日 記

(2013年5月)


<今野順夫の部屋>

◇ 5月も今日が最終日。何か1か月が長くもあり、短くもある。  けたたましい音で、びっくり。何か、外国の飛行機に襲われたような気になる。みんな戸外に出て、(日食を見るように)空を眺めている。平和のお祭りと戦闘機の曲技飛行のアンバランスを感じながら、見上げていた。
 東北六魂祭は、東北六県の県庁所在地のお祭りを一堂に集める取り組み。今年は福島市。福島のわらじ祭りには華やかさがないが、踊りの行列が続く。生協のご婦人たちも参加するらしいが、2日ともパレードの時間帯は福島不在。天気に恵まれることを祈っています。
 夜、東北楽天のテレビ中継(対DeNA戦)。10対3と大勝。若い人の台頭が嬉しい。楽天にいた、内山とか中村も敵陣で出場していたが、観客からの声援も多く、心が温まる。(5/31)<18918>


◇ 午前中、県の会議。6月を前に定例の課題。非常勤ゆえか、いつも思っていても会議の時だけだと、唐突として担当事務職員に迷惑をかけそうだ。非常勤の立場は、こうしたものかもしれないが、もう少し、日常的に話す機会が欲しいものだ。非常勤でも、付託されている課題に、日常的に対応していることが必要でないかとも思う。会議終了後、委員長と昼食をしながら懇談。いろいろと雑談をしたが、真正面から受け止めて頂いて有難い。
 帰宅の途中、散髪屋に寄って、サービスカット。1050円とは安いのだろう。30年も前のドイツ在外研究の時から、妻に散髪(勿論、無料)してもらっていたので、値段が分からなくなっている。子どもでも3000円ほどと値段表にあるので、1050円は超安値なのだろう。お世話になる髪の毛が少なくなると、高値感が否定できないが、かえって気を使うから緊張感のある労働という。(笑)。
 退院後、義母を受け入れて頂く予定の介護施設に、妻を送り、病院へ夕食介助へ。個室から4人部屋に移ったので、今迄のように自由にはできない。夜、サッカーのテレビ観戦。強化試合(練習試合?)だが、ブルガリアに2対0で敗北。残念。(5/30)<18900>


◇ 川俣町からの依頼の件があり、川俣町役場までドライブ。快適です。何人かで、来訪されるとのことでしたが、受け入れるための応接の間がなく、出かけることにしました。研究室で処理していたことができないのは、はなはだ不便。どこか事務所を借りればいいのでしょうが、それほどのことでもない。それでも、役場では、4人の皆さんと相談。2人なり3人でお出でになることを考えれば、私一人が出向くことの方が、合理的。現職の方々には、住民のために時間を費やして欲しいですね。電話で分かっていることの、改めての相談ですので。
 川俣の道の駅で、カリン糖まんじゅう等、ささやかなお土産を買って帰宅。行きは60分でしたが、帰りは50分。何度か、通わなければならないでしょう。
 午後は、映画『約束ー名張毒ぶどう酒事件・死刑囚の生涯』を見る。知人から前売り券を購入していました(1000円)。淡々と事件の内容、裁判、特に再審決定、そして取消決定の動き、並行して死刑執行を待つ死刑囚の心境。映画館でいただいた資料には、数日前の被告人との面会の模様がでています。司法の民主化の遅れを特に感じます。福島大学の(元)同僚の新村さん、熊沢さん、また真木先生ご夫妻にも逢えました。日中ですが、多くの方が観ていました。
 夜は、センター長になった中井さんの励ます会。大学で中心になって働いている女性職員が6人、そして私を含め8人の懇親の会。料理も美味しかったし(「美酒楽 ふりこ亭」)、久しぶりの皆んなの溌剌とした話に、昔を思い出しました。大きな建物も出来ることですし、またひと踏ん張り、頑張ってください。(5/29)<18884>


◇ 今日は午後から、福島県の生協連の総会。60名程の代議員。なんと私は代議員番号が1番。何も景品は出ないが、所属団体ごとになっていて、たまたま。常に1番がないと30番もないのは無いのは分かるが。結果的に、一番前の席。代議員の顔が見えず、ただ演壇の真ん前。長く務めた会長が交代した。主には、消費生協と医療生協が中心だが、もっと横の連絡のメリットが出るといいと思います。
 夕方、小論の校正締切りが今日ですが・・というFacebbokのメッセージが届く。どうも1週間ほど前のメールが届いていない。原因ははっきりしています。常時自宅で使用している民間プロバイダーのメールで用事を済ませているが、1年ほど前まで大学のアドレスも使っていた。退職と同時に、大学のアドレスは削除してもらったが、それ宛に出す人も少なくない。それでも、そんな人はいませんよと返してくれるとばかり思っていました。ところが返っていない。送信者は、当然届いたとばかり思っているので、困る。その後分かって、謝りながら、講演依頼を断ることもできず、無理をして話したこともあった。
 どうも、大学のサーバーシステムを民間に下請させた時に、アドレスのないメールはもどらないシステムになったようだ。大学のセンターで、初めて分かった。戻すようにして欲しいと頼んだが、それが出来ないとのこと。今日のは、結果的に連絡を取れたが、返事もくれず失礼ない奴だと、何人に思われているのか・・・。もう一度、転送してもらうか(そのためにはアドレス取得しないとダメか)。
 本の宣伝のダイレクトメール等の封書は、自宅まで丁寧に転送してくれるが、メールができないのは困った。やはり、なだらかなリタイアで、少し忘れ去られる時間を置けば良かったかな?おかげで、今晩12時まで待つというので、それに付き合う羽目に。便利であるのか便利でないのか、この世の中は。(5/28)<18871>


