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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第10章

 マリーンの絶叫が地上から空へと細く長く糸を引くように続く。ヤムチャに抱きかかえられて一気に数百メートルの高さまで飛び上がったのだ。
 壮観な眺めだった。アパートを取り巻く住宅街からその周りに広がる田園地帯、碁盤ごばんの目のように伸びて行く道路の中で一番大きな道路の彼方には、そびえ立つ西の都のビルが一望できる。
 ただし、今のマリーンにはどんな景色も味わっている余裕などあるわけがなかった。

「バカバカバカバカッ! いきなり何すんのよっ。心臓が止まっちゃうかと思ったじゃないの!!」
「オーバーなやつ」
 固く目を閉じ、両手両足で必死にしがみついてくる彼女の腰を片腕で軽く支えたまま、ヤムチャは涼しい顔で空に浮かんでいた。
「いつもの威勢の良さはどうした」
「あんたって、すっっっごくやなヤツね」
 ヤムチャはニヤニヤして言った。
「二人きりだな」
「ちょ、ちょっと、誰もいないのをいいことに、まさかこんなとこで変なことする気じゃないでしょうね!?」
「オレは色欲魔人かよ。……でも、いい考えだな」
「バカバカッ! そんなことしたらぶん殴るからねっ」
「冗談だって。おい、暴れるな。落っこちるぞ」
 マリーンにボカスカ頭を殴られながら彼は叫んだ。

 自分の立場に気づき、彼女はハッとして下界を見下ろした。とたんに箱庭のような景色が目に飛び込んで来る。めまいがするほどの高さだ。慌てて目を閉じ、広い肩に顔を伏せた。
「あれは航空写真、あれは航空写真。現実じゃない、現実じゃない……」
 念仏のように唱えながら、よせばいいのにまた目を開けてしまう。肩で浅い息をしつつ、魅入られたように凝視していたが、とうとうパニックになって彼女は叫んだ。
「ダメだわ! 航空写真なのに車が動いてる!!」

 ヤムチャは苦笑してマリーンを抱きしめ、背中をゆっくりさすりながら耳元で優しく囁いた。
「落ち着けよ。大丈夫だって。そんなにオレが信用できないのか? 絶対にきみを落っことしたりしない。約束するよ」
「だって……だって……足が地面についてないのよ」
「慣れたら爽快だぜ。空を飛ぶっていうのは。見ろよ、上昇気流だ。あれに乗ってみよう。大丈夫だって。オレを信じろ」

 マリーンは観念したように歯を食いしばり、生唾を飲み込んだ。何度も深呼吸を繰り返しながら、震える右手でヤムチャのジーンズのベルトを握りしめ、汗で湿った左手を伸ばすと、彼がするのを真似てそっと上昇気流の上にかざした。
 ふわっと体が持ち上がる。短く悲鳴を上げた彼女の耳元にヤムチャはなだめるように囁き続けた。
「大丈夫……そのまま体の力を抜いて……そうだ……いいぞ」
「浮かんでるわ!」マリーンが興奮して叫んだ。
「手をつないでみよう。自分で飛んでるみたいな気分になれるぜ」
 ヤムチャはベルトを握りしめたままこわばってしまったマリーンの右手を苦労してはずすと、自分の左手を握らせた。とたんにバランスが崩れる。血の気の引いた顔で彼女はヤムチャにしがみついた。
「平気だって。ほら、両方の腕を伸ばして……そう、その調子」
「すごい……! ほんとにあたし飛んでる。飛んでるわ!」


 ほんの数分飛んだだけで、マリーンは恐怖を克服してしまった。それどころか、すっかり調子づいてヤムチャにあれこれ飛ぶ方向を指示するまでになった。
「きれい! 天使の羽根みたいな雲。触ってみたいわ。あそこまで飛んで! ―――次はあの入道雲の峰に昇って頂上まで行ってみたい。―――すごいわ! 雲の絨毯みたい。この上を歩かせて」
「あのなあ、雲ってのは水蒸気の塊なんだぜ。つかんだり、その上を歩いたり出来ないの」
 呆れたヤムチャがその度に言い聞かせても聞こうとしない。
「ねえ、あの山のてっぺんに大きな木が生えてるでしょ。次はあそこよ。いいわね?」
「はいはい。お姫さま。 ―――飛ばすぞ。しっかりつかまってろよ」

 ヤムチャはマリーンを抱え直すと、ぐんとスピードを上げた。広がる田園と森の向こうに小さく見えていた山がものすごい勢いで視界一杯に迫ってくる。マリーンは風圧でかき消されないよう、大声で叫んだ。
「あの木! そうよ、てっぺんの枝!」
 いったん地表すれすれまで急降下し、草原を波打たせてから山腹を撫でるように上昇する。目指す枝の前まで来ると、ヤムチャは急制動を駆けて止まった。マリーンが彼の胴体に回した手に力をこめ、悲鳴のような歓声を上げる。

「アパートの窓からいつも眺めているだけだったの。この山もこの木も。見てて、今から初登頂よ」
 指先ほどの細い枝が、大木の一番高いところから突き出ている。マリーンはその枝につま先でチョンと触れた。
「見て! この山を征服したわ。これがほんとの頂上……でしょ?」
 このお姫さまときたら、高価なアクセサリーは欲しがらないかわりに、こんな何でもないことにひどく喜ぶのだった。
 嬉しそうに笑っている恋人を、ヤムチャは腕に力を込めて抱きしめた。


 風が強くなってきた。遠景の雲の前を巨大な雲がゆっくりとすれ違いながら動いてゆく。その堂々たる姿は、まるで大海原を行き交う豪華客船のようだ。
「すごいわ……」
 マリーンは言葉を失い、ただ感動して眺めていた。ヤムチャはふと西の空を見やった。いつのまにか真っ黒な雨雲が急接近してくる。
「いけね。雨が来るぞ。あれに呑み込まれたらひどい目に遭う」
「なんで? 面白そうじゃない。あの中を突っ切ってみてよ。あたしたち、ススだらけみたいに真っ黒になる?」
「バカ。雷に打たれて一巻の終わりだ。さあ、もうそろそろ行くぜ。ピッコロに会うんだろ」
 ヤムチャは速度を上げて雨雲から退避しながら上昇した。はるか上方にキラリと光る物体が見える。
「見えたぞ。神殿だ」


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