対だったんじゃなかったのか」
「あたしはそんなに意固地な女じゃないよ。ロタは強い。それに優秀だ。うちのチームには必要さ。あたしよりもね」
「おまえもだセリパ。オレたちのチームは誰が欠けても成り立たない。そうだろうトーマ」
「ああ、その通りだ」
 セリパは頬を赤らめ、誇らしげに微笑んだ。

 解散を命じるとロタは部屋に引き上げると言って席を立ち、テーブルに大量の料理を運ばせて早速がっつき始めたトテッポを置いて、バーダックとトーマとセリパの三人はカウンターに移った。
「よくわからない女だな」“穴倉”を出て行くロタの後姿に目をやりながらトーマがつぶやいた。「戦闘力の割には戦場慣れしている」
「おまえもそう思うか」バーダックが訊いた。
「ああ」
「まあいずれにしても、オレたちはいい拾い物をしたぜ。あれだけの戦士はなかなかいない」

 その時、サイヤ人ハーフの女がバーダックを認めて近づいてきた。
「聞いたわよバーダック。また派手にやったんですってね」
「ロエリか。久しぶりだな」
 女はセリパのとげのある視線に気づき、ちょっと肩をすくめた。そして、そっとバーダックの耳元に唇を近づけると、小さな声で囁いた。
「あとであたしの部屋へ来ない?」
「いいのか」
 にこっと微笑むと、女はひらひらと踊るような足取りで酒場を出て行った。なまめかしい香りがふわりとセリパの鼻先をかすめてゆく。ボーッと見とれている男たちの隣で、セリパは荒々しくグラスを置いた。
「おいおい、そうカリカリするなよ。ほら、あっちにルコラがいるぜ。久しぶりなんだろ。話してこいよ」
 トーマはセリパの女友達を見つけて指差した。
「あたしがいない間に二人してよからぬことをしようと企んでるんじゃないだろうね」
「帰った早々、女遊びなんてしないぜオレは。こいつとは違う」
「悪かったな」
「心配しなくてもちゃんと後でおまえの部屋に行くから。シャワーでも浴びて待ってろ」
 セリパは真っ赤になって怒鳴った。
「そういう露骨なことを言うなっていつも言ってるだろっ。まったくどいつもこいつもうちの男どもときたら……!」
 ぷりぷり怒ってセリパは行ってしまった。
 小さく息をついてトーマはバーダックに向き直った。
「セリパのやつ、もうちょっと冗談が通じるといいんだがな」
「ふん。そういうところがいいんだろ」
「まあな」
「一生言ってろ」

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