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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第6章

 ピッコロがケヤキの根元に座って夜風に吹かれていると、後から小さな手が忍び寄ってきて彼の目をふさいだ。
「だぁーれだ」
「わかりきったことを訊くな」
「もう、ピッコロさんったらノリが悪いんだから」
 手を離し、唇を尖らせて言ってから、アメリアはくすくす笑った。ピッコロにしてみれば、これでもずいぶん相手になってやっているつもりなのだ。以前、後からアメリアが手を伸ばしたとたんに振り向いてしまい、さんざん彼女の不興を買って以来、彼はアメリアの気を感じても振り向かないようにしていたのだった。

「こんな遅くに何の用だ」
「寝る前にピッコロさんの顔を目に焼き付けておこうと思って。夢でも会いたいから」
「…………」
 まったくこの娘ときたら、恥ずかしげもなくこんな歯の浮くようなことをしゃあしゃあと言ってのけるのだ。
 でも悪い気はしない。

 神殿の奥で賑やかな笑い声が聞こえ、アメリアは顔を上げてそちらに目をやった。
「悟飯くん、来てるの?」
 つい先日にアメリアはここで悟飯と偶然顔を合わせ、ピッコロが命よりも大事にしている愛弟子とやらに初めて会うことが出来たのだ。
 素直で賢くて可愛い子――――それがアメリアの悟飯に対する印象だった。悟飯もまた、同じようにピッコロを慕う者同士として、彼女に共感を抱いたようだった。

 やがて悟飯とデンデが楽しそうにしゃべりながら外へ出てきた。アメリアを見つけると、二人は目を輝かせて走り寄って来た。
「いらっしゃい、アメリアさん」
「こんばんは!」
「こんばんは。悟飯くん、こんな遅くにどうしたの?」
 さも当然のような顔をしてここにいる悟飯に、『なぜ悟飯くんだけ特別扱いなの?』という思いが、ついとがめるような口調で言わせてしまう。そんなことには全く気づかず、屈託なく悟飯は答えた。
「通信教育の自由研究なんです。ここだと月や星がよく見えるから。三日月の地球照の部分と皆既月食の表面の明度を、グレゴリウスの方程式を使って比較しようと思って」
「はあ……すごいのね。でも、子どもはもう寝る時間よ。帰った方がいいんじゃない」
「そうですね。もう帰ります」
 悟飯は素直に聞き入れ、参考書やノートなどを鞄にまとめて帰り支度をしている。
(ちょっと意地悪だったかしら。でも、悟飯くんがいると、ピッコロさんはわたしだけを見てくれないんだもの。……不毛だわ。こんな小さな男の子に嫉妬するなんて)

 アメリアがちくちく痛む胸を押さえて悩んでいると、ピッコロがそばに来て容赦なく言った。
「アメリア、おまえも帰れ」
「だって今来たばかりよ」
「子どもがウロウロする時間じゃない。飛行機を降りてからアパートまでの間が危険だ」
「それなら悟飯くんの方がよっぽど危険じゃない。わたしより子どもなんだもの」
「悟飯は危険の方で避けて通る」
「あの……じゃ、ボク、帰ります。心配ならアメリアさんはピッコロさんが送ってあげたらいいんじゃないですか?」
 悟飯はそっと口をはさむと、手を振ってパオズ山目がけて飛んで行った。
(そうかぁ、アメリアさんはピッコロさんが好きなんだ)
 飛びながら彼はやっと合点がいったというように何度もうなずいた。父親に比べたら、女心がわかるという点では悟飯の方が上を行っていた。
 ただし、普通の人なら初対面でアメリアの態度を見て気づいただろうけど―――。


 悟飯が帰ったあと、30分だけならいてもいいとピッコロが渋々認めたので、アメリアは上機嫌だった。神殿からもれる灯りに照らされたケヤキの下に並んで座り、降るような星々と下界の灯りをピッコロと一緒に眺めているだけで彼女は満足だった。1分1秒の時を惜しむように味わい、胸が締め付けられるような幸福感に浸りながらいろんなことを話した。

「それでね、今年も夏休み最後の夜に学校でお祭りをやるの。わたし、実行委員なのよ。大変だけどいろんなことが企画できて楽しいわ」
 そこでちょっと言葉を切り、アメリアは黙って耳を傾けているピッコロを見上げてゆっくりと言った。
「同じ実行委員の中にステキな男の子がいるの。ディルっていうのよ」
「そうか」
「男の子よ」
「それは聞いた」
「すっっっっっっっごくステキなの」
「なるほど」
「ピッコロさん、他に何か言うことはない?」
「何がだ」
 アメリアは「はぁ〜っ」と肩を落とし、溜息をついた。
(わたしの周りにかっこいい男の子がいても、気にもならないのね)

「時間だ。行くぞ」ピッコロはおもむろに立ち上がった。
「送っていってくれるの?」
「今夜だけだ。飛行機の用意をしろ」
「飛行機……」
 アメリアはとっさに嘘をついた。
「故障したみたい。来る時、調子が悪かったの。……だから……あの……」彼女はうつむきながら赤くなって言った。「ピッコロさんが連れていってくれる?」

 黙って大きな手を目の前につき出され、アメリアは嬉しそうにその手を取った。とたんに彼は無慈悲に小さな手を押しのけた。
「違う。カプセルだ。見せてみろ。簡単な故障なら直せるかもしれん」
「へ?」
 カプセルをよこせと差し出したピッコロの手を、抱き上げてくれるのだと勘違いして握ったと気づき、アメリアは更に真っ赤になってうつむいた。

「か、考えてみたら、故障って言うほどじゃなくて……ちょっと……ほんのちょっと調子が悪くて……悪いって言ってもそんな大したことじゃなくて……と、飛べるわ。ちゃんと。だから見なくても大丈夫!」
 ピッコロの返事も待たず、アメリアはえいっとカプセルを投げた。ボンッという音と共に愛機が現れ、彼女は慌ただしくそれに乗り込み、エンジンをかけた。

 アパートの裏手にある駐車スペースに着陸し、アメリアは飛行機をカプセルに戻してポケットに入れた。空を見上げると、ピッコロが5階建てのアパートのやや上空に浮かんでこちらを見下ろしている。駐車場からアパートまでの道を歩きながら、アメリアは何度も上空のピッコロの姿を確認した。彼はずっと同じ場所に浮かんだまま、ちゃんとアメリアを見守ってくれている。

 でも……遠い。彼のいるところはアメリアから手の届かないほど遠いところなのだ。本当の恋人ならドアの前までついて来てくれるところなのに、彼にそれを望むことは出来ない。
 どんなに願っても手の届かない距離にピッコロさんがいる―――それが今の自分たちの関係を象徴しているような気がして、アメリアは切なかった。
「ありがとう、ピッコロさん。気をつけて」
 自宅のドアを開けながら、空に向かって小さな声で囁くと、ピッコロはかすかにうなずいた。そのまま振り向きもせず彼は飛び去った。


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