カルナバル
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]
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第10章
「ったく、お調子に乗るからさ」 都市から離れた森の中に移動し、負傷したパンブーキンを手荒く介抱しながらセリパが吐き捨てた。 「あのミサイルは曲者です。至近距離にくれば爆発し、破片効果により目標を撃墜する仕組みになっている。いくら屈強なサイヤ人でも、まともに食らったらダメージは大きい」 ロタは手当てを手伝いながら、パンブーキンの全身に食い込んだ細かな金属片を調べた。応急処置で取れる数ではない。一刻も早く惑星ベジータに戻って手術する必要があった。 「詳しいな。こういう状況で戦ったことがあるのか」 ロタはバーダックの顔を見上げた。 「辺境ではいろいろな戦地に駆り出されます」 「下級戦士が行かないようなところへもか」 「そうです。辺境は戦士の数じたい少ない。わたしのいたチームは上級戦士との混合チームでした」 セリパが目を丸くしながら振り返って言った。「へえ、そうなのかい。道理で下級戦士にしちゃ、えらく気取ったしゃべり方だと思ってたんだ。それもみんなお上品な上級戦士の仕込みかい」 ロタは黙って苦笑した。 「立てるか、パンブーキン」 バーダックはパンブーキンに肩を貸して引っ張り上げると、人目につかない繁みの奥へと歩かせて、そこに座らせた。 「へへ、すまねえな」 「まったくだ。きさまはここでおとなしくオレたちの働きぶりを見物してやがれ。みんな、帰ったらパンブーキンが“穴倉”でしこたま 「はは……。かなわねえな」 その時、セリパが反射的に振り向き、飛んできた銃弾を手で弾き飛ばした。生き残った兵士だろう。軍服を来た中年の男が銃を構えた姿勢のまま、がっくりと膝を折った。胸からはおびただしく青い血を流し、灰色の顔には既に死相が現れている。 とどめを刺そうとするセリパをバーダックが制した。男の唇が白い息を漏らしながらかすかに動いている。 「……きさまらの命も……これで終わり……だ。……夜に……なれば……」 言い終わるか終わらぬうちに男の目が裏返り、そのままうつ伏せに倒れ伏すと二度と動かなくなった。 夜になれば――? 彼らは互いに顔を見合わせた。折りしも日は沈み、夜気があたりを静かに包み始めた。気温が急激に下降する。風除けに木々の枝を折り、パンブーキンの周りにテントのように張り巡らせていると、都市の方からかすかな地響きが伝わってきた。 「バーダック、まさか……」セリパが青ざめてリーダーの顔を見上げた。 「やつらは変身型の生物だといったな」 パンブーキンをひとり残し、バーダックたちは地響きの聞こえてくる森のはずれまで移動した。その先は広大な草原だった。小麦色の草がなだらかな大海原のように風にうねっている。 わずかに欠けた月が雲間から見え隠れし、草原の上をゆっくりと雲の影が流れてゆく。地響きが近づいてくるにつれて、月光がかなたに山のように巨大な黒いシルエットをいくつも浮かび上がらせた。 「来た!」ロタがスカウターの照準を合わせながら言った。「北西の方角に敵。その数、約2万。戦闘力――5500」 誰も声を出さなかった。勝利から敗北へ、周りの空気の色が一変したのを肌で感じていた。 その巨大生物は全身を黒い長い毛で覆われており、熊のような体に鋭い爪のついた太く長い手足を持っていた。尖った耳に長い鼻面は狼のようで、やや上寄りに金色の目が二つ光っている。まるで山が動くように、隊列を組んで、そいつらはこちらへと向かってくる。 (ちくしょう。せめてこれが満月の夜なら) 突然、バーダックは悟った。新しい命令が下るまで5日間も待たされた訳を。 (モンバームの 大猿に変身できれば少しは対等に戦えるものを、徹底的に不利な状況で戦わせるもくろみだったのだ。 (そうとわかりゃ、何がなんでも負けるわけにはいかねえ) 不敵な笑いを口元に浮かべ、バーダックは爪が手のひらに食い込むほど力いっぱい拳を握り締めながら、草地に一歩足を踏み出した。 お互いをはっきり視認できる位置までくると、先頭の1頭が足を止め、後の者たちがそれにならった。くぐもった ゴウッと耳元で風が ザクッ。 爪が根元まで食い込む鈍い音がした。敵はゆっくりと地面から手を持ち上げ、爪の下を覗き込む。 「ここだ。どこ見てやがる。ウスノロ」 敵は慌てて後ろを振り向き、声の主を探してあたりを見回した。頭上に浮かんでいたバーダックが、次の瞬間にはそいつの肩の上に降りていた。 「ここだって言ってるだろ」 振り回した巨大な手が肩に届くより速く、バーダックは再び空中に飛び上がった。と、同時に敵の顔のところで爆発が起こり、血と肉片があたりに飛び散った。耳をつんざくような叫び声を上げ、敵は両手で耳を押さえて地面に転がり、のたうち回っている。 バーダックは息つく暇もなく、次の相手に挑みかかりながら叫んだ。 「トテッポ、セリパ、ロタ! 何をグズグズしてやがる。フォーメーションCだ。片っ端から倒していくぜ」 「一体何をしたんだい、バーダック!?」 「へっ、ちょっとな。耳の中の風通しをよくしてやったのさ」 地面に転がった敵は顔じゅう血まみれになり、既に戦意を失ってグッタリしている。もう不意打ちは通じない。それ以上言葉を交わす余裕もなく、彼らは空中に飛び上がると、次々に襲いかかる敵に立ち向かっていった。 2時間後――― やつらが空を飛ばず、エネルギー弾を撃つことも出来ないのは幸いだった。バーダックたちの敏捷な動きに かといって、こっちが圧倒的に不利なのに変わりはない。4人がかりでやっと十数頭を倒したが、とても全部の敵を倒す力は彼らには残っていなかった。 それでも、絶望的な戦闘の中で、バーダックはなぜか全身の血が沸き立つような興奮を覚えていた。敵の体に拳がめり込むたびに、ほとばしる熱い返り血を浴びるたびに、戦闘民族としての肉体は歓喜に打ち震え、細胞のすみずみにまでドーパミンが放出される。横たわる敵の屍を見おろしながら、高らかに咆哮したいという押さえきれない衝動が体の底から (まだ……まだだ。やられてたまるか。たとえ腕一本になったって、やつらの最後の1頭を地獄の道連れにするまではな) (そうか、やつら……!) バーダックは叫んだ。 「みんな、もうじき朝が来る。それまで持ちこたえろ。朝になればこいつらの変身は解ける」 「……!」 「そうだわ!」 「元に戻りゃ戦闘力200のただの人間だったね」 3人の顔に生気が戻った。残った力を振り絞り、総攻撃をかける。1頭、また1頭と敵の屍が増えていき、焦った敵はやみくもに反撃しだした。 その時、敵の振り回した腕がロタを弾き飛ばした。 「ロタ!!」 ものすごい勢いで後ろの森の中に突っ込むと、それきりロタは戻ってこなかった。 「ロタ!」 スカウターの音量をいっぱいに上げて呼びかける。が、返事はない。とどめを刺すつもりなのか、敵の1頭が視界の端をよぎり、のそりと森の中へ入ってゆく。このままではロタばかりかパンブーキンの命まで危うい。 「くそっ」 バーダックは力任せに目の前の敵の横っ面を殴り飛ばした。1時間前ならかなりのダメージを与えられたはずが、パンチの威力が落ちてきているのがわかる。タフが取り柄のトテッポですら息が上がり、セリパはもう攻撃をかわすのがやっとの状態だった。 (く……っ。ここまでか) その時、目に入る汗を頭を振って払ったバーダックの目に、暁の空に光る小さな物体が映った。 「あれは……!?」 |