カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第7章

 司令官室の近くまで来ると、セリパが素早く耳打ちして言った。
「やつを怒らすんじゃないよ。頭を垂れて何を言われてもハイハイとしおらしく答えてりゃいいのさ。それがリーダーであるあんたの責務なんだからね」
 バーダックはむっつりと押し黙ったまま、セリパたちと別れてひとり司令官室のドアを叩いた。
「入れ」
 中ではNW−37星域担当司令官モンバームがひとりで机に向かっていた。

「またきさまか」
 いつも何かと問題を起こす下級戦士の顔を認め、モンバームは苦々しく口の端を歪めた。
「私への報告よりも、負傷した戦士の治療を優先したそうだな」
「一刻を争ったもんでね」
「黙れ、こっちも一刻を争うのだ。きさまが規則を破ったおかげでフリーザさまへの報告が遅れた。それがどういうことかわかっているのか」

 彼らサイヤ人にとって、フリーザは絶対であった。フリーザの意向に沿わない行為はすなわち死を意味する。特に権力に野心を燃やすモンバームは、自分の経歴にかすかにでも汚点をつけることを何より嫌っていた。
 かつて辺境惑星でくすぶっていたのが、上官を陥れて手柄を立て、出世して惑星ベジータへ凱旋してきた。それ以来、フリーザの覚えがめでたいのだ。――そんな噂も聞こえてくる。
 恰幅がよく、豪胆そうな外見とは裏腹に、狡猾こうかつで陰湿な男であった。

「オレたちの待遇をもうちょっと人間並みにしてもらえたら、負傷者も減るし、あんたの仕事も楽になるだろうよ」
「なに」
「整備不良の船に穴だらけのデータ。そんなものを与えられちゃ上級戦士でも苦戦するだろうぜ。下級戦士は使い捨てだとあんたは思ってるらしいが、あんまり派手に浪費するとそろそろフリーザさまのご機嫌も麗しくなくなるんじゃないのかい」
「きさま、言葉を慎め。下級戦士が」

 その時、バーダックの目が一閃した。と、部屋中に轟音が響き渡った。
 モンバームが愕然と見つめる前で、バーダックは表情も変えず、突き破った壁から右腕をゆっくりと引き抜いた。
「整備員に伝えるようあんたの部下に言ってくれ。今度手を抜きやがったら、きさまの腹にこれと同じ穴を開けてやるってな」

「バーダック!」
 物音を聞きつけてセリパとパンブーキンが飛び込んできた。司令官を前に一瞬躊躇ちゅうちょしたものの、壁の穴を見るや、二人は血の気の引いた顔でバーダックに飛びかかり、押さえ込むと口々にわめいた。
「モ、モンバーム司令官、こいつは頭がおかしいんです」
「そ、そうです。戦闘で頭を打って……それで」
「無礼をお許しください」
「なにとぞ寛大な処置を」

 廊下の向こうからモンバームの部下が駆けつける靴音が聞こえてくる。しばし考え込むように黙っていたモンバームが口を開いた。
「よかろう。ペナルティはなしだ。きさまらの仲間意識に免じてな。それだけ結束力の強いチームなら、さぞかしいい戦果があがることだろう。次の任務はきさまらにふさわしい星を選んでやる。それまでにせいぜい英気を養っておけ」
 モンバームは銃を構えて入口に群がった部下に、退がれと合図すると、バーダックたちを解放した。

「寿命が10年は縮まったよ。どれだけ頭に来たのか知らないけど、あんたのそのハチャメチャなところ、何とかならないのかい」
 廊下を急ぎ足で司令官室から遠ざかりながら、セリパが怒りと興奮に頬を紅潮させて言った。
「モンバーム司令官が寛大な方でよかったな」
「何言ってんだい」暢気のんきなパンブーキンにセリパは噛みついた。「あいつの陰湿さと執念深さを知らないね。言ってただろ。次の任務を待ってろって。きっとあの場で銃殺されてた方がマシってくらいひどい戦地に飛ばされるのさ」
「おっと、ここだ。行き過ぎるところだった」
 メディカルルームの前でバーダックはのんびりと足を止めた。
「ちょっと、聞いてんのかい。いったい誰のおかげでこんな――」
 女性用メディカルマシーン室のドアが開き、セリパは言葉を呑んだ。

 ロタがいない。

 医師が言った治療完了の時間までまだ間があった。
 メディカルマシーンのカバーは上に跳ね上げられたまま、中はもぬけの殻だ。中を満たしていた代謝増幅液はまだ完全に排水しきっていない。ということは、ここから出た――あるいは最悪の場合、治療の効果なしとして出された――にせよ、そんなに経ってはいないということだ。

「ここにいた女はどうした」
「先ほど完治して出て行きました」
 カルテの整理をしていた看護兵が答え、バーダックたちはロタの強靭きょうじんな生命力に感嘆した。
「宿舎に戻ったのかな」
「愛想のない女だね。あたしたちには挨拶なしかい」
「待て」
 バーダックは仲間を制し、男性用メディカルマシーン室の方向に目をやった。静まり返った部屋の中、かすかに人の気配がする。

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