カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第14章

 それから3週間の間、時折嫌がらせのように難関の星を陥落せよという指令が下ったが、バーダックたちは難なくそれらをクリアし、勇名をとどろかせながら勝ち星を挙げ続けていた。心配していた陰謀の気配も見えず、すべてが順調に行っていた。
「これなら本当に上級戦士に取り立ててもらえるかもしれないぜ。いくらモンバーム司令官にオレたちが睨まれていたって、これだけの成績を挙げりゃ無視できんだろう」
 積み上げたたきぎに火をつけながら、パンブーキンが嬉しそうに言った。

 夜はしんしんと更けている。青白く輝く二つの月は、彼らの手によって死の惑星と化した地上を照らしていた。あと3時間もすればフリーザ軍が収容に来る。惑星フリーザに凱旋する暇もなく、宇宙船の中でポッドの燃料を補給したらすぐにまた次の戦地へ赴く予定になっていた。
「どうだかな。査定は厳しいぜ。もっと実績を挙げないと」
 トーマが携帯用の食料を皆に配りながら応じた。髪からしたたり落ちる汗を、彼は自分のポッドから取ってきたタオルで拭った。

 バーダックは携帯用食料のパッケージを引きちぎりながら、戦いの余韻が体から潮のように引いていくのを感じていた。筋肉の興奮が鎮まっていくに従い、血を沸き立たせていた快感がだんだんと薄れていく。
 戦闘の興奮が醒めるのにも個人差があった。男は比較的早く、トテッポはもういつも通りの顔で食料を頬張っているし、トーマとパンブーキンも汗が引くに従い、徐々に平常の状態に戻りつつある。

 セリパはまだ余韻の中にいた。汗で光る筋肉は緊張状態から解けておらず、瞳は強い光を発してきらめき、全身の毛が逆立っていた。戦いの興奮が覚めやらず恍惚とした表情を浮かべているサイヤの女は、妖しいまでの美しさに満ちている。
 ふとロタに目を移すと、彼女は既に平静に戻っていた。というより、ロタが戦いの場で歓びを体に表すのをこれまでバーダックは見たことがなかった。戦いそのものをたのしみ、時に仕事であることを忘れてしまうことさえあるバーダックたちと違い、ロタは決して戦いを愉しむということはない。まるで機械のように何の感情も表さず、いついかなる時も淡々と任務を遂行する。
 任務――そう、ロタにとって戦いは任務以外の何ものでもないのだ。そういう点でも不可解な女だった。

「感度が悪いということかな」
 いつの間にかそばに腰を下ろしていたトーマが、焚き火の向こうに座ったロタを盗み見ながら、バーダックの思惑を推し量ったように囁いた。一般に、女の戦闘での感受性の強さは房事ぼうじでの感度の良さに比例すると言われている。事実、戦いの歓びを素直に表すセリパはベッドでも反応豊かな女だった。

 まだ気がたかぶっているセリパに何の話をしているかわかれば、手加減なしでエネルギー弾をぶち込まれるかもしれない。バーダックはさりげなく食料を口に運びながら声を落とした。
「さあな。試してみないことにはわからん」
「まだ抱いてないのか」トーマは信じられないという顔をした。「あれだけの上物を」
「上物だけにガードが固い」
 にやりと笑って、トーマは拳で悪友の胸をどやしつけた。
「おまえは本命に対しては意外と不器用だからな」
「他人のことより自分のことはどうなんだ」
 セリパと夫婦になるはずが、毒を盛られて以来のゴタゴタ続きで何となく届を出しそびれているトーマだった。

 小さく溜息をついて彼は言った。「あいつは生真面目なところがあるからなあ。よそ見しただけで殺されそうだ。オレにとってあれ以上の女はいねえってわかってても、これでオレの人生も終わりかと思うといまいち踏ん切りがつかなくてな」
「何が終わりだって?」
 飲料のボトルを両手に持ったセリパが、にっこり笑って背後に仁王立ちしていた。

