日 記

(2014年8月)


<今野順夫の部屋>

◇ 8月も最終日になりました。日曜日、孫宅に行こうかなと考えたら、親は仕事らしい。次女は、山登り。明日から住宅除染の作業に入る、まずは足場の準備。家の周りを妻は除染作業に支障のないように、準備をしています。
 慌ただしい8月が過ぎて、秋本番の9月に突入します。
 県内向けのメディアは、10月の知事選挙の候補者動向で賑わっています。政策的な前提になっているのでしょうが、各政党の思惑で、複雑な展開をしているようです。8月は、広島長崎、敗戦記念日もあり、戦争の問題等の企画が多かった。全国集会の現地実行委員長も務めざるを得なかった。ほとんど名前だけだが。下旬は、大分と札幌への連続旅行。コープの仕事と県の仕事。体調が特に悪かったが、今は、回復。
 書斎の雑誌等の整理、捨てるには惜しい気もするが、特に自分の書いたものが入っているのは保留して、捨てることにする。いつか読むかもというには、年齢を取りすぎた。それにしても、不勉強だったなと反省しつつ整理をする。もう「いつか」という口実は、可能性がなかろう。断捨離かな。
 5時から東北楽天の対ソフトバンク戦。テレビからラジオとつないで、12回裏、ツーアウトから松井のヒットで、4対3のサヨナラ勝ち。引き分け寸前だった。球場もリニューアルして、勢いがついたかな。また、2軍から登録された武藤投手の好投に注目。「無欲」のなせる業か、新たな戦力が参入して頼もしい。もう少し頑張ると4位くらいまでは行けるかな。(8/31)<25335>


◇ 土曜日。そろそろ8月も終わりです。
 河北新報の朝刊の「座標」に、わたしの書いたものが掲載されました。なかなかズバッと心に響いてきませんが、生活の反映でしょうか。恥ずかしながら、現状に付き合いながら、努力していく必要があります。郷里の女川も頭に入れながら、全国の女川出身者の支援で、女川の再興が出来ないかとの思いがありますが、原発被災地・福島でも、特別町民制度や二地域居住の、二重の住民票などで、不在者も含めた街起しに期待をしています。
 午前中に、コープの組合員さんも協力している映画鑑賞「人生 いろどり」を観に行ったら、満員で入場できないとのこと。止むなく払い戻して、一旦帰宅して、大学へ。
 「松川記念塔建立50周年記念学習集会」。学長の歓迎挨拶もあるので、中井さんに逢えると思っていたら、パリ出張とのこと。夜、エッフェル塔の前でのOECDの後援による、被災地の中高生のこの間の活動の紹介のイベント。福島大学も主催なのか、中井さんの開会の挨拶がインターネットのライブで放映されました。大したものです。
 松川記念塔の集会の方は、百数十名の参加でしたが、袴田再審事件弁護団長の西嶋さんの講演等があり、そのご会場を記念塔前に移し、元被告人の阿部さんの話など、感動的な集まりでした。
 宮城・石巻から大学時代の同級生のH君が見えられ、いろいろつもる話もできました。(8/30)<25330>


◇ 木曜日・金曜日と、ここ1週間の疲れからの休養。大分と札幌、飛行機ですが行ったり来たり。年金生活者にとっては珍しいことです。もう、しばらくこんな長旅はないでしょう。体力と筋力(金力)を理由に。
 大宮のSさんが来て、会議の後、夕食。老人男、二人がファミレスで夕食。何か場の雰囲気を壊しているようです。あまり周りを気にしないで過ごしましょう。(8/29)<25324>


◇ 火曜日(26日)に、福島空港から発って、札幌へ。一泊して夕方帰宅しました。帰りの便は、新千歳空港から仙台空港へ。久しぶりのプロペラ機です。快晴の札幌から、小雨の仙台・福島。雲の上では分からない地上の天気です。いずれも、最高20度余。めっきり涼しくなりました。秋が迫っているのでしょうか?
 札幌での会議は、所属している県の委員会の各道県協議会。毎年、東北北海道の持ち回り。課題が多いせいか、活発な提案・ご意見も出て、有意義な会合でした。いつものようにビル内での交流会ではなく、街中のお店での開催で、担当の準備の細やかさを感じさせられました。
 翌日の午前中は、「北海道開拓の村」を見学させて頂きました。東北の各県からの移住・開拓など、東北と北海道の緊密な結び付きの話を聞いて、改めて感動しました。東北を飛びこして北海道が進んでいるのは、高校野球の優勝旗だけではなさそうですが、もっと連携してともに進むことも必要と思いました。来年には、青森―函館間の新幹線も開業するとのこと。北海道の方々にも、東北の空を通過するでけでなく、地上の電車で、東北を見、交流をして欲しいと感じます。
 大分、札幌と、1週間のうちに慌ただしく動きましたが、極めて体調不良の時期でした。しかし、双方の美味しい料理とアルコール。少し羽目を外したのが功を奏したのか、体調は回復しました。双方で、いい刺激が脳に加えられたせいでしょうか。
 同僚・友人の塩谷さんから2冊の寄贈本が届きました。岩波新書の「食と農でつなぐ」そして「共生の法社会学」。忙しい業務の中、研究をきちんとまとめられて、敬服します。有難く。勉強させてもらうことにしましょう。(8/27)<25296>


