カルナバル
  
[Carnaval:スペイン語 〜カーニバル、謝肉祭の意〜]

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第16章

(そうか……。そういえば)
 ロタの部屋を出て、男性用宿舎へ向けて廊下をゆっくり歩きながらバーダックは思いを巡らせた。ロタがバーダックたちのチームに仮配属になった時、彼女はモンバームの名を聞かされていなかったに違いない。
 それが、バーダックたちの会話から司令官の名がモンバームであることを知った。そうどこにでもある名前ではない。彼女が時々青い顔をしていたのは、モンバームの名前を聞くたびに、やつが本当に自分の知っているあのモンバームなのか、確かめたい欲求と真実を知ることへの恐怖が心の中でせめぎあっていたからなのだろう。

「あら、バーダック」
 呼び止められて気がつくと、サイヤ人ハーフの女ロエリがエレベーターホールからこちらへやってくるところだった。
「珍しいわね。こんなところで会うなんて。恋人のとこ?」
「振られちまったんだ」
 ロエリは、「あら」と目を見張り、艶然と笑った。「じゃ、代わりにあたしが慰めてあげる」
「おまえの男とベッドで鉢合わせなんてごめんだぜ」
「大丈夫。今はフリーなの」
「ほう、珍しいこともあるもんだ」
「彼はNK−7星の戦いに駆り出されて先週死んだわ。かなりの難関のようね。なんでも司令官はこれから新たに送り込まれるチームの選別に入ったって噂よ」

 NK−7星。初めて聞く名だ。上級戦士の中でも士官クラスだったロエリの情夫がやられるくらいなら、敵は相当手強いと見える。おそらくは生え抜きのチームによる編成部隊が送られることになるだろう。
「それよりも……ねえ」
 ロエリは鼻にかかった声を出した。甘い匂いを漂わせながら、解いた尻尾をバーダックの体に巻きつけてくる。
 断る理由はなかった。

 頭の後ろで両手を組み、バーダックはぼんやりと天井を見上げていた。枕元のスタンドが小さな部屋にわずかな明かりを投げかけている。
「浮かない顔ね。あんたが女のことでそんな顔するなんて初めて見たわ。相手は新しく入ったあのひと?」
 バーダックの裸の胸にぴったりと頬をつけてロエリは言った。
「さあな」
「まあ、相手が上級戦士じゃ勝ち目はないかもね」
 バーダックは頭を起こした。
「どういうことだ」
「あら、知らなかったの。それで振られたんだとばっかり……。あたし、上級戦士専用の区画で何度かあの人を見たわよ。どこへ行ったかまでは知らないけど、下級戦士の女が入って行けるとしたら男性用宿舎くらいしかないんじゃない」

 下級戦士が上級戦士以上の区画へ入ることは固く禁じられていたが、愛人の元へ通う場合はお目こぼしを受けていた。建前上、階級を超えて関係を持つのはご法度とはいえ、実際は多くの上級戦士が下級戦士の愛人を持っていた。だからこそ、ロエリのような生き方をする女がいるとも言える。
(ロタに男がいる……)
 バーダックはベッドの上で半身を起こした。ロエリはそれ以上何も言わない方がいいと思ったのか、起き上がると鏡のところへ行って手で髪を撫でつけている。

 ロタに恋人がいたから何だというのだ。あれだけの美貌だ。目をつける男がいてもおかしくはない。いや、相手が上級戦士というのなら、彼女の美貌に加えてその能力の伸びにも注目したのかもしれない。
 たとえ下級戦士といってもあの潜在能力を見れば、なまじな上級戦士の女を相手にするより、ロタの方が優秀な子を産むかもしれないのだ。
 胸の奥に何かがつかえたように、ちりりと痛んだ。
 バーダックはベッドから出て服を着ると、ロエリに短く別れを言って彼女の部屋を後にした。

 それからいくつかの任務をこなす間、ロタはバーダックに対してもいつもと変わりなく振舞った。NK−7星への遠征軍は全部で三つのチームで編成されることになり、上級戦士のチームが次々に選別された後、3番目のチームとしてバーダックたちに白羽の矢が立った。
 バーダックの部屋にトーマがやって来たのは、知らせを受けて間もなくの夜のことである。
「おい、えらいことになったな」
 部屋に入るなりトーマが緊張した面持ちで言った。
「まあな」
「一緒に行く上級戦士のチームがどこか知ってるか」
「いや」
「この間、廊下でオレに足を引っ掛けて転ばせやがったやつらのチームだ」
「ふん。最高だな」