◇ 月曜日。5月も末になってきました。根室ではようやく桜が咲いたとのこと。九州は、梅雨に入ったようです。日本列島の長さに驚きます。
 午後から福島大学の非常勤(労働法講義)。地元紙「福島民報」の朝刊一面は、「除染作業員を不当解雇」の見出し。下請業者が「手抜き」指摘され?、告発した労働者を解雇。福島市松川地区の住宅除染、大学の近くの現場である。告発した労働者を報復的に解雇する等、労働法の問題。講義の流れではないが、イントロで資料を配布。覚醒効果かな。重層下請構造の労働法上の問題は根が深い。
 2コマ3時間の講義を終え、コープふくしまの定例常任役員会へ。ここでも労働問題に時間を費やす。先週土曜日は、運動会が多かったようで、月曜日が代休。孫娘も、張り切りすぎて、体調を崩したようだが、明日から元気にいくでしょう。今週の日曜日は女川へ。若者たちのフェスティバル。「我歴Stock in女川」を、ちょっと覗いて来ようかな。女川の復興も急ピッチで進んでいるようだ。(5/27)<18854>


◇ 日曜日、昨夜帰省した次女とともに、病院での昼食・夕食介助。病院も日曜日で、ゆったりしています。
 女川の幼馴染、親友の平塚君からメール。福島で行われるJFLの試合に来るとのこと。サッカーの重要な役職は終えたが、何かと東北を駆け回っているようだ。
 期待の福島ユナイテッドは、惜敗したようで残念ですが、ファミリーレストランで会いました。女川のこと、支援のこと、久しぶりにいろいろ懇談ができました。いつも若く、また夫婦でまた外国旅行の予定もあるそうです。理想的な定年生活をエンジョイしているようです。
 夜、明日の勤務もあり、次女は車で帰りましたが、2時間半ほどの運転時間。気を付けて行ってほしい。着くまでが、いつも心配です。(5/26)<18836>


◇ 今日、土曜日は、仙台の研究会ですが、事前に出席を約束していた会合を優先しました。福島大学の退職者の会。組合を窓口に結成された会ですが、年1回の総会と忘年会が主な行事。元学長が長い間、会長を務めていたのですが、2年前から依頼されていたのですが、引き受けることになってしまいました。どうしても高齢者の会議ですが、いま、頑張る時なのでしょう。私以外は、全員留任の体制ですので、盤石の体制です。
 途中で、失礼して、TPPの学習講演会へ。東大の鈴木宣弘先生の講演ですが、その前にJA組合長の挨拶と、コープふくしまの理事長として私が挨拶。あまり、活動をしていないので、形式的な挨拶です。鈴木先生の熱のこもった講演。詳細なレジメには驚きましたが、第一線で頑張っている様子が伺えました。TPPは農協・農民・農業を守るためだけでなく、全生活、国のあり方にも関係するものと理解しますが、なかなか自分のこととして運動が展開されていません。特に、福島では、「被災地復興とTPP」の関係を、より詰めてみる必要がありそうです。
 今日の午前は、孫娘の運動会。こちらがハラハラしていますが、徒競走は第2位、リレーは1位だったようで、本人も親も(爺婆も)ホッとしているところです。(5/25)<18828>


◇ 昨日23日は、ふくしま復興支援フォーラムの第38回。原子力規制委員会が策定しようとしている「新安全基準骨子案」についていわき市の伊東さんから報告を受け、質疑応答しました。テーマが固いので参加者に心配でしたが、結果的には、3人掛けなど窮屈になってしまうほど、33名の参加でした。聴衆は、どちらかといえば文系人間。なかなか大変でした。しかし、こうした問題を「専門家」や「行政」に任せておかないで、分かる範囲で注視することが必要と思います。ある新聞社は、勉強のためということで5人の記者が参加、また地元紙の幹部も参加する等、とりわけマスメディアの関心が高かったでしょうか。多くの感想文等も寄せられました。
 今日24日は民放のテレビが、除染作業に出ているはずの手当が、労働者にわたっていない問題で、専攻の立場からの取材を受けました。カメラが動くと気が散って、落ち着かないのですが、いつものことですが言葉足らず等、好きではないですね。コープ役員室を借りての取材ですが、いったん帰宅して、夜の映画(3回行って無料券)を見に行きました。「リンカーン」という映画ですが、議会のやり取りが中心ですが、奴隷解放は大変な出来事だったと改めて感じました。根強い人種差別にもつながって行ったのでしょう。すべてがそうでしょうが、そんなスマートなことではないのですね。(5/24)<18805>