◇ 月曜日。福島の小中学校は、今日から二学期の開始。東京は月末まで夏休みでしょうが、東北だからいち早い。暑い暑いと言っていられない。頑張りましょう。

 夕方にかけて会議と打ち合わせがあるので、昼前、映画へ。「思い出のマーニー」。
 会議は、コープの常任役員会。終了後、連携復興センターへ。監査の仕事をして帰宅。
 高校野球も、大阪桐蔭の優勝で終了。学校も、皆秋に向けて始動する。(8/25)<25273><P>


◇ あっという間に4日が過ぎました。今夕、大分から帰ってきました。

 21日(木)は、大学で採択された研究テーマの研究打ち合わせ会。連絡が上手くいかない内容でしたが、私も含む研究プロジェクトを申請、採択されたので具体化のための会議です。震災下で要介護認定の増加が見られるが、その要因の分析。関心のあるテーマだが、時間の配分で、地道な調査ができるか、わたしに限っては自信はない。協力できる範囲内で行いましょう。体調不良のためか、特に調査に対して貪欲さが出てこないのが問題。
 その後、復興事業の連携を進める組織(連復)の理事会。監事なので、理事会出席して様子をつかまなければなりません。総会が近々有るのですが、出張のため参加できません。事前に書類作りをと思って、日程を作りましたが、整わず、結局、月曜日の夕方にチェックすることにしました。
 夕方は、第72回ふくしま復興支援フォーラム。広野町長の遠藤智さんに報告をしていただきました。各市町村の立場の違いが理解できました。多忙な中、遠くからボランティアで参加していただいた広野町関係者の皆さんに感謝しています。

 22日は、コープおおいたの依頼されて大分での学習会の講師。「脱原発・反原発に向けた社会づくりと福島県の取り組み」がテーマ。コープおおいたは、震災後、継続的に福島に支援をしていただき、またこちらかも専務・常務・組合員理事等が参上し、説明をしてきていますが、やはり支援する中で、そもそも脱原発をコープの運動の柱にすべきとの意見も出て、いろいろ勉強しましょうということになったようです。福島の現状から出発して脱原発・反原発の取り組みについて紹介を求められたということです。実際のコープ内の取り組みについては、同行した組合員理事さんが報告してくれました。生協運動との関係で、このテーマに接近できなかったことが心残り。福島の内部でも、生協運動論としては、今後の課題。

 私の話の前は、広島の県生協連の幹部の「平和運動の話」。一緒に、夜は懇親。翌日の23日は、大分周辺を案内してもらいました。水族館(海卵)、昼食の地獄蒸し、そして地獄見学。8つのうち、海地獄と坊主地獄を見てきました。そして湯布院へ。まちづくりで注目を浴びている町。一度、訪ねたいと思っていました。
 今朝は、湯布院から大分空港まで送っていただき、昼過ぎ羽田へ。そして新幹線で帰福。帰宅は4時過ぎでしょうか。

 20日頃から、体調が最悪。腹痛に悩まされました。大丈夫かなと思いつつ、出発前夜は食事抜き。そして22日朝。7時の出発でしたが、おかゆ。なんとか緊張して話している時は、あまり腹痛にはならないのですが。就寝してからが2時間おきくらいに起きていました。何とか、帰って来て落ち着いています。やはり体調不良は、精神を参らせます。健康なリズムある生活が必要です。(8/24)<25257>