 廊下の様子に耳をすませると、トーマはベッドに寝転んでいるバーダックの横に腰を下ろし、一段と声を低くして言った。
「おまえ、こないだモンバームが寄越した金はどんな意味があると思う」
「よく頑張った良い子たちへのご褒美だろ」
「真面目に答えろ。あいつはどう考えてたって就任直後からオレたちを煙たがってた。特に枠に収まりきれねえ、はみ出し者のおまえを嫌っていた」
「ずいぶんな言いようだな。ま、あんなジジイに好かれてケツを守る心配をしなきゃなんねえってのも―――」
「バーダック!」
「……わかったよ。悪かった」

 バーダックはベッドから起き上がり、トーマに並んで腰掛けた。
「こないだの褒美の意味か。目の上のタンコブだったオレたちをいろいろ画策して潰そうとしたものの、思っていたより使えるとわかって気が変わり、懐柔に転じた。そういうことじゃないのか」
 それには答えず、トーマは言った。
「この1年間、あちこちでオレたちの仲間が戦死していった。その中で、どう考えても腑に落ちねえ死に方をしたやつらがいる。――――カリフのように」
「ああ……」

 バーダックは気のいい男の顔を思い出した。かつてバーダックのチームと戦果を競い合っていたチームのたくましいリーダーを。
 トーマは続けた。
「やつらはレベルCの星であっさりとやられた。それを聞いた時、オレたちはやつらが油断して敵に殺されたんだと思った。だが、昨夜“穴倉”で小耳に挟んだんだが、星の住民はすべてカリフたちによって皆殺しにされていた。カリフたちを倒すような敵はどこにも残っていなかったんだ」
「それじゃ……」

 トーマはうなずいた。「おそらく、戦いを終えて帰還しようとしたところで仲間割れが起こったか―――」
「バカを言え。やつらの結束力はオレたち並みだぜ」
「あるいは……フリーザ軍によって消されたか」
「何……」

 バーダックは青ざめた僚友の顔を見つめた。やがてトーマは小さく吐息をつくと言葉を継いだ。
「突拍子もねえ考えだと思うか。オレもそう思う。……だが、他にどう説明がつく? 気になって調べてみたんだ。カリフの他にNW−37星域ではこの1年で八つのチームが同じような末路を辿たどっている。八つだ。偶然というには多すぎる数だと思わねえか」
「仮におまえの言うとおりだとして――――どういう結論が導き出せる?」

 バーダックは小さな冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出し、一気にあおってからトーマに渡した。トーマは残りを飲み干すとボトルを握りつぶした。
「わからねえ。わからねえが、フリーザさまの意思じゃねえことだけは確かだ。あの方の目的とオレたちサイヤ人の利益は合致する。消されたのは精鋭チームばかりだが、そんなことをしてもあの方にとっては害になるだけで得にはなりゃしねえ。どうにもわからんことばかりだが、その中でたったひとつだけはっきりしている事がある」

 トーマはずいと顔を寄せてきた。「モンバームはいつオレたちの前に現れた」
 バーダックの頭に閃くものがあった。
「1年前だ」
「そう、1年前。やつの出現と共にチームの抹殺は始まった」

 廊下でガヤガヤと賑やかな声が聞こえる。すっかり出来上がった男たちがいい気分で自分の部屋へと戻って行くのだろう。声と共に乱れた足音が遠ざかってゆき、やがてあたりを沈黙が支配した。
「モンバームが加担しているというのか」バーダックが口を開いた。

「証拠はない。だが、この一致をどう見る。やつは自分の手に負えない部下を体よくお払い箱にしてきたが、それはたまたま水面上に現れたのがそう見えただけであって、実はあいつ個人の好みなんかじゃねえ、もっと大きな陰謀に加わってチームを抹殺してきたのかもしれねえ。フリーザ軍の不満分子と組んでサイヤ人全体を巻き込むような」

「それで褒美の意味なんて言い出したのか、トーマ。あれは懐柔じゃなくてオレたちを油断させるためだと?」
「かもしれん。最後にビッグニュースを教えてやる。これを聞いたらおまえもオレの考えがあながち杞憂きゆうだとは思えんだろうぜ」

 トーマは立ち上がりざま言った。
「NK−7星への遠征軍の指揮官は誰だか知ってるか」
「まさか」
「モンバームだ」

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