◇ 午後のコープふくしま定例理事会があり、夕方、映画館での特別試写会での挨拶。映画は、新潟巻原発計画を撤回させたもの。女川原発のこともあるので、短時間、挨拶することになった。
 映画館での挨拶は慣れないが、映画はいい映画だった。「渡されたバトン 〜さよなら原発〜」。当日の模様は、実行委員会ニュースに紹介されています(5/22)<18773>


◇ 朝8時半自宅を出発し、東北道ー磐越道を通り、10時に約束していた会津若松の大熊町役場内に、武内教育長を訪ねる。好天気で、快適なドライブ。5分前に到着。忙しい中、一時間ほど話すことができました。全く同年代で、私より1箇月後の誕生。福大教育学部社会科の所属だったようで、地理学の先生方の名前が出てきて、身近に感じました。刊行されている著書『大熊町 学校再生への挑戦』(かもがわ出版)は、震災の中での感動的な教育再生の取り組みである。7月4日のフォーラムで報告してもらうことにした。帰ってから、早速、いつも利用しているAOZに電話したら、生憎満杯。滅多にないことだが、別会場を急いで探そう。
 会津若松市内、昼食用のパンを買いながら、「コープあいづ」のお店を見学。活気のある店の様子。そして、五郎兵衛飴の店へ。カーナビに従って、随分、狭い道を右往左往。漸く辿り着きました。何とか、飴と最中を買って(これしかないのだが、度忘れしなかったぞ!)、後は福島へ。
 午後2時からの福島県連の理事長懇談会。消費生協と医療生協だが、いろいろ経験や考えを聞けて勉強になる。懇親会に参加して帰宅。明日も、会議等が続く。(5/21)<18760>


◇ 今日・月曜日は、福島大での非常勤講師としての2コマ連続授業。1時から4時10分まで。受講生も大分減ってきたが、出席とらなくとも、欠席すると損をするという講義をしてみたいと思うが、なかなかそうはならない。しかし、張り切りすぎて、2コマ目は声が枯れてしまう。これもロー化でしょうか?
 午前中、買い物などに付き合って、車で行きつ戻りつ。会津若松市にいる大熊町の教育長さんに電話をして、私の空いている明日の午前中に会津若松市を訪ねる。我が「フォーラム」での報告を依頼。趣旨説明と日程調整。以前、忘れてしまった、「五郎兵衛飴」を忘れず買ってくること!。また「忘れるかな」。歳には勝てない。メモリーが不足している。午後2時からは福島市で会合なので、とんぼ返りということになる。惜しいことである。
 講義後、急いで、遅れたがコープふくしまの常任役員会へ。6月12日の総代会に向けて、総括・方針作成など準備に忙しい。テレビ会社から、労働問題で取材の申し出。大事な問題だが、まとめて勉強していないので、少々、自信なし。今週は、映画試写会での挨拶やTPP学習講演会での挨拶など、慣れないことが多い。県生協連の単協理事長懇談会、コープふくしまの定例理事会、第38回フォーラム、そして福島大学の退職者の会と続きます。淡々と進むことにしましょう。(5/20)<18741>


◇ 日曜日。帰省している次女も含めて、病院に。義母も、にこやかで嬉しいようだ。夕食まで付き合って、小雨の中だが、帰る。
 午後、「県9条の会」主催の第3回の「憲法塾」に参加。第1回目に続いて2回目。今日は、元(宮城県)高校教師の齋藤純雄さんの「アジア太平洋戦争を学ぶ〜郷土史・教科書〜」というテーマでの講義。
 お住まいの桑折町の「戦没者名簿」を素材に、戦没時期や場所等の詳しい分析。日本の侵略の拡大の状況・経緯が、桑折町や日本全体の戦没者数等を通じて、実証的に明らかにされる。もう一つの柱は、アジア・太平洋戦争に関する高校の教科書の詳しい分析。15冊の教科書のについて、死者数表記、戦争の名称、満州事変の記述、戦争犯罪(南京事件、731部隊。強制連行・従軍慰安婦・創氏改名)に関する詳しい整理と分析。改めて勉強になった。憲法制定の背景、それが高校生にいかに教えられているのかなど、地道な歴史家の研究発表だった。
 様々な所で、こうした地道な憲法の勉強会がなされることは、今の時期だからこそ重要。私も、コープ組合員のなかで、広げていきたいものだ。(5/19)<19722>


