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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第43章

 マリーンはウィッグをカットしながら、鏡の横に置かれた時計に目を走らせた。午後7時45分。とっくに試合は始まっている。よりによって今日は週に一度の勉強会の日なのだ。この分では終わるのは9時か10時。それから球場へ駆けつけても間に合うだろうか。
(間に合うとして、あんたはどっちへ駆けつけるつもりなの。レフトスタンド? それともバックネット裏?)
 マリーンは自分に問いかけた。
(優柔不断なヤムチャの性格は多分一生直りゃしないわ。これからも同じようなことを繰り返して、あいつはあんたを傷つけるかもしれない。あんたはそれに耐えられるの? マリーン……)
 いつの間にか止まってしまった手に気づき、彼女はまたハサミを動かした。
「荒いわよ、マリーン」ライムが指摘した。
「はい、すみません」
 雑念を振り払うように、彼女はカットに集中した。


 ピッコロがステージの上で「パオズ山の名水」1ケースを受け取り、マリーンが店がはねた後の勉強会でハサミを振るっている頃、喧騒から離れた校舎脇の薄暗い倉庫で、人目を避けて動き回る黒い影があった。
「おどおどするんじゃねえ。自然に振る舞うんだ。いいな、イザーセ」
 倉庫の中の細長い影が外にいるずんぐりむっくりの影に声をかけた。
「だ、大丈夫かな。カークの兄貴」

 声をかけられた方はそう言うと、よたつきながら「小麦粉」と書かれた大きな袋を倉庫の中へと運びこんだ。カークと呼ばれた男が懐中電灯の明かりで床に弧を描き、袋を置く場所を指示する。月明かりが袋を運ぶ男のキューピー人形に似た茶色の巻き毛に降り注ぎ、額の汗を光らせている。
 ライターをつける音と共に小さな火がカークの顔を照らした。艶のない麦わら色の髪とこけた頬、灰色の鋭い目が闇に浮かび上がる。

 もしもアメリアがこの場にいて、二人の男たちの顔を見たなら、彼らがバスの窓から目撃したマジョラムたちと一緒にいたうさんくさい連中の中の二人であることに気づいただろう。
 胸の奥深く吸い込んだ紫煙をうまそうに長く吐き出した後、カークはさして広くない倉庫の中を見回した。月明かりや少し離れた夜店に設置された灯りなどが開いている戸口から差し込んでくるので、懐中電灯なしでも中に置かれた園芸用具や掃除用具、ラインマーカー、石灰などの雑多なものがぼんやりと見える。

 太っちょのイザーセは指図された場所に袋をどさっと置いた。巻き毛から汗が滴り落ちる。さかんに腕で顔じゅうの汗を拭いながら彼は背を伸ばし、大きく息をついた。とたんにカークが低い声で叱咤する。
「まだあるだろ。休むのは全部運んでからにしろ」
 イザーセは飛び上がり、あわててまた倉庫の外へととって返す。倉庫に並行して学校のフェンスぎりぎりに、腹に「西都製粉」と書いた白いワゴン車が停めてあり、開け放したそのドアからイザーセは袋を引っ張り出してはせっせと倉庫へ運びこんだ。

 ただでさえグラウンドや体育館から死角になる場所だ。グレーの作業服に身を包み、大きな「小麦粉」の袋を運ぶ彼の姿は、目撃した人がいたところで夜店のお好み焼きの材料を業者が搬入していると思い、すぐに記憶から追い払ってしまうだろう。
「ピンを隠すにゃピンの中ってな。小麦粉の袋1つ当りヤクの小袋が50だ。この袋の山全部で7億ゼニーのお宝なのさ」
 カークは積み上げられた袋の山を見てほくそ笑んだ。
「さすがカークの兄貴は頭が切れますね」
「近ごろじゃ安全な場所ってのがなかなかねえからな。ところがここは学校だ。一種の聖域だ。サツも中学の夏祭り会場で堂々とヤクの取引が行われるなんて夢にも思わねえだろうぜ。これもあいつらガキどもの面倒をみてやってたおかげで閃いたってわけさ」

 カークはイザーセに袋を見ているよう命じると、外へ出て倉庫の陰になった暗闇に向かって「おい」と声をかけた。しばらくして、マジョラムと彼女の仲間の少年少女たちがおずおずと灯りの下へ出てきた。彼らの顔が青白いのは月明かりのせいばかりではないようだ。
「てめえらここで適当に散らばって見張りをするんだ。取引が無事に終わるまで誰もこの倉庫へは近づけるな」
 マジョラムたちは顔を合わせて短く打ち合わせると、グラウンド寄りと校門寄りにそれぞれ二人ずつ散ってゆき、倉庫の外にはマジョラムひとりが立った。
「そう。それでいい。なるべくさりげなく振る舞え」
 カークはそう言い残すと取引相手に連絡を取るべくワゴン車へ向かった。

 それからほんの5分もたたないうちに、マジョラムは突然横合いから声をかけられ、死ぬほど飛び上がった。跳ね回る心臓をなだめながら声のした方を向くと、のんびりした顔でディルが立っている。
「どうしたんだい、こんなとこで。舞台がおもしろいからきみも見に行ったら?」
「きょ、興味ないわ。それよりあんたこそこんなところでサボリなの。いつもあたしにえらそうに説教垂れてるくせにざまあないわね。真面目に委員やってくれば」
「うん……いや、サボリってわけじゃないんだけど……」

 マジョラムの様子がいつもと違い、どこかそわそわしているのにも気づかないようで、ディルは視線を落として少しの間考えていたが、足早にマジョラムに歩み寄ると、細い腕で柔らかく彼女を包んだ。
「マジョラム……たとえ何があっても僕はきみのこと好きだよ。それだけは永遠に変わらない」
 身を硬くして立ちすくんでいる少女の耳にそう囁くと、ディルは回していた腕をほどいた。そして照れ笑いを浮かべ、「夜店で使う小麦粉を取りに来たんだった」と、倉庫の扉に手をかけた。それを見たマジョラムがあわてて止めようとした時、
「ディル、やっぱりここね。こっちへ来るのが見えたから。小麦粉は倉庫じゃないわよ。調理室の方へ運んであるってミントが」
 グラウンドの方から来たアメリアが、倉庫の前のディルに話しかけながら近づいてきて、暗がりにいたマジョラムを見つけて足を止めた。
 その時にはすでにディルは倉庫の扉を大きく開けてしまっていた。ふいをつかれたマジョラムには止めようもなかった。
 彼らが見たものは―――懐中電灯の光の中、作業着を着た太っちょの小男が「小麦粉」の袋から白い粉の入った小袋を取り出して眺めている姿だった。


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