カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第26章

 あまりの事の重大さにロタは体の震えが止まらなかった。父はフリーザの支配を逃れてサイヤ人が生きる道を模索しているのだ。
 他言しないことを約束させると、コーレンは娘を実験室から連れ出した。被験者にも研究の真の目的は伏せられ、知っているのは自分たち父娘とソレル人科学者、それに助手の4人だけだった。

 しかし、コーレンも気づかないうちに、そのことを嗅ぎつけていた男がいた。男は助手を買収して研究の全貌を知ると、権力への野心にこれを利用しようと機が熟すのを待っていた。
 そう、その男こそモンバームだったのだ。

 “機”はそれから間もなく訪れた。
 きっかけは些細なことだった。コーレンが任務で惑星ソレルを離れているちょうどその時、サイヤ人とフリーザ軍下級兵士が酒場で乱闘騒ぎを起こした。
 ただの酔っ払い同士の喧嘩に過ぎなかったそれを、モンバームは部下を使って、あっという間にサイヤ人とフリーザ軍の間の小競り合いにまで発展させた。

 そしてすかさずフリーザ軍本部に通報したのだ。
「惑星ソレルでサイヤ人の暴動勃発」と。
 娘からの連絡を受けたコーレンが急ぎ帰星したときには、事態は既に収拾がつかないほどになっていた。

「血の気の多いサイヤ人がフリーザ軍下級兵士相手に派手な喧嘩をしたってことだろ」
 フリーザ軍本部から派遣された鎮圧部隊の隊長は、惑星ソレルに向かう船の中で部下相手にそうぼやいた。
「面倒なこった」

 暴動に加わった者を罰し、責任者の管理責任を問うだけで簡単に決着がつけられる。なあに、4時間後には惑星ベジータへ帰還する船の中さ――頬杖をつきながらスクリーンを眺め、ぬめりを帯びた緑色の頬を指先で軽くたたきながら、彼は頭の中でさっさとこの問題にケリをつけていた。

 ところが、惑星ソレルに到着した途端、コーレンの副官モンバームが、「恐れながら……」と秘密の実験室の存在を暴露し、そこから超サイヤ人の研究データが出たことで事態は急転回を迎えた。
 コーレンはただちに捕らえられ、牢に繋がれた。

「超サイヤ人の研究は惑星ソレルにいるサイヤ人の間では周知の事実だったのです」
 実験室の中で、証言を求められたモンバームはそう言った。
「研究は順調に成果を上げ、反乱の準備は着々と進められていました。そんな中でわたしだけがフリーザさまを裏切ることに耐えられなくなり、コーレン司令官に反旗を翻し、フリーザ軍に通報する道を選んだのです。なにとぞフリーザさまへのこの忠誠心をお汲み取りください」

「では今回の暴動は」派遣部隊の隊長が問うと、
「はい。サイヤ人の間では、コーレンの煽動によりフリーザさまへの不満と憎悪が頂点にまで達しておりました。今回のことは超サイヤ人の研究に勢いづけられた一部のサイヤ人が、喧嘩をきっかけに先走って起こしてしまった暴動、いや、反乱なのです」

 ただの喧嘩がエスカレートした暴動ならともかく、フリーザへの反乱となると、フリーザ軍とサイヤ人の関係を揺るがす大事件である。派遣部隊の隊長は色を失い、すぐさま上層部に報告した。

 こうして、何でもない酔っ払い同士の喧嘩が、惑星ソレル全体を巻き込むような、更にはサイヤ人の存在をもおびやかすような出来事にまで発展して行くことになる。

 上の対応は迅速だった。フリーザの判断を仰ぐと、彼らはすぐに惑星ソレルの情報が外へ漏れるのを防いだ。実験データは闇に葬られ、遺伝子を提供できないようソレル人はもちろん、口封じのために駐在のフリーザ軍兵士までがことごとく殺された。

 サイヤ人たちは果敢に戦ったが、派遣部隊との力の差は歴然としていた。戦いのさなか、ロタは恋人とはぐれ、モンバームの部下に捕まった。そしてそのまま隊長たちのいる大広間へと連れて行かれた。