◇ 静かな土曜日。自宅内で25日のフォーラムの関係書類つくり及び案内、宣伝(Facebook、Twitter等)の作業等。7月の企画(41回)の報告予定者に連絡を取るも、土曜日なので当直者のみ。月曜日に再度、連絡する予定。避難している自治体の役場だが、平時のシフトのようで、長期戦の体制。それでいいのだろう。
 400名近いリストへの送信だが、参加者は入れ替わり立ち替わりで、40名参加にしたいところ。すぐに、参加と都合悪く参加できないとの返信あり。できるだけ返信は書くようにしている。一度でもの参加経験者は、261名。多彩な参加者で、励まされる。25日が38回目。そろそろ40回代、ここまできたら50回を目標に頑張ることにしましょう。
 14時48分。大きな地震。石巻・震度5強だという。女川・塩竃は震度4。福島は震度3。気象庁は、3.11の余震だという。まだまだ油断はできない。
 女川原発関係の資料を、改めて読む。3.11、4.7の余震。津波・設計上の想定は、津波最高9.1mと設定されていたが、実際は13mの津波(街場は20m)。敷地の高さは14.8m、しかし約1mの地盤沈下で、14.8−1−13で、80センチの差で、津波を避けられたが危機一髪だろう。配管通じての海水の流入もあり、外部電源5系統のうち4系統がダウン。ヒヤヒヤものである。東北電力は15メートルの防潮堤の計画を公表したが、地震災害の問題もあり、心配は尽きない。女川の復興計画の公聴会の際、福島の経験から、事故の際に逃げる道路の整備の要求が出ていた。福島の場合は「渋滞」だったが、女川は瓦礫のため道路ストップだったから、より深刻である。「再稼働」には、改めて、慎重な対応が求められていると感ずる。
 次女が仙台の研究会の後、福島に立ち寄る。義母も喜ぶだろう。(5/18)<18707>


◇ 好天の一日です。県の委員会の事務局長が、退職後、社会福祉法人「福島県社会福祉事業団」の役員として仕事を開始したので、お世話になった3人が本部のある「太陽の国」(西白河郡西郷村)を施設見学も兼ねて訪問してきました。
 広大な88万uの敷地、入所定員1250人、職員660人という巨大な総合的社会福祉施設です。原発事故で被災した救護施設「福島県浪江ひまわり荘」は、浪江からこの太陽の国へ、直ちに避難。現在、「仮設施設」として存続しています。丁度、昼飯時、多くの入所者の元気な笑顔に接することが出来ました。大変ですが、海から山へ、環境も変わったでしょうが、頑張って欲しいですね。共同作業所によって、陶芸や刺繍の素晴らしい作品を見せて頂きました。
 帰り、10分ほどにある那須の「茜庵」に立ち寄り、同行の方々に紹介しました。家族旅行で行った思い出のところ。気持ちが落ち着かない役職退職の時期でしたが、だんだん、落ち着いてきて、また静かに滞在してみたいなと夢見て帰ってきました。
 今日は、長女の誕生日。孫の誕生日がメインの行事になってきましたが、妻は、朝一番、思いだしていました。腹を痛めた子の誕生は、何歳なっても忘れ難いものでしょうか(笑)。
 夕方、入院中の義母を訪ね、次第に食事介助も不要になってきていて、ホッとしています。(5/17)<18693>


◇ 今日は、夜の懇親会のみ。高齢者以上の同窓会。新たに参加する方もいて、いつになく多人数。
 昼は、家族の都合が悪く、病院での昼食介助を一人で行う。見学(インターンシップ)してきたので、スムーズに行ったが、やはり落ちがある。吸い飲みの先が水道のところに落ちていたらしい。細かい仕事もないと思って、遠近両用のメガネを持って行かなかったのがミスか。眼鏡を外せば見えるが、最後に洗う時によく見えなかったようだ。油断。梯子から降りる時に、最後の一段に気をつけろという教訓があるが。水道穴に流されなくて、よかったが。
 女川の祭り用の踊り。「さんまdeサンバ」みんな踊ろうよバージョンfrom女川。面白い。6月2日我歴まつりのようだ。福島も6月1日〜2日は、「東北六魂祭」。祭りの夏が近づいている。明日は、県の仕事をしている方々と一緒に、県南・西郷村(太陽の国)へのドライブ。天気もよさそうだし、楽しみ。(5/16)<18665>