◇ 昨日は、仙台市博物館に行って、「室生寺の仏像」など見てきました。国宝級のもので、東北で見れるのはありがたい。東北道を南下して帰ってきましたが、福島代表の聖光学院が、何とか勝利してベスト16へ。
 夜は、川俣町の委員会への出席。帰宅は9時半。
 今日の午後は、コープに行って、いろいろ雑用処理。夜は土湯温泉でのコープおおいたや大分県の方々と交流会。昨日来て、新地町ー相馬―飯舘等の被災地の視察。明日は帰る前に、仮設住宅での炊き出しなど。羽田からバスをチャーターして来福。県も共同の取り組み。県の在り方に関心。土湯温泉でお風呂にも入らず帰宅。9時半。(8/20)<25205>


◇ 盆休み明けの月曜日。いつもはコープの常任役員会があるが、今週は盆休み。
 特に何もなく、自宅で資料整理。大宮のMさんから電話。郡山でのシンポジウムがあるらしい。元気な様子で何より。彼も、定年退職者で自宅でゴロゴロしているのかな?いや、してないな。多趣味だから。私のような無趣味が一番困る。
 高校野球は、東北6校出場中5校勝って、これはと思っていたが、今日の利府高校(宮城)は、10対0の大敗。うーん。実力かな。明日は山形中央と聖光学院(福島)。頑張ってほしい。
 民放のラジオのアナウンサーから取材の電話。ふくしま復興支援フォーラムのこと。以前、講演をしたラジオのアナウンサーから、新聞は後追いで、事前の宣伝には不向きだが、ラジオは違うというので、連絡して期待していたが、上手くいかなかった。今は、仙台の河北新報が、1週間ほど連続して行事欄に書いてくれるようになったので、効果のほどは分からないが有難い。諦めていた民放ラジオ、たまたま別の集会で挨拶してフォーラムの案内を差し上げていたら、3分ほどのインタビュー電話取材。前のアナウンサーは男性、今度は女性の違いはあるが、ジャーナリストも人の子。事前の関係次第なのかも。河北新報も。一つ利口になった。21日の広野町長は、多くを集めたいのだが・・・(8/18)<25185>


◇ 朝、沖縄在住のGさんが、沖縄の話をもって見えられました。その後、近くの老健施設に行った以外は、一日中、宅勤。
 暑さも和らいでしのぎやすいのですが、体の方がついていっていません。運動をしようと思っていますが、それもファイトが必要なのでしょうか。夜は、テレビで忙しかった。東北楽天とロッテ戦。なかなか調子が上がらない菊池投手が、先発勝利投手になりました。崖っぷちのつもりといっていましたが、同期がどんどん活躍しているのに焦ったのでしょう。20代の時にそんな「崖っぷち」という表現をしたことを思い出しました。焦らないで、また次の勝利投手を期待しています。それにしても、河北新報を見ると、楽天の登録・抹消選手名が、随時出ているので、見つめていました。宮城県岩出山高校出身の今野投手が、一軍に登録されていましたが、登場の機会が楽しみです。二軍の試合や情報に大きな関心を持つようになりました。
 気分良く「大河ドラマ」黒田寛兵衛。色々人間味が出て、面白い。そして映画「少年H」。映画館で見たはずですが、こんなシーンがあったかなと、新しい発見をしながら見ました。戦争の問題を、過去のものしてはならない。(8/17)<25174>


◇ 16日の土曜日。孫たちが新幹線で来た。親の仕事の合間。母親と3人の孫。新幹線で来た。ホームに迎えに行ったが、3歳‐5歳―7歳の集団なので、駅の階段やホームから落ちるのではないかと心配。
 9時半から4時前まで、日帰り帰省だが、遊び、DVD、飲み食い。慌ただしい一日だった。まさに台風一過(家)のように、帰って静寂へ。男はつらいよを見る。
 昨夜深夜、法政大教授で、原発問題で先陣で論戦を展開していた舩橋先生の急逝(くも膜下出血)が伝えられた。なにか他人事ではない気がしてくる。(8/16)<25154>


◇ 敗戦69周年の日。総務大臣・国家公安委員長が靖国神社参拝。その言動には、現在の情勢の下での悩みぬいた跡は見えない。どうしてだろう。
 自宅で大人しくしている。銀行に送金と散髪に行ってきただけ。講演準備と新聞原稿を書きかけていた。乗らない。
 夜、楽天の試合をテレビ観戦。また、負けるのかと思うと最初から重い。ハラハラしながら見ていたが、投手・則本はあわや完全試合というほどの好投。酷評された捕手・小関も、守備だけでなく打撃で大活躍。4対0で完封・完投でロッテを破る。
 ヒーローお立ち台に立った2人。涙が出て止まらない。観戦していた客も涙。昨年の覇者が、今年はビリ。理由はあるが、自分に情けなかったのだろう。9回になって、マウンドで涙が出たという。勝負師らしくないが、悩みながらの人間らしい勝利。貴重な勝利。おめでとうといいたい。明日から連勝してほしいと思うが、そんなに甘くはない。しかし、負けているからこそ、勝利の嬉しさは人一倍だろう。(8/15)<25149>


