カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

プロローグ101112131415
161718192021222324252627282930

第27章

 連れて行かれたのは、軍規に反した兵士を処刑する中庭ではなく、素性を改竄かいざんするためにロタが忍び込んだコンピュータ室だった。そこにはフリーザ軍の下級兵士が二人待ち構えていた。一人は彼女を連行した兵士と同じ、前後に長い頭をしたオクトパス星人で、残る一人は頭に二本角のあるホルン星人だった。

 ホルン星人がまずロタに座れと命じた。どうやらこの男がリーダー格らしい。あとの二人はロタが暴れた時に取り押さえる役目なのか、こちらに監視の目を向けて両脇に立っている。
 訳がわからぬまま椅子に座り、教えられたパスワードで命じられるままに端末からアクセスすると、一呼吸置いて画面にサイヤ人チームのリストがずらりと現れた。彼女にとっては知らない顔ばかりだ。

「こいつらを始末するのがおまえのこれからの任務だ」抑揚のない声でホルン星人は言った。
「えっ……」
「どんな手を使っても構わん。が、くれぐれも周りの者に不審を抱かせるな。戦闘に紛れて片付けるのがベストだ」
「……なぜ……なぜ彼らを……?」

 ロタの狼狽ぶりが面白かったのか、脇からオクトパス星人の一人が割り込んできた。
「驚きだろ。オレたちも初めて聞いた時はびっくりしたぜ。なんだってフリーザさまお気に入りのサイヤ人を殺すのかってな。しかもこいつらは腕利きのやつらばかりだ。まあオレが思うにだな、出る杭は打たれるっていうか―――」
「そこまでにしろ。このリストの中に加わりたくなかったらな」

 ホルン星人に叱責され、調子よくしゃべっていたオクトパス星人は慌てて口をつぐんだ。
 視界が急に暗くなり、頭が割れるように痛んだ。座っているのにめまいがする。ロタは思わず両手でコンソールにしがみついた。
 遠くでホルン星人の声がする。
「おまえに選択の自由はない。命令通りにしなければ惑星ソレルへ送り返すだけだ」

 惑星ソレル―――その名を聞いた途端、麻痺していたロタの神経に氷の刃を当てたような衝撃が走った。意識の底に封じ込めていたもろもろの場面が、鮮やかな色彩と音を伴って表面へと浮かび上がってくる。
 父の無残な死に様―――モンバームの陰湿な笑み―――男たちの下卑た高笑い―――血まみれで横たわるルファルの姿―――。

 稲光が瞬くように何度も何度も同じ映像が目の前で切り替わり、むっとくる血の匂いが鼻をついた。ロタはその場に嘔吐した。
「うわっ、こいつ」そばにいた男が慌てて退いた。
 事件が起こって以来、何も口にしていない胃からは胃液しか出てこない。椅子から崩れ落ち、床に這いつくばったまま、それでも彼女は吐き続けた。

 このまま死にたくなかった。死が苦痛からの解放ならば、喜んで身を委ねよう。だが、今死ねばあの地獄の情景の中に閉じ込められ、永遠に苦しみ、のたうち回り続けなければならないような気がする。それは想像するだけで気が狂いそうな恐怖だった。
 生きたい。あの地獄の中に引きずり込まれたくない。そのためなら何だってできる。たとえ同胞を手にかけることであっても……!
 ロタは震える手を伸ばし、目の前にあった男のブーツを掴んだ。

 それから数時間後、ロタは自分で改竄した名前と身分データをそのまま与えられ、最初のターゲットが待つ星へと向かうことになった。
「やつらには新しいメンバーが加わることは知らせてある。任務が済んだらリストにチェックを入れろ。確認後、次のチームに潜り込むための指示を与える」
 ポッドに乗り込んだロタに、ホルン星人はパスワードは覚えているかと念を押した。
「任務が全て完了したらおまえの罪は不問に付される。まあせいぜい正体がバレないようにするんだな」

 任務が全て完了したら―――

 その言葉はロタにかすかな希望を抱かせた。一旦汚れ仕事に手を染めた者を軍がたやすく放免してくれるはずはない。それでも全てが終われば何か違った展望が開けるのではないか。それだけを支えに彼女は任務を遂行していった。

 チームのレベルに合わせて自分の戦闘力をセーブするうち、スカウターの数値を欺くことを覚えた。正体がバレそうになった時は無関係の者まで殺して口を塞いだこともある。そうして無我夢中で任務を一つまた一つと片付けていくうちに、心のスイッチを切って感情を表に出さなくするすべも身につけた。それは罪悪感に押し潰されないためにも必要なことだった。

 そして、リストに挙がった任務が全て完了する日が来た。最後のターゲットを倒し、報告を済ませて胸のつかえが取れたような気持ちでいると、折り返しすぐに連絡が入った。新しいターゲットの追加と次に行く星の指定だった。これから先も随時標的は増えていくという。

 画面を開き、追加されたリストを見て、自分にはもう死ぬまで暗殺者としての生き方しか許されないのだとロタは悟った。
 それは絶望的な宣告だった。

 次の日の朝、顔を洗い、ふと目を上げた洗面台の鏡の中には、見知らぬ女の顔があった。削げた頬、暗く無表情な眼差し、硬く引き結ばれた唇。
 くるくるとよく動く表情豊かな瞳と無邪気に笑う娘の顔はそこには既になかった。わずかな間に激動した彼女の運命は、氷の仮面を彼女の顔にかぶせたのだった。

 父も……ルファルでさえ……今の私に会っても気づかないだろう。

 ロタはあれ以来初めて泣いた。
 惑星ソレルの事件から半年が経っていた。

第26章へ第28章へ

DB小説目次へ

HOMEへ