 そこへ間もなくコーレンが牢から引き出されてきた。
「何かの間違いです。反乱だなどと」隊長に向かって必死で抗弁しようとしたコーレンは、その傍らで自分に冷笑を向けているモンバームに気づき、憤然と叫んだ。「おのれ、きさまが……!!」
「あなたが悪いのですよ、司令官。いや、もうただの反逆者コーレンでしたな。大それたことを考えたものだ。超サイヤ人を生み出し、フリーザさまに刃向かおうなどと」
「き、きさま、きさまはサイヤ人の行く末を案じたことはないのか。あの研究は最後の希望だったのだぞ。このまま異星人の言いなりになったままでは、我らはどうなる」
「おやおや、本音が出ましたな。残念ですよコーレンどの。あなたを殺さねばならないとは」
「くそっ!!」

 なりふり構わずモンバームに飛びかかっていこうとしたコーレンは、派遣部隊のエネルギー弾の集中砲火を浴びて絶命した。
「父さんっ!!」
 飛び出そうとしたロタはモンバームの部下たちに両脇から押さえつけられた。
 その時振り返ったモンバームの顔は笑っていた。灼熱の憎悪と共にその顔はロタの胸に深く刻み込まれた。

 そこへ、外で戦っていたサイヤ人たちが壊滅したという連絡が入った。
「さて、これで全て片付いたな」隊長はもがいているロタのところへやって来て、ギョロリとした金色の目を剥き出し、好色そうなニタニタ笑いを浮かべながら言った。「いい女だ」
 同胞たちは異星人ばかりを好んで抱く彼のことをゲテモノ食いと呼ぶが、なかなかどうして、サイヤの女は具合がいいのだ。何より、どんなことをしても簡単に死なないところがよい。

「この女に目を止められるとはさすがですな」
 すべて承知しているというように、いつの間にかモンバームが寄り添っていた。彼はすっかり隊長に取り入っていた。そういうことにかけては悪魔的に頭の切れる男だった。
 しゃっくりをするような声で隊長は笑った。「殺してしまうのは惜しい」
 モンバームは声を低めた。「では、その前に……」

 その時、大広間の扉が開いて、数人のサイヤ人が派遣部隊の兵士に連行されてきた。その中に恋人の顔を認めてロタは叫んだ。
「ルファル!」
 相手もロタを見つけて名を呼び駆け寄ろうとしたが、二人はそれぞれに引き戻された。

「こいつらは何だ」胡散うさん臭そうに連行されて来たサイヤ人を睨みつけながら隊長は言った。「猿どもは全滅したんじゃなかったのか」
「はっ、こ、降伏を申し出た者たちです」おどおどした様子で傍にいた兵士の一人が答えた。
「降伏だぁ? バカ者どもが。一人残らず殺せと命じただろう!」
 兵士たちは縮み上がり、「はっ」と答えると、すぐにサイヤ人たちをまた連れて行こうとした。

「ちょっと待て。そこの男」
 振り返りながらロタを見つめていたルファルは、隊長に指さされているのに気づいて立ち止まった。
「きさま、この女の情夫いろだな」
 他のサイヤ人たちは連れて行かれ、ルファルはそこに留め置かれた。
「助かりたいか」
 隊長の問いにルファルはちらっとロタの方を見てから「はい」と答えた。

 隊長はわざとらしく笑って言った。「驚いたぜ。サイヤ人と言えば命知らずの猪突猛進野郎ばかりだと思っていたが、ちゃんと引き際を知っているやつもいるってことか。……そうだ、命は大切にしなきゃな」
 おどけた口調の隊長の真意が測れず、周りにいた部下たちは不安気な色を目に浮かべた。隊長はますますおどけて野卑やひた声を張り上げた。

「その心意気を買って、最後のチャンスをやろう。言う通りにすればきさまもその女も命だけは助けてやる。 いいか、きさまの女をオレの部屋まで連れて来い。オレはその女で遊ぶ。なんなら傍で見ていてもいいぞ」
 周りから今度は遠慮なくどっと笑い声が起こった。

 胸の悪くなるような話だ、とバーダックは思った。惚れた女がおもちゃにされることを知らされた上で殺されるとは。そのルファルという男もさぞ無念だったに違いない。
「彼はそれを承諾したわ」
 ロタの言葉にバーダックは思わず顔を上げた。バカな。いたぶられているのは明らかだ。そんなことをしても後で殺されるに決まっている。