◇ 久しぶりに街に出たら、自動車も少ないし、お盆らしい。みんな実家に戻っているのか、家で一家団欒かな。
 「2014ふくしま 平和のための戦争展」を覗いてきました。毎年、呼びかけ人になっているのですが、正直、名前だけ。やはり、一目見ておこうと思い。コラッセふくしまへ。高校生の夏休みの宿題なのか、一生懸命、メモを取っているのが嬉しい。恒例の行事になっているが、新たな感動を覚える。今年は、安倍内閣の「集団的自衛権」の憲法解釈変更もなされ、単なる過去のことではなく、これからのこととして、皆さんの見る目も真剣に見える。こうした行事を、続けることが望ましいし、力になる。それにしても、もっと基礎自治体等が平和教育の一環として、行うべきと思うのだが。
 一旦自宅に戻り、出直してAOZで開催される「戦争体験を聞く会」で、貴重な話を聞いてくる。伊達市保原町在住の佐藤寛さんの「横浜勤労動員の思い出」の話。行ったのは日東化学工業横浜工場。肥料工場で、硫酸を使用。ほとんど指紋もなくなり、地下足袋が破れて足の指が出ている。水溜りだと思ったのが硫酸溜りに入ってしまって、焼け焦げ敗れた。本工が戦争に召集され、14〜5歳の彼らは夜勤・三交代の勤務。苦しくなり、結局、集団で職場から脱出。帰って来た保原の町が、竜宮城のように見えたと。85歳らしいが、人生の大切な時期にこうした学徒動員に駆り出され、無念の思いが伝わってきた。
 もう一人は、福島市舟場町在住の八巻一夫さん。若松65連隊の隊長としての苦難。題は「戦場の悲惨さ」。食べることに事欠いて、ネズミ等も食べざるを得ない状況。日本軍は入ると中国人は、みな避難。それを原発事故から避難した3年半前とかぶらせる。凄さに打ちひしがれたか、聴く者も声が出ない。体験者が、80代後半から90代へ。しっかり受け止めて受け継ぐ必要がある。もっと、若い人にも来てもらえる工夫が必要だね。(8/14)<25140>


◇ お盆に入り、民族の大移動か、帰省の渋滞のニュース。
 午前中は、来週の大分での話の準備、午後は、高校野球、そして夜はプロ野球中継テレビ観戦。
 宮城代表、常勝の仙台育英や東北高校に代わって出場は、県立利府高校。優勝経験のある佐賀北高校に4対2で勝つ。厚い投手層が勝因か。
 東北楽天は、ソフトバンクに何とか勝つ。松井も初の先発勝利投手。まあ、気分良し。(8/13)<25129>


◇ 午前中、県の会議。議題が多く、昼過ぎまでかかりました。
 午後、マーシャル諸島の被爆の実相をしる講演とシンポジウム。マーシャル諸島共和国の元上院議員のアバッカ・アンジャイン・マディソンさんがきて話してくれました。水爆実験の後の生まれですが、1986年の全島避難の際に、他の住民とともにメジャト島に避難した。現在も首都マジュロで避難生活を送っている。
 福島の今後を視野に入れながらの企画ですが、第5福竜丸のみに関心が限定されていたことを反省しています。いかに、アメリカの水爆実験で侵された地に戻るか、世代を超えて、闘いが継続しています。
 マーシャル諸島、ビキニ事件から、福島は何を学ぶか、違いを乗り越え、共有したいものである。(8/12)<25107>


◇ 月曜日。新聞休刊日だと気が抜ける。
 非常勤の採点をして、その結果を送付。何か、あまりいい気分にはなれない。いい授業ができていないので、その結果と思うしかない。
 夕方、コープふくしまの常任役員会。課題から解放されることはないが、まずは机の周りの整理。なんといっても新聞切り抜きの整理。半年前のも後生大事に保存(?)しているので、なかなか進まない。座ると落ち着く机環境にしたいものだ。(8/11)<25096>


