Cool Cool Dandy2 〜Summer Night Festival〜
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第20章
アメリアとディルが話しながら歩いていたその頃―――― 入口のドアを乱暴に開け、一人の少女が店内に入ってきた。肩までのプラチナブロンドをウェーブさせ、派手な柄のノースリーブにダークレッドのぴったりしたパンツをはいている。シャラシャラ揺れるブレスレットとビーズを散りばめた長いつけ爪が目を引いた。流行を押さえてはいるが、全体的にどこか崩れたようなすさんだ雰囲気があるのは、険のある目つきとつまらなそうな口元のせいだろうか。どう見てもこの店のイメージには合わない客だ。 「いらっしゃいませ」と口々に同僚たちが声をかけたが、その中にはいくばくかの困惑が含まれていた。 床に落ちた髪の毛を掃除しながら、マリーンがそっとようすを見ていると、店内をうっとうしそうに見渡してから、少女は一番近くにいた彼女をつかまえて横柄に尋ねた。 「あいつ、どこ?」 「えっ?」 面食らっていると、奥にいた先輩の美容師があわてて少女に駆け寄り、小声で言った。 「マジョラムさん、お母さんは事務所ですよ」 (お母さん? それじゃ、この子、先生の娘!?) 突っ立ったまま無遠慮に客たちをじろじろと眺め回している少女を、マリーンは驚いて見つめた。なるほど面差しはライムに似てはいるが、若々しくて精力的で、ひまわりのようにいつも明るく輝いているライムの娘にしては、似つかわしくないほど陰鬱な表情をしている。 早く連れて行ってというように先輩に目で合図され、マリーンは仕方なく箒を置いて、マジョラムという少女を同じ敷地内の事務所にいるライムの元へ案内した。いくつかあるドアのうちの一つをマリーンがノックすると、少女は返事も待たずにドアを開けて中へズカズカと入っていった。 机に向かって書類に目を通していたライムは、娘を見たとたんかすかに眉をしかめた。書類にまた目を落としながら、彼女は静かな声で言った。 「ちゃんと従業員用の通用口を使った? 店からは出入りしないでね」 マジョラムは鼻で笑った。「天下のカリスマ美容研究家に、あたしみたいな娘がいるって客にバレたら幻滅だもんね」 「マジョラム!」 「いいから、お金」 母親の鼻先に片手を突き出し、マジョラムはけだるそうに言った。 「またなの。今月いくら渡したと―――」 「友達が待ってんのよ。早く」 マリーンの驚いたことに、ライムは机の引き出しから財布を出し、数えずに紙幣を数枚つかみ取ると、娘につき出した。 「警察に呼び出されるようなことだけはしないでよ」 マジョラムは引ったくるようにそれを受け取って、さっさと部屋を出ていった。 あっけにとられてその背中を見送っていたマリーンに、ライムは苦笑して言った。 「恥ずかしいところを見られちゃったわね。あれが私の不肖の娘よ。今まで店にまでは来なかったんだけど」 「自分の子にあんな態度をとられて、先生はなぜ黙って言いなりになってるんですか」思わずマリーンは食ってかかった。「あたしならお尻をひっぱたいてやります」 ライムは睫毛を伏せて寂しげな微笑を浮かべた。 「あの子にはもうお手上げよ。どう接していいものやら皆目わからないわ。あの子にとって私は母親なんかじゃない。ただの財布―――ママとすら呼んでくれないのよ」 「そんなの……贅沢だわ。死んじゃったり行方がわからなかったりして、親に会いたくても会えない子どもだっているのに……」 心の深いところから、ぽつりとこぼれ落ちた言葉だった。うつむいたマリーンにライムは慈しむような眼差しを当て、その目をそっと出窓の観葉植物に移すと、誰に言うともなくつぶやいた。 「自分を高めるような恋愛をしろなんてえらそうなこと言ったけど、私は結婚に破れた女なの。夫は夢ばかり追っている人だった。どちらも若かったのね。お互いの生き方が理解できなかった。今ならきっと……いいえ、もう手遅れね」 言いさして、小さく笑うように溜息を洩らし、言葉を継いだ。 