「彼は生き延びる可能性があるなら少しでもそれに賭けたいと言った」ロタは震えるように大きく息を吸い込んだ。「絶望して舌を噛み切ろうとしたわたしを、彼は飛びかかって押さえつけた。そしてわたしの耳に囁いた。『オレを信じろ』」
 目をみはるバーダックに、ロタは薄い微笑を向けた。
「それが彼の最後の抵抗だったのよ」



 隊長の食事が終わるまで待たされ、そのあと言われるままにルファルはロタを連れて隊長の部屋めざして廊下を歩き始めた。監視の兵士が3人、彼らの前後にぴたりとついている。この先にあるポッドの格納庫を越えてしばらく行ったところが目指す部屋だ。格納庫が近づいて来たとき、ルファルが小さな溜息を漏らした。それが合図だった。
 ロタはよろけた振りをし、そのままその場に崩折れた。後にいた兵士のひとりが、「おい」と銃で彼女を小突き、もうひとりが引きずり起こそうとした。前にいた兵士が振り返る。

 すべてが一瞬だった。彼らの注意がルファルから逸れたそのとき、彼は格納庫の扉をエネルギー弾でぶち破った。あっと思う間もなく格納庫に踊りこんだルファルは、続けざまに航行燃料貯蔵庫にエネルギー弾をぶちこんだ。
 激しい爆発が起こった。兵士たちは跡形もなく吹き飛ばされ、格納庫に大きな火の手が上がった。けたたましい非常ベルが鳴り響く。

 いちかばちかの賭けだった。ロタが胸に重傷を負いながらも生きていたのは幸運だったと言うしかない。ロタは体を引きずるようにして、燃え盛る火の中、倒れているルファルのもとへ急いだ。
 彼は体の半分を吹き飛ばされ、かろうじて生きていた。
「ルファル! ルファル!」
 取りすがり、気が狂ったように叫ぶロタに、苦しい息の下で彼は言った。
「行け……早く。……これ、が……最後……の、チャンスだ」
 瀕死とは思えない強い力で彼はロタを押しやった。震える指でポッドを指差す。
 ロタはかぶりを振った。たったひとりで生き延びたいとは思わなかった。父もルファルもいない世界で、生き続けて何になる?

 ルファルはかすかに微笑んだ。「サ……イヤ人の……未来を……おまえに」
 誰の奴隷にもしもべにもならず、誇り高き戦闘民族としてサイヤ人が生きるために、父の研究の秘密を、サイヤ人の血の秘密を、抱いたままひとり生き抜けというのか。フリーザに反旗を翻すその日まで。

 紅蓮の炎の向こうに怒号が響く。派遣部隊の兵士たちが駆けつけてきたのだった。
 ルファルの目に強い光が宿った。彼は必死で身を起こそうとしていた。せめてロタが逃げおおせるまで食い止めようというのだ。その想いを無にすることは出来なかった。
 ポッドに体を滑り込ませ、めちゃくちゃに行き先のボタンを押した。爆発で開いた天井からロタの乗ったポッドが宇宙へ向けて射出された瞬間、下で再び激しい爆発が起こった。



 遠くで風がうなる音が聞こえる。虚ろな目をして記憶の中に漂いながら、彼女は再び口を開いた。
「サイヤ人の最後の反抗は失敗に終わり、反逆者コーレンの娘もその恋人も自爆して果てた。彼らはそう考えたのか、追っ手は来なかった。わたしは辿り着いた星で軍のコンピュータを操作して素性を偽り、まずはメディカルルームに潜り込んで傷を癒したわ。その後どこかの星へ逃げようとしたけど、すぐにフリーザ軍に見つかってしまった」

 やはりそうか……と、バーダックは思った。軍の情報にアクセスするのは想像以上に難しい。ロタが素性を改竄かいざんしたと聞いて以来、心のどこかにそれが引っかかっていたのだった。
「捕まった時、私の中で張りつめていたものが切れたような気がしたわ。もう何も感じなかった。怖いとさえも。処遇がなかなか決まらず、やっと牢を出された時には、これで全てが終わると安堵さえ感じた。
 でも、終わりではなかった。それは始まりだったのよ。暗殺者としての人生の」

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