◇ 台風一色のテレビ放送です。昼から近くの支所&学習センター(公民館)をメイン会場に地域のお祭り。雨でどうなるか、みんな心配していたでしょうが、結構、盆踊りなどの音楽が聞こえました。こういうものは。順延はないのでしょう。
 昨夜も福島市の花火大会。去年は、雨で中止になったので、2年連続はいやだったのでしょう。遠くから見ると涙目の花火のようでしたが敢行したようです。今朝の地方紙には、雨傘をさして花火を見ている姿がありました。まずは、すっきりしたでしょう。
 こちらの花火大会、7時半過ぎから始まりました。うん?去年と違って、目の前に除染工事のための2階建てのプレハブが建ったので、見えません。少し近くに行って見てましたが、花火に刺激されたのか、雨が降ってきたので家にかけこみました。自宅の庭からも、上に上がった花火は良く見えます。わたしは大河ドラマが気懸りで、花火を諦めて軍師勘兵衛へ。それにしても、昔から同じく上げていた花火も、隣の田んぼにはあっという間に家が建ちました。そして目の前に除染工事用のプレハブ。震災―原発事故の影響で、地域社会も大きく変わりつつあります。(8/10)<25083>


◇ 台風11号が西日本を襲っています。高校野球の開会式も明後日に順延。三重県では住民避難命令が出ていますが、被害のないことを祈っています。
 昨日の金曜日。午後からコープの定例理事会。月1回ですが、いわきや相馬からも来ていただいています。事業実績は順調ですが、多様な問題も出てきます。事業も生きたものだから、柔軟に進めていかざるを得ないのでしょう。
 一旦、自宅に戻り、夜は知人から誘われた、「ヴィオラとチェロの夕べ」。文化財に指定された元知事宅の和室で行いました。大学出たばかりの新進の演奏家。一人は福島出身。和室で聞く演奏も乙なものです。黒田節の日舞もありました。
 その後は、浪江町から避難してきている皆さんとの懇親会。元町長さんも宮城から見えられました。ワイワイと、つまみの持ち込みもあり、楽しいひと時でした。そろそろ帰ろうと思ったら、中締めをやれと言われて、挨拶をする羽目になりました。大変な中にも、多くの笑顔を見ることができました。一緒に進むことにしましょう。
 今日の土曜日、午前中から、松川賞の制度化の会議。松川事件の風化をさせないように、いかなる継続の仕掛けをつくるかということで検討している一つです。容易ではない問題もあり、頭を痛めながらの検討です。何か、文化として残るものにしたいと思います。(8/9)<25067>


◇ 暑さで、脳味噌が正常に動きません。「放射能」と書くべき所「放射脳」と書いてしまい、暑さのせいかなと思っています。
 夕方に「ふくしま復興支援フォーラム」があるのですが、その前に、会場確保、お金の支払で街中へ。年末までの80回目までの会場は確保。12月末の報告者が決まれば、安心して年が越せます。もちろん、2015年の準備もしなければなりませんが。クーラーの効いたドライブは、一番幸せ。
 6時半からの「第71回ふくしま復興支援フォーラム」は、福島信金常務の佐藤英雄さんの「土湯温泉での再生エネルギーの取組み」の報告。参加者が少ないことを覚悟してましたが、32人の参加。ほぼ満杯です。皆さんの未来にかける夢で、厳しい中にも、明るい話でした。再生エネルギーも、大手企業が進出していますが、富を中央に吸い取るのではなく、地域社会に還流する仕掛けが必要と思いました。小さな取組みかもしれませんが、無数の取組みができれば、地域経済を変えることができるかも。
 フォーラム終了後、友人の佐藤君とその息子さんと一緒に夕食。息子さんは、復興支援で企業を辞めて福島に入っていますが、父と息子の話を聞きながら、同士的親子だなと感心。息子さんの働いている事業に、二人で訪ねて話を聞いてくることにしました。楽しみです。(8/7)<25049>


◇ 猛暑が続きます。今日は8月6日。広島原爆投下69周年になります。広島は晴天の福島とは異なり、雨の中の平和式典です。
 午後、以前から頼まれていた地域の憲法学習会に出てきました。20年ほど、PTAの仲間の人たちが続けてきた読書会のメンバーです。憲法の改正動向について話をしました。あまりこなれていませんが。なにかしないとという気持ちが伝わってきます。憲法に限らず、おしゃべりに加わり、美味しい漬物等を頂きながら楽しいひと時。
 昨日の5日は、近くの医院へ。軽い痛風なのでしょうが、痛み止め及び湿布薬を頂いて、帰ってきました。なんとか快方に向かっています。
 夕方、コープが行った住宅除染についての、ADRへの請求の結果報告を弁護士さんから聞きました。ほとんど100点満点ですが、生協に依頼して自費で行った自主除染。何とか損害と認めてくれて、本人たちもささやかでも明るい話題。泣き寝入りは駄目です。損害賠償は、強制避難地域と限定しないで、福島のような地域でも、主張することは大切な事と思います。コープが役立って、嬉しいです。(8/6)<25030>


