カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第1章

 惑星ベジータ――――

 通称 “穴倉” と呼ばれる下級戦士専用の酒場は今夜も賑わっていた。
「よう、バーダック。早いご帰還だな」
 足を踏み入れたとたん、横合いの薄暗がりから声をかけられた。顔見知りの男たちがテーブルを囲み、上機嫌で杯を重ねている。
「1週間の予定を4日で終わらせたってか」
「ここんとこ快進撃じゃねえか」
「武勇伝はあちこちで聞いてるぜえ」
「武勇伝? どっちのだ。こっちのか?」酒焼けした赤銅色しゃくどういろの顔の戦士が、仲間に向かって卑猥な腰つきをしてみせ、回りの戦士たちがどっと受けた。

「へっ、好きに言ってろ」
 バーダックは苦笑を浮かべてつぶやくと、そのままカウンターの一番奥のいつもの席につき、左耳からスカウターをはずしてカウンターに置いた。
 すかさず、間延びした顔のバーテンダーが、ぎくしゃくとした手つきで彼の前に合成酒の瓶とグラスを置く。
「たまには蒸留酒でも出ねえのか」
 バーテンダーは黙ったままグルグルと左右別々に目玉を動かしてみせた。安酒に色気のない爬虫類系異星人が仕切る店。下級戦士相手じゃこんなものか。

「帰って来たのね、バーダック」
 振り向かなくてもすぐわかる。この尻尾にゾクリとくる声はあの女だ。案の定、見覚えのある小づくりの顔が横からのぞきこんできた。柔らかな髪、緑がかった大きな瞳、短い尻尾――――そのどれもが、女が異星人とのハーフであることを物語っている。確か母親は征服した星からこの星へ連れて来られた奴隷女の一人だという話だった。

「早く切り上げて帰って来たって、褒美も出なけりゃ変わりばえのしねえ扱いだ。戦闘で飛び回ってる方がいいメシにありつけるぜ」
「今回はどうだった? 手こずった?」隣のスツールに腰掛けると、女は媚を含んだ声で笑って言った。ほとんど顔をくっつけるようにして擦り寄ってくる。
「まあな。トーマのやつが熱病にかかった。敵の血を浴びて傷から入った毒素が全身に回ってな。まだメディカルマシーンでおネンネのはずだ」
「あらそう」
 あっさりと女は受け流した。決まった相手のいる男の話など興味ないのだろう。

「あ、呼んでるわ。行かなきゃ」女は素早く腰を上げ、「またね」と言うと、酒場の入り口に立ってこちらを見ている男の方へと、肉感的な腰を振りながら歩いていった。
 今度の相手はあの男か、とバーダックは納得した。下級戦士の派遣先を決定する権限を持つ下士官だ。

 男好きのする容貌と体。それこそがハーフゆえに戦闘力の低いあの女が、弱肉強食のサイヤ人社会で生き抜いてゆくための武器だった。権力のある男をうまくたらし込み、骨抜きにして、危険な任務から自分を外させる。そうやって女は綱渡りのような人生を今日まで続けてきたのだ。

 おそらく普通に戦士としての行き方を選んでいれば、少女のうちにあっけなく死んでいたに違いない。女であることだけを武器にした、ふてぶてしいまでにしたたかなその生き方が、バーダックにはむしろ小気味良かった。
 もっとも、何の権力も持たないバーダックと時々寝るのは、単に女の趣味らしいが。

「ざまあないね! いつまで見とれてんだい。鼻の下が伸び切っちまって、顎が地面についてるよ!」
 物思いから醒めると、チームの紅一点が苦々しげな顔で立っていた。
「セリパか」
「帰った早々、今夜の獲物を物色かい」
「やはり肌慣れたサイヤの女が一番だからな」セリパが目をむくのを心の中で面白がりながら、気づかないふりでバーダックは訊いた。「トーマの具合は」
「やっとお目覚めさ。宿舎に戻ったよ。少し休むってさ」
「こんな時に散々だったな」
 セリパはほんのり顔を赤らめた。次の任務までの間に、トーマと夫婦になる約束をしていたのだ。

「ところで、聞いたかい。カリフのチームが全滅した」
 バーダックの隣で合成酒のグラスを傾けながら、セリパが口を開いた。同じ下級戦士のカリフたちとは、戦果を競い合う仲だった。
「カリフが? なぜ」
「さあね」セリパは肩をすくめた。「レベルCの星域だ。あいつらにとっちゃ楽勝のはずさ。だけど全滅したっていうんだ」
「戦闘は水物だ。そういうこともある」
「…………」セリパは黙ってグラスを揺らした。氷がぶつかる音がした。

 ややあって、彼女は明るい声で言った。「もうそろそろラディッツが帰ってくる頃じゃないのかい」
「さあな」
「冷たいねえ。それでも父親かい」
 バーダックは鼻で笑った。「生まれてすぐに辺境惑星に送り込まれたクズだ。ま、オレのガキじゃそんな程度か」
 ラディッツの母親は行きずりの女だった。もう顔も覚えていない。ラディッツを産んだ後、どこかの星で戦死したと聞いた。

「ガキが出来たらおまえはどうする、セリパ」
 大切な戦士を産む妊婦は優遇される。望めば出産まで戦闘を免除されるのだ。フリーザはこれを非効率的だとして、体外受精した受精卵を育てる装置をある時期開発させたが、そうして完全に母胎から切り離して人工的に誕生させた子どもは、戦士としてはひ弱で戦闘に適さなかった。

「まだ先の話さ。それに、あたしはチームから外されてこんな星でくすぶってる気はないね」
「はは。おまえらしいな」
 グラスを空け、新たになみなみと酒を注いでから、バーダックはグラスの中で氷が溶けてゆくのを見つめていたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「命じられるままに闘って、ガキを産んで、死んで……そのガキがまた闘って、死んで――――その先にオレたちサイヤ人を待っているのは何だろうな」
「なんだい、バーダック。今夜はえらく感傷的じゃないか」
「ふ……かもな」
 バーダックは射るような漆黒の瞳に深い輝きをたたえ、セリパを見つめ返した。
 かつて一度だけ抱いたことのある女。そして、今は仲間の女……。

 視線をもぎ取るようにセリパは顔をそらせ、立ち上がった。
「あたしは宿舎に戻る。あんたも早く帰りな。これ以上飲むんじゃないよ」
「エアコンが壊れてやがるんだ。セリパ、おまえ暖めてくれるか」
 本気とも冗談とも取れる口調だった。
「ふん、二度とごめんだね」
 セリパは足早にカウンターを離れようとした。その拍子に、向こうからテーブルを縫ってこちらへやってきた背の高い女と肩が触れた。
「あ、ごめんよ」
「いえ」

 女の顔がこちらを向いたとたん、バーダックは思わず口笛を吹いた。背中までの長い黒髪に縁取られた滑らかな白い肌、切れ長の澄んだ瞳、細い鼻梁びりょうの下のつややかな唇。
 暗赤色の戦闘服と黒いプロテクターに覆われた肢体はみごとな曲線を描いている。
――――かなりの上物だ。周りのテーブルの男たちが色めき立っている。
「バーダック?」女は軽く小首を傾げるようにして、バーダックの顔をうかがった。
「ああ、そうだが」右手を伸ばし、女の顎に触れた。「どこのべっぴんだったかな。忘れるはずはないんだが」
 セリパが呆れたような顔でこちらを見ている。女はバーダックの手を軽く振り払うと、目の前に一枚の紙を広げてみせた。
「私の名はロタ。今日付けであなたのチームに配属になりました。どうぞよろしく」

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