「私が家を出たのは娘が3歳の時よ。既に店を持っていたから、世間並みに働けば生活には困らなかった。でも、ちょうどその頃、私は美容界で認められ始めていて、仕事が面白くてたまらなかったの。あの子のことは二の次で、どんどん仕事にのめり込んで行ったわ」 店が終わった後も遅くまで残って最新の技術やファッションの勉強を続け、深夜まで預かってくれる保育園に迎えに行くと、他の子どもが一人もいなくなった部屋で、マジョラムはいつも眠って母親を待っていた。そんな生活が実を結んで、ライムは年齢に合わない速さで美容界の階段を駆け登り、やがて東の都に初めての支店を持つ頃には、保育園の送迎は家政婦の役割になっていた。 「小学校に上がってからも、一緒に過ごす時間はなかなか取れなかったわ。あの子は寂しいとも言わなかった。わかってくれてると思ってたのよ。今から思うと我慢してたんでしょうね。 そんな時よ、あの子が不登校になったのは。2年の時だったかしら。私のことで妬まれて、いじめにあっていたと後で担任から聞いたわ。その時も忙しさにかまけて充分にあの子の気持ちを聞いてやらなかった。学校を変えれば気分も変わるだろう―――そんな程度にしか考えなかったの。 あちこちの小学校を転々として、3年になって最後に落ち着いた学校で、同じクラスに仲のいい友達が出来てね、それでやっと元気に通学するようになったわ。でも、ホッとしたのも卒業まで。中学に入った途端、あの通りよ。 仕事が軌道に乗って、ようやく私に向き合う気持ちの余裕が出来た時には、もうあの子は私を見ようともしない」 ライムは自嘲を込めて笑った。 「そうね……。財布でもいいわ。それでマジョラムが私を必要としてくれるのなら。たとえお金だけが娘と私をつなぐただひとつの絆だとしても、ないよりはましね」 「先生―――先生は本気でそう思ってらっしゃるんですか。娘さんが必要としているのはお金だけだと」 「じゃあどうしろって? ママはほんとはあなたを愛してるのよって抱きしめればいいの? その手を汚らわしいものみたいに、あの子が払いのけたら……? 情けない話ね。私は怖いのよ。あの子に完全に拒絶されるのが」 マリーンにはライムにかける言葉が見つからなかった。お互い愛し合いながら、いつの間にかすれ違い、ねじれてしまったこの親子の絆を取り戻す 気を取り直し、オーナーの顔に戻ったライムが快活に言った。「時間を取らせちゃったわね。仕事に戻りなさい」 マリーンは一礼し、重い心を抱えたまま事務所から出た。隣接する美容室の裏口のドアに手をかけようとすると、変声期の少年のガラガラ声が耳に飛び込んできた。 目を上げると、道路を挟んだ向かいの民家の前でマジョラムとその仲間らしい者たちがたむろしている。マジョラムが母親からせしめてきた金で、みんなしてこれからどこへ繰り出そうか相談しているのだろう。 あそこにいるのはあたしだ―――とマリーンは思った。捨て子だったあたしと違って、あの子にはちゃんと母親がいるけれど、親に見捨てられたと思い込んでいることでは同じだ。 あたしは自分を愛することが出来なかった。親にさえ捨てられた自分に価値を見いだすことが出来なかった。 ただひとり、アメリアがそれに気づいてくれるまで……。 気が付くとマリーンは彼らの前にいた。両手を腰に当て、唇をギュッと結んでまっすぐに視線をぶつけてくる彼女を、マジョラムはうさんくさそうに見上げた。 「何か文句あんの」 「あんたを見てると昔の自分を見てるみたいでイライラする。―――でもあたしはあんたみたいな甘ったれじゃなかったわ」 「何よ、あんた」 「ようよう、きれいなおねーちゃん」小太りで茶褐色の髪の少年が、赤ら顔を割り込ませてきた。 「女どうしで見つめ合ってないでオレといいことしなぁい?」 後ろで見ていた仲間の少年たちがどっと笑った。 マリーンは振り向きもせず言った。 「ひっこんでな、ガキ」 「何ぃ!?」 |
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