◇ 5月15日は、沖縄返還して41年。福島にいると沖縄のことを特に関心を持たせられる。
 先月4月28日、主権回復の国民集会を政府は開いたが、取りも直さず、沖縄を切り離して「独立」した日。沖縄をアメリカの施政下において、日米安保条約を締結し、日本をアメリカとの軍事同盟に結び付けた日。
 学生時代、4月28日は、毎年「沖縄デー」として、<沖縄を返せ>と歌った。学生時代、沖縄はまだアメリカの施政下であった。渡航にはパスポートが必要だった。返還時に結婚式を挙げ、いただいた「憲法手帳」をいまも大事に持っている同世代の沖縄県人がテレビに出ている。大きな希望と夢を与えてくれた「憲法」だが、いま特に9条の「改正」が声高に叫ばれているのは、悲しい。
 政治のリーダーたるもの、「従軍慰安婦制度」を正当化する発言で紛糾。日本は敗戦で、かつ平和憲法で、何が変わったのか、一部政治家の言動を見ていると、怒りを抑えられない。
 病院への食事介助の手助けくらいの一日で、特に何もせず。昨夜1時頃まで、小原稿書き⇒送信で、今日は眠い。外は初夏のようだが、家の中は肌寒い。夕方、小雨、そして雷が轟いている。(5/15)<18642>


◇ 一日中、自宅で短い原稿に四苦八苦。とはいっても、なかなか上手くいかないので、近くの病院に出かける。妻が行っているのを、ただ見ているだけ。
 昼から食事が始まったが、義母の食欲はありそうで、次のステップに向かえそうだ。
 夕方、運動不足解消のため、小1時間、書店まで散歩。7000歩くらいにはなるだろう。今月の検査、先月の値から改善したが、やはり油断しないで正常値に戻さないといけない。これは自分のこと。風が強いので、汗がでることはないが、最高気温30度の福島だったようです。
 昨日の朝日新聞に、双葉郡内に中高一貫校を新設するという記事。復興は、双葉郡8町村などと県が入った広域連合の方式でやるべきではないかと思っていたので、こうした協働の取り組みには大きな期待を持っている。Facebookで書いたら、いろいろ賛同者が多くうれしい。96%の住民が少なくとも5年以上帰還が困難な双葉町・大熊町を考えると、こうした協働の取り組みが、今こそ必要なのではないだろうか。中間処理場の問題も同じであろう。こうした動きが、突破口になって、復興の被災地・被災者合意が進むことを願っている。(5/14)<18620>

 


◇ 何とか手術は上手くいったみたい。これからリハビリの毎日となる。
 朝、コープふくしまの朝礼(月1回)に出て、挨拶。手術前の病院に戻って、始まるまで滞在。大学の非常勤講師として講義に出かける。2コマ連続。少々、進捗は遅い。また、病院に戻る。手術後は良好のようで、思っていた以上に元気なので、安心。
 今日、締切りの小原稿。何ともいつものごとく、焦点が定まらない。睡魔に勝てないので、また明日ということにしよう。(5/13)<18602>


◇ 日曜日。明日は忙しそうなので、講義の準備と締切りの小原稿の作業と思っていたのですが、福島学院大学・福島駅前キャンパスで開催される「シンポジウム」に参りました。
 日本社会福祉系学会連合のシンポジウムで「原子力災害と住民生活の行方」がテーマ。最初に、鈴木浩さんの基調講演があり、福島県避難地域復興局次長、いわき市保健福祉部次長、大熊町副町長の3人によるシンポジウム。避難元自治体,受入れ自治体、県と自治体の対応を中心としたディスカッションになりました。避難住民と避難者受入住民との溝が指摘されてきているが、県内自治体間、県内と県外の避難者の関係等、難しい問題が生じてきているので、より詰めた議論の展開も求められているような気もします。
 特に、この前の桑折町の仮置場問題テーマのフォーラムのなかで、住民同士の合意形成が最も重要であることを学ぶと、直接被災地の中での連携による復興の見通し、避難元と避難先の自治体と住民の連携、そして、はま・なか・あいづと云われる3分割されてきた福島県の統一的発展の課題が求められているのでしょう。
 病院の夕食介助の送迎のついでに、社会人学生・院生として大学に通い、看護師として働いているAさんと話が出来ました。論文まとめの時は、院生研究室に泊って、病院に通うような頑張りだったようで、脱帽です。定年近いのですが、資格を取得するために、通信教育を受けているそうです。直接の担当ではないが、いろいろとお願いしてきました。(5/12)<18578>


