カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第21章

 ロエリは今はNK−7星で戦死した男に代わる新しい愛人を見つけていた。上級戦士の中でもトップクラスのエリートに食いついたらしい。男が侵略した星で奪った宝石などを誇らしげに身につけて歩いている彼女の姿を時折見かけるようになった。
 ある日の夜、バーダックはロエリのいる女性戦士用宿舎の近くの廊下で彼女が通るのを待っていた。すると、向こうから気づいて声をかけてきた。
「あら、バーダック。元気だった?」
「ずいぶんと羽振りがいいようだな」

 ロエリは嬉しそうに赤や青の石のついたブレスレットを触ってみせた。「あたしにとっては宝の山よ。あの男とつきあってるせいで待遇もいいの」
「そいつはよかったな。ところで少し話せるか」
「いいけど。どうしたの改まって」
 ロエリはあたりをうかがうと、「今度の男はちょっと嫉妬深いのよ」と言い、人気ひとけのないのを確かめてからバーダックを自分の部屋へ招き入れた。

 モンバームの経歴を洗い出して欲しいというバーダックの申し出を、彼女は気軽に受け入れた。男の部屋の端末を使って調べるという。
「大丈夫か」
「平気よ。あいつときたらエリートのくせに割と無用心なの。IDとパスワードは調べればすぐわかるし、アクセスした後、履歴を消しておけばバレっこないわ」
「頼んだぜ」
「で、報酬は? 危ない橋を渡らせるんだから、それ相応のものをくれるわよね」

 バーダックはベッドに並んで腰掛けた女の顔を見た。「あいにくとオレは宝石なんかには縁がない。おまえが変な男に絡まれた時の用心棒代わりってのでどうだ?」
 ロエリは腕を組むと小首を傾げ、横目でちらりとバーダックを見返した。「用心棒なら間に合ってるの。それより今夜一晩あたしと過ごして――それで手を打つわ。今度のやつって自分さえ楽しめればいいって男なの。もうストレス溜まって死にそうなんだから」

 バーダックは無言だった。ロエリは彼にしなだれかかりながら笑い声をたてた。
「どうしたのよ。据え膳は拒まない主義じゃなかったの。それともあのロタってひとに気兼ねしてるのかしら。妬けちゃうわね」
 バーダックはロエリをベッドの上に押し倒した。
「朝までここにいればいいんだな」
 ロエリは挑発的にバーダックを見上げた。「満足させてね」

 翌朝、バーダックは陽も昇りきらないうちから起き出して服を着た。ロエリは下着を引っ掛けると寝ぼけまなこでドアまで見送った。
「ずいぶん早いじゃない。ゆっくりしていけばいいのに」
「またなロエリ。頼んだこと忘れないでくれ」
「わかってるわ」ロエリはバーダックにキスして言った。「ステキだったわ。あんたが上級戦士だったらよかったのに」

 バーダックはロエリと別れて歩き出した。廊下には早朝の出撃に合わせてポッド発着場へ向かう戦士たちがエレベーターへと急いでいる。ふと見ると、人波に揉まれてロタが立っていた。
 彼女は寂しそうに微笑んだ。「どこにもいないから気になって……」
「ああ。いや……」
 バーダックはチラッと後ろを振り向いた。ロエリは興味津々の顔で部屋から顔を覗かせていたが、彼と目が合うとすぐに中に引っ込んだ。

 気まずい思いで彼は視線をロタに戻した。彼の知る限り、あの夜以来彼女は他の男の元へ通ったことはない。もしそうだったとしても、お互い様だろうなどと開き直るつもりは彼にはなかった。
 彼はロタの前に立った。
 彼女はバーダックを責めなかった。ただ深く傷ついていた。

 狂おしいほどの衝動にき動かされ、彼は往来の真ん中で思わずロタを抱きしめた。
 ロタは強くバーダックを抱き返した。彼の体に自分の体を押しつけ、彼の唇といわず頬といわず首といわず、自分の唇が届くすべての場所に激しく口づけた。

 ロエリから連絡が入ったのはそれからまもなくだった。情報収集を頼んだ時と同じように、彼女の部屋でバーダックはロエリの話を聞いた。
 ロエリは両手の中に収まるような小型のコンピュータを携えていた。
「男のところからくすねたの。大丈夫。現物が見つからない限り足はつかないようにしてあるから。この中にモンバームの詳しい経歴が入っているわ」

 バーダックはざっとデータを参照した。時系列順に新しいデータから並んでいる。モンバームが何らかの陰謀に加担していたようなことを示す怪しい点は特にない。
「最初のデータはどうした。やつが辺境惑星にいた頃の情報は」
「プロテクトがかかっててどうしてもアクセスできなかったわ」
「星の名は?」
「トップシークレット」と、ロエリは答えた。「星の名前すら極秘事項よ」
「なんだと?」