 頭にボトルをぶつけられ、セリパに追い掛け回されているトーマをさっさと見捨ててバーダックはロタの隣に移った。トテッポとパンブーキンは味気ない食事を終え、めいめい焚き火の周りで横になっていびきをかいている。
「ボトルを1本くれねえか」
 ロタがくれた飲料ボトルのキャップを開け、半分ほど飲み干すと、バーダックは左手の甲で口を拭って息をついた。冬の星座を思わせる瞳がさっきからじっと彼を見つめている。
「おまえは辺境のチームにいたと言ってたな。それがなぜ本星のほうに戻ってきた」
 ロタはちょっと不可解そうに眉を動かし、形の良い唇を開いて言った。
「チームが全滅して私ひとりが生き残ったんです。それが何か」

 別に不思議なことではなかった。所属するチームのメンバーが欠けると補充するのが通常だが、メンバーの過半数を失ったチームの場合は、欠員を補充するより、残ったメンバーを欠員要員として他のチームへ派遣するならわしになっている。辺境にいたロタもそれで本星へ呼び戻されたのだろう。

「そうか。辺境では修羅場をいっぱいくぐり抜けてきたようだな。戦いぶりを見てるとわかる。うちのやつらは皆なかなかの戦士だが、ネジが1本抜けてるやつらばかりだからな。おまえがいてくれると何かと心強い。これからも頼りにしてるぜ」
 薄く微笑むとロタは炎に目を転じた。

 この表情だ――バーダックはロタの横顔を見つめて思った。この表情を見るといつもなぜか軽い苛立ちを覚える。柔らかく微笑みながら、その実決して他人を内に踏み込ませない拒絶の意思表示……。
 初めのうちは新しいチームに馴染んでいないだけなのだと思っていたが、戦いを重ね、皆と寝食を共にするようになって、ロタの口調や態度が和らぎを帯びるようになってもこの表情だけは変わらなかった。

 ふと気づいてバーダックはあたりを見回した。トーマとセリパの二人が消えている。
「ちぇっ、あいつら……」
「セリパに聞きました。あの二人、夫婦になるんですね」
「ああ。セリパはああ見えて、まっとうな生活というのに憧れているからな」
「まっとうな生活?」
「決まった相手を持って子どもを産んで……ってやつさ」

 ロタはしばらく黙り込んでいたが、やがて独り言のようにぽつりとつぶやいた。
「……そうやって、死ぬための命を次々に送り出しながら、サイヤ人はどこへ流れてゆくのでしょうね」
 バーダックはハッとしてロタを見た。
 戦いに明け暮れ、補充要員としての子どもを産む日常――サイヤ人の生き方に合致した今の生活にトーマやセリパさえ疑問を抱いていない。バーダックもまた、与えられた暮らしに甘んじていた。

 だが、頭の隅に引っかかっている漠とした不安のような想いが、時として心の表面に顔をのぞかせることがある。同じ想いをこの女もまた抱いているとは――――
 視線を感じてロタがこちらを向いた。遠い瞳だった。そこにはバーダックの顔が映っていたが、女の見ているものは遥か遠くにある何かだった。それが何なのか、知りたいという強い欲求にバーダックは駆られた。

「あなたには決まったひとはいないんですか」
 微笑みを含んでロタが訊いた。この女がこんなことを訊くなんて珍しいことだった。
「いない。オレは型にはまるのが苦手でね。心ならずもガキはひとり作っちまったが」
「男の子?」
「ああ。生まれてすぐ辺境惑星に送られて、先週ようやく戻ってきたが、またすぐ別の星へ送られた。顔も見せに来ねえ。来たところでオレも会うつもりなんてないがな。父親らしいことなんて何もしてねえ。種を蒔いただけだ」
 軽口に紛れて女を落とすつもりなら、もっと気の利いた話題があるはずだった。オレはなんでこの女にこんなことを話しているんだろう……。バーダックは心の中で自問していた。

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