◇ 土曜日の11日。震災から2年2カ月、「月命日」というのだそうだ。少しづつだけど、震災から遠くなっていくのだろうか。
 午後から福島大学を会場に開催する「原発事故子ども・被災者支援法 福島フォーラム」(実行委員会主催)に出席。大教室満杯かなと覚悟して行ったが、150名前後の参加者だろうか。国会議員等も来て、内容の詰めというより、法の実効化を後押しすることが狙いか。ふくしま復興支援フォーラムで、同法の解説をしたので、もう少し勉強したと思い参加。避難して住民票を移した場合に支援を受けられない問題や、栃木・那須塩原から東海に避難した方の支援の問題等、検討して行かなければならない課題が多いが、確実のところから実施しながら、広げていくことはできないのだろうか。完璧のものの実現まで、施行停止をしていてはどうなのか、スタートライン前で地団駄踏んでいる姿からの脱却をしないと、と思う。
 以前、新聞記事で、被災地・石巻の高齢者の要介護移行可能性の増加が報道され、調査元の東北大の担当教授(医学研究科・公衆衛生分野)に問い合わせ、資料をいただいていたが、報告者が完成したので送付するとの連絡があり、頂いた。調査報告書は、400ページ近い膨大なもの。厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)「宮城県における東日本大震災被災者の健康状態等に関する調査」(研究代表者:辻一郎教授)。調査対象は、石巻市沿岸部住民と仙台市若林区の仮設住居入居者。こうした異分野の研究調査結果は、自分の研究に引きつけた利活用で終わってきたが、被災地の復興に資する現実的な利用が必要と思っている。研究グループの有難い資料提供に感謝。(5/11)<18572>


◇ 昨夜は遅く、今朝は早いので、日記スキップしてしまいました。
 入院中の義母への妻による三食援助、近い病院とはいえ大変です。昼食から夕食の間、妻の会議の送迎。短時間ですので、スーパーの文具売り場をうろうろ。夕方は、第37回のふくしま復興支援フォーラム。桑折町の除染作業と仮置き場問題を渡邉課長から報告してもらいました。55人という最大の参加数。関心の高さを示しています。感想文にも表れています。
 9時過ぎ、翌日、被災地に同行する生協連の皆さんとの懇親会。福島の支援を第一とする生協連の姿勢に感謝です。帰宅は11時ですが、感想文等をまとめて、就寝は午前2時。
 今日は、朝7時半の待ち合わせで7時に出発。ワゴン車に9人。飯舘村ー南相馬市・鹿島区ー小高区ー浪江町。最近、立ち入りが可能になった浪江町の被災状況をみて、絶句です。帰り、ホールボディカウンターで、外部被ばくを検査。異常なし。福島駅に5時前。コープ本部に寄って、帰宅。ゆっくり休むことにします。(5/10)<18548>


◇ 寒くなったり、暖かくなったり、眠い一日です。
 昨夜、女川の職場から心配して車で駆け付けた次女、今朝早く5時20分の自宅を出発し、女川へ。宿舎に帰り、8時半からの出勤ですから大変です。石巻の渋滞には巻き込まれましたが、2時間で到着したとのこと。往復300キロの行程ですから、事故が心配ですが、安心しました。
 妻が三食、食事援助をしていますが、近い病院なので助かります。私もコープふくしまの会議の前に、病院に立ち寄りました。元気な様子で過ごしたようで安心しました。
 会議は、コープふくしまの監事会に立ち会いです。みやぎ生協からも立ち会っていただいていますが、経理部長は、大学の後輩だということです。経済学部は多いような気もしますが、法学部出身者がコープの経営をしているというのは、自分はあまり分からないと言っていられません。会議は淡々と進められましたが、経理上の問題を具体的に確認しており、こうした手堅い活動は、法律上必要ではあるが、実態的にも必要だと感じます。
 午後は、自宅でデスクワーク。すべてが順調にいけばいいと祈りたい気分です。(5/8)<18511>


◇ 今日は大変な一日でした。月曜日の非常勤が今日にずれました(みなし月曜日)。歯医者で受診し、福島市役所での委員会。何とか、変更なく予定は過ごしましたが。
 義母も、妻も、休みの日。私は、講義の準備を終えて、出かけようとする直前、義母が躓いて、腰を打ったようで動けません。ベットまで移動させましたが、痛みは静かにしていればおさまっていますが、動かすと激痛のようです。訪問看護師に連絡して、私が出かけて後、救急車で近くの病院へ。骨折のこと。急遽、入院となりました。元気なので、動きすぎて躓いたのでしょうか。ちょっとの合間でした。
 福島市の会議を終えて、帰宅したら、妻は入院の準備。女川の娘も、職場が退けて車で来ました。病院に荷物を運び、妻も心強かったようです。明朝、明日の勤務のため帰ります。義母本人は元気のようですが、高齢だから大事にしないと。ショートから帰って、翌日、入院とは・・・。塩竈の娘と、妻からの病状の相談。妻も二人の娘の支えで、こんな時は心強い。しばらくは、今までの日常生活に変化が出そうです。何かと忙しくなる5月の中旬。粘り強く進みましょう。(5/7)<18489>


