カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第5章

 大木の根元で折れた枝を下敷きにして、トテッポがうつ伏せに倒れていた。木の上にいるところを背後から襲われたのだろう。巨体の背中が大きくえぐられ、そこからどす黒い血がどくどくと流れている。既に虫の息だった。

 バーダックの次に駆けつけたセリパがひぃっと短く息を呑み、太った体を揺すって現れたパンブーキンが、倒れている仲間をひと目見るなり、「ひでえ……なんてこった」と、唸るようにつぶやきながら首を振った。
 バーダックの胸に再び不吉な予感が舞い戻ってきた。

「あの女は。ロタはどうした」
「いや、オレは見てねえ」
 反対側のセリパに首を振り向けると、彼女も「知らない」というふうに首を振った。
 ざわざわと背中を悪寒が這い登ってゆく。彼は通信器に向って怒鳴った。
「ロタ! どこだ。返事をしろ」

 やがて、乱れた息遣いと共に、「ここです」と、小さな返事があった。
 反応が近い。すぐ脇の枝を払うと、潅木の繁みの中に身を隠すようにして、左の肩を負傷したロタがうずくまっていた。青ざめた顔に冷や汗を浮かべ、肩で浅い息を繰り返している。
「大丈夫か」
 駆け寄りざま、バーダックは素早く傷の程度を調べた。こちらもかなりの重傷だ。自分の腕に巻いていた布を引きちぎり、それで傷口を強く圧迫した。布が見る見る朱に染まってゆく。

「やったのはどんなやつだった。おまえたちを倒せるほどの敵がこの星にいるとは思えんが」
 ロタは力なくかぶりを振った。
「わかりません。彼の悲鳴に私が駆けつけたとたん、いきなりやられて……あとは……」
 逃げるのが精一杯だったと目を伏せた。 
 襲ってから逃げているところを見ると、彼らを捕って喰らうのが目的ではないらしい。肉食の生物ではないとすると、侵略者に反撃を試みるような知的生命体がいるということか。
「話と違うな」
「ふん、相変わらず軍の情報も下級戦士相手じゃいいかげんなもんだね」
 セリパが忌々しげに吐き捨てた。

 いつものことだった。侵略する星についての正確な情報が、下級戦士に提供されることの方が珍しい。彼らは所詮、取り替えのきく使い捨ての部品。不正確な情報によって敵のレベルを見誤り、チームが全滅したとしても代わりはいくらでもいる。それで軍の上層部の責任が問われることなどなかった。

 撤退するしかない。一旦ベジータ星に戻って出直すのがベストだろう。レベルCの星を一度で攻め落とせなかった場合のペナルティは必至だが、正体の見えない敵を倒す間ここにとどまっていれば、瀕死のトテッポの命の方が先に尽きてしまう。
 彼はいい遣い手だった。彼を失ったあとに新しい仲間を入れたとしても、チームを今のレベルまで引き上げるには、数ヶ月を要するだろう。

 幸いそこは乗り捨ててきたポッドからさほど遠くはなかった。彼はセリパとパンブーキンを振り向いた。
「ベジータ星に戻るぜ。出直しだ」
 ロタを抱き上げて空へ飛び上がると、そのあとをトテッポを担いだパンブーキンが続き、セリパがあたりに目を配りながら、しんがりをつとめた。

 泥地にめり込んだポッドのところへ戻ってロタをおろし、バーダックは一番手近にあったパンブーキンのポッドから救急箱を取り出して、応急手当に当たった。その横でパンブーキンがトテッポのポッドのハッチを開け、半死半生の仲間を押し込み、生命維持装置を作動させている。
(ヤバイな。ベジータ星までもつかどうか……)
 トテッポの土気色の顔を横目で見て、バーダックは心の中で舌打ちした。

 止血し、痛み止めを打つと、汗で額に前髪を貼りつかせたロタの顔に生気が戻って来た。ゆっくりと深く息をつく。
「頑張れ。ベジータ星に戻ったら、報告より先にメディカルマシーンに入れてやる」
 じっくりとした温かみのある声だった。いつも軽佻浮薄けいちょうふはくなことしか言わない男の唇から、初めてそんな言葉が出てくるのを聞いて、ロタは伏せていた睫毛を起こして男の顔を見上げた。

 その時――
「バーダック、後ろ!」
 背後の泥の中から何かが持ち上がる音がして、セリパの叫びが響いた。同時に彼の前から後ろへと顔の脇をかすめて青白い閃光が走った。
 ロタが残った力を振り絞ってエネルギー弾を撃ったのだ。
やつか――!?)

 バーダックが振り返る間もなく、何かとてつもなく大きなものが大地の上に倒れる音があたりの空気を震わせた。
 泥のうねりが収まるのを待って目をこらす。
 全長は30メテル(人間30人を縦につないだくらいの長さ)、先に鋭い鉤爪のついた蛇腹のようなものが、バーダックの3歩後ろに横たわり、のたくっていた。動くたびに鉤爪とは反対側の端から、おびただしい緑色の体液を噴出している。

 スカウターの戦闘値が激しい勢いでカウントダウンを始め、ゼロになると同時にそれは動くのをやめた。
 怪物が完全に事切れたのを確認してから、バーダックは体の向きを変えてロタに目を戻した。
 右腕を伸ばし、エネルギー弾を撃った直後の姿勢のまま、ロタはかろうじて立っていた。が、敵が倒れたのを見届けると、緊張の解けた体が力を失い、バーダックの胸に倒れ込んできた。

 パンブーキンがおっかなびっくりその化け物に近づいてゆき、泥の中に埋まっていた“本体”を見つけて引きずり出した。胴体の長さは差し渡し10メテル。赤茶色に黒い斑点の入った光沢のある体から細長い8本の肢が出ている。
「泥地の中に潜ってやがったんだ」と、パンブーキンが嫌悪感をあらわにして言った。「後ろからそっと獲物に近づいて、長い尾の先の鉤爪で串刺しにするって寸法だろうよ。おそらくトテッポとその女をやったのもこいつだ。――バーダック、命拾いしたぜ。その女がとっさに撃ってくれなかったら、今頃おまえはこの爪でグサリだ。礼を言うんだな」
 バーダックは腕の中で気を失っているロタの青白い顔を見下ろした。

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