カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第4章

 NW−37星域。LA10BKポイント――
「さっきも言ったが、ここのやつらは皆、戦闘力が5からせいぜい12どまり、オレたちの数百分の一だ。おまけにこの星の重力は惑星ベジータの半分。湿気は多いが気候はまずまずってところかな。目をつぶっていても勝てるとはいえ、見ての通りのこのガスだ。油断はするな」

 ねばねばした泥のような地面を踏みしめ、あたりに漂う灰色のガスの切れ間から、行く手に浮かび上がる黒々とした森を透かし見るようにしてバーダックは言った。彼らの後方には、泥にめり込んだポッドが五つ、任務を終えた主が再び乗り込んでくれるのをただじっと待っている。

「油断するバカはいないさ。カリフのチームのことがあるからね――あいつらがやられたのもレベルCの星域だった」
「そういうことだ」
「……バーダック?」
 セリパはリーダーの顔を怪訝そうに覗き込んだ。いつもならここで景気づけにジョークのひとつも飛ばすはずの彼が、気難しげに眉を寄せ、これから侵略する星の風の匂いを嗅いでいる。
「なにか引っかかることでもあるのかい」
「いや」
 短く答えると、バーダックは仲間に作戦を説明し始めた。改まって作戦などと呼ぶまでもない、ステップが二つほどのごく単純な段取りだった。そう、この星の連中にはそれで充分だ。
 だが――

 バーダックはそっと肩越しにガスに隔てられた向こうをうかがった。この星に一歩足を降ろしたとたんに感じた妙な胸騒ぎは、収まるどころか今や体中に広がり、耳の内までわんわんと銅鑼どらを叩くような大きさで響き渡っている。彼の戦士としての防衛本能と生存本能が口を揃えてわめきたてているのだ。

 危険――キケン――危険――コノ星ハ危険ダ――危険ダ――甘ク見ルナ――

 内心の動揺を隠して顔をあげると、パンブーキンは指を組み合わせてボキボキ鳴らし、トテッポは携帯用食料のひとかけらを口に放り込んで名残を惜しんでいた。それが彼らの出陣前の儀式なのだ。
 セリパがスカウターのモニターの曇りを拭い、ロタを振り返った。
「あんたのお手並み、拝見させてもらうよ」
 ロタは黙って穏やかな瞳でセリパを見返した。
「行くぜ」
 不吉な予感を振り切るように、バーダックは仲間を促し、泥を蹴って森へと飛んだ。

 2時間後――
 彼らの破壊と殺戮の爪痕は、この星の面積の三分の二にまで広がっていた。
 これでいくつ目の森を破壊したことになるのだろう。森はやつらの棲みかだった。大きさはひと抱えほど、大きな触覚と長すぎるあしを持つ、昆虫と爬虫類が合体したような奇怪な生物。その醜悪な姿を見ただけで、生理的嫌悪感が背筋を撫で上げる。

 やつらは反撃などしない。するだけの頭がないのだ。雨が降れば穴倉へ逃げ込むように、こちらの攻撃を避けて繁みや木のうろへ反射的に逃げ込む。本能だけで生きているだけの憐れな生物。
 利用できる資源も美しい自然も知的生命体も存在しない、何の価値もない星。それでも、この星の住民はそれなりに暮らしてゆけるはずだった。フリーザの目にさえ止まらなければ。

「なんだってフリーザさまはこんな星を欲しがってらっしゃるんだ?」
 奇妙にねじくれた木々の間をすり抜け、逃げる獲物を追い詰めながらパンブーキンが言った。
「さあね。上の考えることなんてあたしらにはわかりゃしないさ。それにしても、これだけ張り合いのない相手はそういないね。イヤになっちまうよ」
 潅木の中に潜むやつらに、手当たり次第にエネルギービームを撃ち込みながらセリパが叫び返す。

 バーダックは少し離れて左脇を走るトテッポの、さらに向こうを横目で見た。
 ロタが駆けている。木々の間を縫い、障害物を飛び越え、軽いステップで跳んだ高い頂点から正確無比な攻撃を繰り出して、獲物を次々に仕留めていた。攻撃に無駄はなく、動き、スピードともに申し分ない。
(あれで下級戦士か)
 驚きを禁じえなかった。

 何よりもバーダックの目を奪ったのは、跳躍の一瞬、弓のようにしなるロタの肢体の美しさだった。決して筋肉質の体型ではないのに、暗赤色のアンダーウェアにぴっちり包まれたしなやかな体からは、弾けるような力がほとばしっている。
「よそ見してると足元をすくわれるよ、バーダック。油断するなと言ったのは誰だい」
 すぐ脇に飛び込んできたセリパが、からかうように笑うと、また木々の向こうへ跳んだ。

 バーダックは苦笑した。いつの間にか胸騒ぎは消えていた。
(思い過ごしか。疲れが残っていて神経が尖っているのかもしれねえな)
 仲間が揃っていることを確認し、彼は声を張り上げた。
「ようし、思う存分暴れろ。予定より短時間で終わらせて、つまらねえ星をオレたちにあてがいやがった軍のやつらに目にもの見せてやろうぜ」

 それから後はこれといった問題もなかった。黙々と任務を遂行していくうち、ふと気づくと、いつの間にやらバーダックは仲間とはぐれ、一人になっていた。
 相変わらずガスが濃くたちこめ、自分の鼻の先も見えないほどの視界だった。殺戮の限りを尽くし、動くものとていなくなった深い森の中で立ち止まる。
 静寂が耳を打った。

 その刹那、首筋を虫が這い回るような悪寒が走り、バーダックは反射的に周囲を見回した。
(誰かに見られている!?)
 気配はなく、スカウターにも反応はない。
 また思い過ごしか。今日はどうも神経がピリピリしているようだ。
 息をつく間もなく、離れたところで、ぎゃっという叫び声があがった。続いて枝の折れる音と、どすんという重い音。
(誰かがやられた!?)
 バーダックは声のした方へと急いだ。

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