カルナバル
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]
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第18章
宇宙船から2クルート(地球の単位で2キロ)ほど行ったジャングルの中にロタはいた。木漏れ日がまだらな影を落としている草の上で、彼女は身動きひとつせず放心したように立ちつくしていた。 (無事か) 心の底からホッとした思いがこみ上がってくる。降下しながら彼女の名を呼ぼうとして、バーダックはギョッとして空中で静止した。 ロタの足元から少し離れたところにモンバームがうつ伏せに転がっている。おびただしい血が彼の首や背中を染め上げていて、ひと目で息がないことがわかった。 あたりに目をやると、そこから更に離れたところに敵がひとり倒れていた。老人のようだ。これも既に事切れている。 背後に人が降り立つ気配に気づき、ロタが振り返った。 「これは……どういうことだ?」 「バーダック!」 ロタは駆け寄ってきてバーダックの胸に飛び込んだ。興奮して激しく震えながら、彼の背に爪を立ててしがみついている。 「おまえがやったのか?」 ロタは大きく2度、3度とうなずくと、乱れた息遣いのまま、ここへ来た経緯を語った。 休憩時間になってすぐ、彼女は司令官室のモンバームを密かに訪れ、あの辺境惑星での出来事の断片をキーワードのようにして告げた。 彼はすぐに気づいた。そして悟った。彼女が誰であるか、そして何を望んでいるかを。 「私の誘いに乗ってモンバームはジャングルまでついてきた。女連れで外へ出て行く上官を警備兵は気をきかせて詮索しなかった。彼は油断していたわ。私に彼を倒せるはずがないと。事実その通りだった。でもここへ降りてすぐに敵が……敵が現れて」 「あいつか」 バーダックは倒れている老人に目をやった。 「老人と小さな子ども。逃げる途中のようだった。モンバームはもちろん彼らを殺そうとした。すると老人が私の心に直接話し掛けてきたのよ」 ―――おまえと取り引きがしたい。おまえの願いはわかっている。この男を倒す手助けをする代わりに私たちを見逃して欲しい。 「やつらは心を読むのか」 ロタはうなずいた。「すぐそばまで近づけば可能なようね。私に選択の余地はなかった。 ロタは老人の申し出を受け入れ、老人は全精力を傾けてモンバームの自由を奪った。そしてロタはついに思いを遂げた。 老人はモンバームが倒れたあと、力尽きて死んだ。ロタは約束通り子どもを逃がした。 ロタは涙を流していた。「終わったわ。これで何もかも」 「いや、まだ終わっちゃいない」 バーダックはロタから体を離すと空を見上げて言った。後を追ってきたセリパとトーマが彼らを見つけて降りてくる。その向こうからモンバームの側近たちが、帰ってこない上官を探してこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。 「いったいどうしたんだバーダッ……ひええっ」トーマがモンバームの死体を見つけて跳び上がった。「し、司令官が……司令官が……」 セリパは大きく目を見開いてロタを見つめた。「まさか、あんたが……」 「話はあとだ。みんな何も言うな。オレに任せてくれ」バーダックはロタを振り向いて言った。「オレを信じろ。必ずおまえを守る」 追って来た側近は背の高い男とがっしりした男の二人だった。司令官の死体を発見した彼らは仰天し、当然ながらロタに疑いの目を向けた。バーダックは笑い飛ばして言った。 「ロタが? 冗談じゃねえ。彼女はオレたちと同じ下級戦士だ。逆立ちしたって司令官にかなうわけがないだろう」 「黙れ。現に司令官は死んでいるのだぞ。この女ひとりでは無理だと言うなら、きさまたちが手を貸したのだ」 長身の側近が声を荒らげると、がっしりした方の側近が脇から口をはさんだ。「しかし、こいつらが宇宙船を出て行ったのはオレたちが司令官を探しに出る直前だ。ゲートの警備兵が見ている」 「そういうことだ。いくらオレたち全員がよってたかってかかったとしても、あんたらがここへ来るまでのわずかな間に司令官は倒せない。では誰が司令官を殺したのか? ――敵だ。そこに転がっているだろう。草むらに潜んでいた敵によってモンバーム司令官はやられた。なぜ簡単に不意打ちを食っちまったのか? ――ロタとの“会話”に気を取られていたからだ。そうだなロタ?」 急に話を振られてロタはビクッと顔を上げ、無言でうなずいてみせた。 「彼女との“会話”がどういうものだったか――そこまで詮索するか?」 上官の性癖を思い出し、がっしりした側近が答えた。「いや……」 「賢明だ」バーダックはうなずいた。「司令官の名誉のためにもな」 「しかし」と、長身の側近が一歩踏み出した時、彼らを大きな影が包んだ。見上げると上空に巨大な宇宙船が浮かんでいた。 「ザーボンさまだ!」 『モンバームはどうした。新たな指令を与える』 スカウターから低く落ち着いた声が聞こえてきた。フリーザの最もそば近く仕える男の声だった。 「そ、それが……」 「あいにくと死んじまったんでさ。名誉の戦死ってやつで」 口ごもる側近の代わりにバーダックが無造作に答えた。 「バ、バーダック」セリパとトーマが必死で止める身振りをしている。彼らの王よりも上の地位に君臨する人間に対して、あまりに畏れ多いということだろう。モンバームの側近たちは無礼な下級戦士をたしなめることも忘れて平伏している。 ザーボンは下級戦士のぞんざいな口調を気にも留めぬ風に続けた。 『交渉は決裂した。敵はフリーザさまに協力することを拒んだ。相応の報いを与えよ』 「了解」 通信はそこで切れた。忠実な部下のひとりが死んだと聞いても何の反応も示さない乾いた声を、バーダックは死ぬまで忘れることが出来なかった。 「どれほどの戦士を駆り出しているのだ。こんなつまらん星ごときに」 幼いが威厳のこもった声だった。戦闘民族の王子はスクリーンに映った地表の様子を見上げ、不満げに顔をしかめている。 子守りを押し付けられたのは心外だが、フリーザさまがこの子どもを気に入られている以上、こうやって時々は任務に同行させてサイヤ人の王族としてどう行動すべきか、叩き込んでやらねばならない。王はまだ自分の手元に置いておきたいようだが、鉄は熱いうちに打つに限るのだ―――ザーボンは胸の内で呟いた。 「敵は超能力を使うとかで、さすがに上級戦士でも苦戦しておるようですな」 王子のお付きの者としてついてきたナマズ 「どこへ行くのだ、ベジータ」 上官であるザーボンの声を無視して、幼い王子は宇宙船のゲートへと向かった。そこにいたフリーザ軍の兵士に「開けろ」と命令する。 「し、しかし」 ナマズ髭の男と共に後を追ったザーボンは、叩きのめされた兵士たちの横でゲートの開閉レバーに手をかけている王子を見つけた。 王子は不敵な笑いを浮かべてこちらを向いた。 「こんな星のひとつやふたつ、オレが片付けてやる」 「待て、ベジータ!」 ゲートが開き、凄まじい勢いで空気が吸い出されていく。その中を王子はNK−7星の対流圏へと飛び出して行った。 |