◇ 月曜日。月初めの月曜日なので、コープの朝礼へ。原水爆と原発の話をしました。
 自宅で雑務をしながら、夕方のコープ常任役員会へ。暑さの中、大雨の予報がありましたが、局部的な雨でした。それにしても暑い。右足の親指の付け根が痛く、不快です。以前の痛風とも違うようですが、明日も続くなら、近所の医院に見てもらうことにしましょう。(8/4)<25004>


◇ 日曜日。午後から郡山で、「ふくしま希望会議」のシンポジウムをおこなうということで、「ふくしま復興支援フォーラム」の紹介が要請されているものと思い、参加することにしました。
 お盆のラッシュもあり、車も新幹線も混んでいると思い、鈍行で行くことにしました。時間を調べたら、笹谷からだと、4000円と1000円程の違い。時間の余裕もあるので、もったいなく感じて、鈍行へ。運動不足の解消も兼ねて、駅前の駐車場(900円)を使用しないで飯坂電車で。何とか6時の鈍行で帰って来たのですが、歩き過ぎたのか足が痛い。特に親指のつけ根。以前患った痛風かなとも思っていますが、症状が違う。単純に骨が痛いのです。すべては運動不足からか。年金生活者のケチかなと思いますが、ケチが大損ということもあるので、要注意。
 集会は、報告の準備をあまりしておらず、少々、集会の趣旨をよく理解していないところがあり、不満足な発言でした。予想される質問のための準備もしてなかったので、少々恥ずかしかった。参加者も、大都市・郡山にしては20名ほどか。人が集まる仕掛けには、その都市その都市のやり方があるので、それをよく研究することが必要だと思います。明日は、足の痛みも治っていることを期待して休むことにしましょう。(8/3)<24989>


◇ 土曜日。特に用事はありません。気になっていた車の1年定期点検、いつもお世話になっている宇田自動車整備工場へ電話。土曜日でもやっていました。早速出かけ、代車を借りて、いったん帰宅・昼寝。整備済みの車を取りに行って、社長夫妻としばし歓談。いろいろと病院やリハビリの話。一年前は予測もしなかった出来事がでて、驚きます。一日一日、大切に日を送るしかないのでしょう。
 夕方は、いつもお世話になっている老健施設「はなひらの」の夏祭り(盆踊り)。幼稚園の運動会並みにカメラマンを演じていたら、施設長の茂田先生(元県立医大の学長)、福祉会の会長につかまり、思いがけず、来賓席で接待。ビールは飲めませんが。本当に、ありがたいです。地域の方々も恒例の行事、そしていつかお世話になるということで、地域のイベントになりつつあるようです。それにしても、職員さんは、浴衣を着て、介護しながら、自分も演じる。大変だね。楽しいイベントでした。
 帰って来て、男はつらいよの映画(途中からですが)。ウィーンの場面、ああ、私もドイツに行きたいなあ。ドイツ語能力の激減と、体力の激減は心配ですが。お金もか(笑)。(8/2)<24983>


◇ 今日から8月です。終日、「原水爆禁止2014世界大会・科学者集会 in 福島」に参加していました。
 いつもは広島等の被爆地または東京等で開催していましたが、原発事故もあり、福島での開催となりました。核兵器と原発の関連を追求するものになりました。100名にはならない参加者ですが、地元の出席者が少なかったようです。
 実行委員長として挨拶をさせていただきましたが、続く6本の報告を充実したものでした。オレグ・ボドロフ氏(グリーン・ワールド議長「NUCREAR BOOMERANG」、斎藤紀氏(医師)「原発事故と健康問題」、大久保賢一氏(弁護士)「核と人類は共存できない」、亀山統一氏(琉球大学)「沖縄と福島を結ぶもの」、山川充夫氏(帝京大学)「原災被災者と被災地の復興に向けて」、大坪正一氏(弘前大学)「青森県における核燃反対運動」です。
 会場には、学生時代お世話になった横浜在住のS氏ご夫妻が見えられ、久しぶりの懇談ができました。お元気そうで何よりです。(8/1)<24974>



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