 ロエリの顔は少し青ざめていた。
「ダメなのよ。モンバームが1年前にいた星の名前も、そこで起こった出来事も、すべてが極秘扱いになってる。ぎりぎりまでアクセスを試みたけどこれ以上は危険よ。
 バーダック、あんた一体何に首を突っ込んでるの。何を調べようとしているの。フリーザ軍がタブーとして隠そうとしていることを暴きたてようなんて」

 トップシークレット……フリーザ軍のタブー……。

 二つの言葉が頭の中をぐるぐると回った。
 ロエリの漏らす深く長い溜息にバーダックは我に返った。彼女の疲労は色濃かった。
「悪かったなロエリ。危険なことをさせちまって。これ以上はいい。オレが自分で調べる」
「お願いよバーダック。やめておいた方がいいわ。フリーザ軍がこれほどまでにして隠そうとしている情報なんて、下級戦士のあたしたちにどんな関係があるっていうの。これ以上危ない橋は渡らないでちょうだい。お願い」

「わかってる。おまえの協力に感謝するぜ。よくここまで調べてくれた」
 ロエリはバーダックの首に両腕を回すと情熱的に口づけてきた。
「あんたが好きなんだもの、バーダック。ああ、もしあたしに人並みの戦闘力があって、普通の戦士としての生き方が出来たら……! 好きでもない男におもちゃにされるような人生じゃなくて、本当に好きな男のそばにいられるのに」

 バーダックはロエリをベッドに横たえた。彼女から示された情報提供の見返りもこの前と同じ条件だった。だが、なぜかバーダックの体は反応しなかった。
 ロエリは彼の胸を押し返した。
「いいわ。行ってあげて。あのひとのところへ」
 横たわったままロエリは手で目を覆うと、壁の方へ顔をそむけた。

 新しい指令が出た。行き先はLB13Tポイント。レベルBの星だった。下級戦士にとってはやや難しいが、今のバーダックたちには戦い甲斐のある相手だ。
 砂色の海に黒い植物に覆われた大地が広がる豊富な資源を持つ星。人間の形に岩石を組み合わせたような外見を持つ住民の文明レベルは低く、頑強な体と両手から放つ電撃弾の他に武器らしい武器はない。それでも敵の戦闘力は5000近くあり、下級戦士でいえば中の上あたりだ。

 誇り高いこの星の住民は、見せしめに王を殺されながらもフリーザの奴隷になることを拒んだ。当然バーダックたちに下された命令は「星を破壊せずして住民を皆殺しにせよ」だった。

 住民が決起し、徹底抗戦に出てから4日目の夜――。
「明日はいよいよ満月だな」
 森の中でかがり火を囲み、満ちてゆく月を見上げてトーマが言った。
「大猿になれば戦況は一気に進む。これまで順調に進んで来たが、最初っから手っ取り早くパワーボールで満月を作った方がよかったかな」
「あたしはあまり感心しないね」と、セリパが応じた。「あれは消耗が激しい。よほど苦戦した時の最後の手段さ。ここが終わってからも任務は続くんだ。体力は温存しておきたいよ」
「それもそうだな」

 バーダックは腰を上げた。「さて寝るとするか。悪いなトーマ」
「交代は2時間後か。いい夢見ろよみんな」
 メンバーは見張りのトーマを残し、それぞれに繁みの中に隠したポッドへ仮眠をとるために引き揚げた。
 バーダックもまた自分のポッドのハッチを開けようと手をかけた時、後ろから呼び止める声がした。
 声のした方を見ると、ロタが少し離れたところで木の陰に隠れ、そっと顔をのぞかせていた。
 バーダックはロタに歩み寄った。
「どうした」
「……抱いて」
「お、おい」
 ロタはバーダックの首に手を回し、彼の唇をふさぎながら言った。「お願い」
 彼女は既にプロテクターを外しており、アンダーウェアに包まれた柔らかな曲線を彼の体に押しつけてきた。尻尾から漂う濃厚な匂いがバーダックを幻惑する。女の体を強く抱きしめ、唇を吸い、舌を絡め合ううちに、彼の頭の芯は甘美な刺激にしびれていった。

「トーマのやつに知られたら殺されるぞ」
 女の尻尾を握り、愛撫を始めながらバーダックは囁いた。ロタの唇が彼の唇から首筋を通り、鎖骨のあたりへと這っていく。
 バーダックは片手で女の乳房をつかみ、片手で腰を抱いた。あえぎながら顔をのけぞらせたロタの瞳に、銀砂を撒いたような星空が映る。彼女は泣いていた。
「どうした。決戦の前で気が昂ぶっているのか」
 ロタは固く目を閉じ、何も言わずにバーダックの頭を抱きしめた。草むらの陰で息を潜めながら二人は激しく愛し合った。

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