◇ ゴールデンウィークも今日で終了。郷里で過ごした方々も、職場・持ち場に帰りつつあります。渋滞の中を。
 ゼミ生の金野さんが、郷里・仙台から東京に帰る途中、福島に寄ってくれました。彼女の学生時代の馴染の店、『珈琲の街』でランチをとりながら、仕事のこと、被災地の置かれた立場など、いろいろと話すことができました。
 帰宅して、ショートスティへお迎え。元気で安心しました。また、日常が戻ってきました。
 夕方は、コープふくしまの常任役員会。少し疲れたのか睡魔に襲われます。6月の総代会に向けて、取りまとめへとダッシュです。
 全国的に、明日から、みんな仕事に勤しむことでしょう。私も、非常勤の講義、歯医者に寄って、夕方は福島市の委員会。がんばりましょう。(5/6)<18464>


◇ 今日は、「こどもの日」。塩竈の孫宅に行くということで、10時過ぎに自宅を出発し、買い物をして出発。12時に到着しました。
 ベランダで、焼肉パーティ。孫3人は、遊びに夢中で、食べていたのは両親と爺婆。卒園式等の動画を見ながら、保育園のいい思い出に浸ります。小学校入学という、まさに画期の年です。6歳、4歳、2歳と平行移動的に年齢を重ねていますが、見ないうちに随分、成長しました。不要な喧嘩も少なくなったようです。会話も成り立つようになってきました。柱に傷はつけられませんが、セロテープを張って、5月5日の「背比べ」♪♪。ド、レ、ミと程よく並んでいます。
 自宅での遊びに飽きて、外で自転車。三人とも補助車の有る無しはありますが、スイスイと走ります。1年生の孫娘は、全く補助車なし自転車に乗れるようになり、スイスイです。しかし、車に気を付けないと危ないので、親の監視力が必要になっています。子どもの日らしく、狭い路地ですが、3人とも大興奮。こんな子ども日らしい過ごし方は、無かったなあと思う。
 4時頃、塩竈神社の桜を見にということで、参りました。満開状態は過ぎていますが、それでも「塩竈サクラ」でしょうか、綺麗な八重桜が咲いています。由緒ある塩竈神社、大きな境内、港も見えます。しばらく遊んで、帰途。帰りは、途中にある姪の店「じゅげむ」によって、コーヒーとムースをいただいて、6時に腰を上げましたが、なんと自宅に着いたの8時半。2時間半かかりました。仙台南部自動車道の山田IC辺りから渋滞。殆ど動きません。ようやく東北道に辿り着きましたが、ほぼ1時間半くらいの遅延。連休帰りの渋滞は、ニュースで言っていましたが、なんとそこに飛び込んでしまったようです。油断大敵です。
 しかし、楽しい一日。孫との交流。疲れましたが、心が温まっています。(5/5)<18448>


◇ ゴールデンウィーク後半2日目。「みどりの日」という休日。
 大渋滞のニュースを見ると、とても遠出をする気になれない。朝のテレビ(阿武隈紀行)を見て、甲子温泉の秘湯の湯の宿までドライブしようということだったが、結局、中止。一人で行くのも詰まらないので、結局、自宅で寛いでいました。
 先週見ることのできなかった、「八重の桜」の再放送。東北楽天とオリックス戦も観戦。今日は4対1で楽天勝利。松井がツーランホームラン打つし、頑張りました。夜は井上ひさしの「木の上の軍隊」、藤沢周平の映画「必死剣」。テレビ漬けですね。反省しているのですが、ついつい。明日は、子どもの日。孫たちの顔でも見に行くかな〜。(5/4)<18429>


◇ 憲法記念日。ゴールデンウィークの後半初日。「渋滞」という民族大移動のニュースが報じられています。女川では、金華山航路が今日、再開。復興の足取りを感じます。NHKのテレビニュースも報じていました。
 午後、憲法を考える集いに参加して、勉強をしてくるつもりでしたが、東京からの知人との話が長引いて、断念してしまいました。大事な話だったので、已むを得ません。
 憲法記念日、テレビも新聞も憲法特集をしていますが、参院選に向けて、自民党は96条の改正を公約として掲げるようです。憲法改正を最大の柱として結党した政党ですから、憲法「改正」を掲げるのは不思議ではありませんが、96条改正論にはびっくりしています。憲法改正には衆参両院で3分の2の賛成で国民に発議して、国民投票に付すことになりますが、3分の2では、ハードルが高いということで、過半数に引き下げるとのこと。スポーツで、ルールのハードルが高いので、有利に引き下げるとの評価は、ズバリです。
 自民幹事長は、9条改正(国防軍設立)するために96条を改正すると露骨ですね。9条改正に賛成の学者も、そのために96条を改正してハードルを下げることには大いに疑問を呈しています。戦後何度か憲法改正が提起されましたが、今回の情勢はかなり深刻です。コープの組合員さんの憲法学習をしたいという要望を受けて、私も勉強して話すことにしています。少し、私の仕事として、拘ってみたい。

 小学生になった孫娘と電話で話すことができました。入学して1か月足らず、随分、大人になったようです。「お勉強、難しいだろう」と聞いたら、「ひらがなだけだから、大丈夫」とのこと。幼稚園時代から塾に通っている友達も多いでしょうから、遅いスターですが、きっと頑張っていくでしょう。傍にいて、教育ジジイを演じられないのは残念だが、それもいいのかも。健やかに育ってほしい。(5/3)<18409>


◇ 今日は、八十八夜。私の69回目の誕生日です。ああ、70歳(古稀)まで、あと1年かと思うと感慨深し。
 妻の大学時代の親友の告別式参列で、千葉まで行くことになり、8時半頃の新幹線乗車のため、福島駅まで車で送る。69歳の逝去、まだまだ早い気がするのは、私の年齢だからなのか。惜しい人を亡くした。帰宅後、予定していた義母のショートステイに送る。いつもは二人で送っているので、初めて書類などへの署名。続柄欄は娘の夫。何度も繰り返してきたので、門前の小僧の様にスムーズに処理。
 それにしても、Facebookでのお誕生日のお祝い。30通近く。他の人の誕生日は分かっても、そうした挨拶をしてこなかったので、なんか申し訳ない。夜、妻が帰宅したのは8時頃なので、特に用事もなく逢う人もなかったので、一人での誕生日。反省して、人生を考えるには(?)、いい雰囲気。

 昼前、観たいと思っていた映画『舟を編む』をフォーラム福島に観に行く。以前、本屋大賞を取っていた三浦しをんの原作『舟を編む』を読んで、面白かったので、映画も見ることにしていた。筋書きは頭にあるものの、画面で見るとまた、それなりに新鮮。しかし、小説の方が、辞書づくりの面白さ、人物模様など、より深く考えさせられる。映画もいい。「言葉」にかける真剣勝負。いつも日本語にならない文章を書いていると恥ずかしくなるし、一つ一つの言葉を大切にしたいという気になる。

 夜は、小休止の後、東北楽天の試合をテレビ観戦。うーん、結果的に9対1で敗北。家族からはいつも、私がテレビに噛り付くと贔屓のチームは敗北すると笑われるが、やっぱりそうか。贔屓の贔屓倒しというんだったかな?試合の途中、駅に到着した妻を迎えに行く。
 明日からは、ゴールデンウィークの後半。明日3日は、ちょっと人と会い、憲法の集会で勉強してくるかなと思っているが、天気の様子で変わるかも知れない。静かな休みです。(5/2)<18393>


◇ 5月になりました。メーデーですが、少々、雨混じりの天気。
 午後からの非常勤の講義(労働法)のために、福島大へ。いつもは月曜日の3コマ目と4コマ目の連続ですが、月曜日が休日とぶつかっているので、講義回数が少なくなるので、今日水曜日に代替。「みなし月曜日」です。
 ゴールデンウィークの前半が終了し、後半までの合間の3日間。まとめて休暇を取って、旅行など行っているので、受講生は少ないのではないかと思っていたが、5〜60名といつもの半数か。学生には、労働者の有給休暇のようなものはない。休んだ分は、自ら補うしかないので気の毒(?)のような気もする。授業料を出して受講する立場と、報酬を得て講義する立場では、異なる。それにしても、真面目になったなあと感心。休みだからと行って、大旅行に出かける費用もないし、暇もないのは、学生も我々も同じか。
 今朝の7時のNHK総合テレビのニュース。憲法記念日までの3日間の連続。今日は「生存権」。なんと愛媛大学の授業風景。私のゼミにいた鈴木さんが指導する風景。人間裁判(朝日訴訟)のビデオを見せながら、意欲的な取り組み。学生の対応も良く、素晴らしい。学部・修士課程の際の私等の指導不足があったが、金沢の博士課程で頑張ったようで嬉しい。私の講義と比べると、学生にも評判がよさそう。さらに活躍してほしいものだ。(5/1)<18365>



<2013年4月> ・<2013年3月> ・<2013年2月> ・<2013年1月> ・<2012年12月> ・<2012年11月> ・<2012年10月> ・<2012年9月> ・<2012年8月> ・<2012年7月> ・<2012年6月> ・<2012年5月> ・<2012年4月> ・<2012年3月> ・<2012年2月> ・<2012年1月> ・<2011年12月> ・<2011年11月> ・<2011年10月> ・<2011年9月> ・<2011年8月> ・<2011年7月> ・<2011年6月> ・<2011年5月> ・<2011年4月> ・<2011年3月> ・<2011年2月> ・<2011年1月> ・<2010年12月> ・<2010年11月> ・ <2010年10月> ・ <〜2010.10.9アーカイブ>