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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第32章

 翌朝、ヤムチャは重い遠征バッグとバットケースを下げ、西の都郊外にあるタイタンズの二軍宿舎へと旅立つべく、ひとり宿舎のロビーに降りて来ていた。一軍なら荷物は別便で送られるが、二軍になれば自分で持って移動しなければいけない。こんなところから早くも待遇に差が出るのだ。
 チームメイトたちは次の遠征先である東の都へ発つために、宿舎前に停まった空港行きのバスに続々と乗り込んでいる。

 ゆうべ門限破りがバレたのは、皮肉にもコーチが彼の部屋へ「次の試合からスタメン復帰」という監督の意向を伝えに来たのがきっかけだったらしい。我ながらなんて間の悪さだ。自己嫌悪に陥っているところへ背中をはたかれた。見上げればルティネスが怖い顔で突っ立っている。

餞別せんべつだ。持ってけ」
 ずしりと重くて固いものが入っている袋を手渡された。
 そのままバスに乗ろうとする僚友をヤムチャは呼び止めた。
「オレも餞別があるんだ。受け取ってくれ」
 ヤムチャが放った仙豆を受け取り、ルティネスは何だこれはという顔をした。
「万能薬だ。だまされたと思って食ってみろ」
 動き出したバスの窓からルティネスがこちらを見ている。ヤムチャは手を振って「またな」とチームメイトに別れを告げた。


 二軍宿舎のある西の都の郊外についた時はすでに午後二時を回っていた。宿舎は鉄筋5階建ての安旅館のようなたたずまいで、だだっ広い麦畑やトウモロコシ畑の真ん中にぽつんと建っていた。周りは森や山に囲まれた随分とへんぴな所だ。
 コーチに前もって言われていた通り、二軍のマネージャーの元へ行くと、これからヤムチャの入る部屋へまず案内してくれた。妻帯者は別として、選手はみんな二人ずつ宿舎へ押し込まれるという。

「ラッキーでしたね。ちょうど今日、ひとり出て行くので、おひとりで使えますよ」
 マネージャーはにこにこして揉み手をせんばかりに言った。マネージャーと言うより旅館の番頭と言った方がふさわしいような腰の低い男だ。ヤムチャが部屋に荷物を置くと、彼は今度は食堂へと先導し、振り向きながら遠慮がちに言った。
「監督から聞いておられると思いますが、ヤムチャさんには専属のコーチがつくことになってますので」
「ああ、そう言えば……イアッチオとか言ったっけ。現役時代はすごい選手だったらしいですね」

「引退したのは15年前でしたか……。10年間の選手生活で3年連続三冠王、MVP2回、首位打者、本塁打王、打点王がそれぞれ5回とタイトルを総なめですよ。交通事故で若くして選手生命を絶たれてしまいましたが、そうでなければ世界一の名バッターになっていたと思います。引退後、世界を転々としながらいろんな職に就いていたらしいですが、スターノ監督が是非にと乞うて、半年前からうちで二軍打撃コーチとしてやってもらってます」
「そんなすごい人にコーチしてもらえるのか。ラッキーだな」
「気の毒に」
「え?」
「あ、いや、何でも……。食事が済んだら着替えてグラウンドに出て来るようにとイアッチオさんが言ってました。あの、あまり詰め込まないで腹3分目くらいにしといた方がいいと思いますよ」
「あんまり食うと夕食に響きますよね。そういやもう二時半だな」
 マネージャーは曖昧に笑って食堂を出ていった。

 控えめに食事を済ませ、宿舎から同じ敷地内にあるグラウンドへと向かった。前の方を大きな荷物を両手にさげ、とぼとぼと男が歩いて行く。追い越しざまにその男の顔を見て、彼が一ヶ月前に成績不振から二軍に落とされた選手であることにヤムチャは気づいた。
 一軍復帰という感じじゃない。どうしたんだろう。声をかけるのをためらっていると、向こうの方がヤムチャに気づいて話しかけて来た。

「やあ、これから練習っすか。早く一軍に復帰してまた活躍して下さいよ、ヤムチャさん」
「あ、ああ。おまえはこれから……その……どこへ行くんだ?」
 男は不精髭に埋もれた顔を歪めるようにして寂しそうに笑った。
「郷里に帰って親父の跡でも継ぎますよ。オレんち農家なんで」
「辞めるのか」
「才能ないんす。オレ」うなだれてバットケースを見下ろしながら男は言った。「ヤムチャさんも知ってるでしょ。西都製鉄のシン・ジョーって外野手。あいつ、どうやら入団するらしいっすよ。だから代わりにオレがはみ出たって訳です。どうせ辞めるなら早いほうが秋の刈り入れに間に合うし……」

 野球協約では一球団当たりの支配下選手は70人以内。毎年、シーズンオフになると前途有望な新人が入ってくる代わりに、球団に見切りをつけられた選手がクビを言い渡される。
 ヤムチャが入団する時もそうやって誰かが陰で涙を飲んでいるはずだ。闘いも野球も勝負の世界は同じこと。勝者は残り、敗者は去る。深く突き詰めて考えたことなどなかったが、自分もまたそのボーダーラインに立たされたことにヤムチャは気づいた。

「ヤムチャさん、オレの分も頑張って下さい。負け犬のオレが言うのも何だけど」
「わかった。心しておくよ」
「それから、あのう……」男はあたりを気にしながら声をひそめて言った。「イアッチオってコーチには気を付けて下さい。あいつには何人もの選手が潰されてるんです。オレも吐くものがなくなるまでしごかれて地獄を見ました。自分の夢が果たせなかったもんだから、腹いせに指導にかこつけてオレたちをとことん痛めつけてるんすよ」
「そんなひどいヤツなのか。オレの専属コーチって話だぜ」
「専属!?」と、男は思わず声を大きくし、慌てて周りを見回してからまた声をひそめ、独り言のようにつぶやいた。「監督はどういうつもりなんだ。軍曹をヤムチャさんに付けるなんて―――」
「軍曹?」
「みんな陰でそう呼んでるんです。あんなのはコーチじゃない、軍隊の鬼軍曹だって。ほら、戦争映画でよくいるでしょ。自分の鬱憤うっぷんを部下をいじめることで晴らそうとする陰険なヤツ。たいがいラストでは非業の最期を遂げることになってるけど」
 男はイアッチオに非業の最期を遂げて欲しそうな口振りで言った。
「あんなヤツにいいようにされないで下さい。絶対負けないで下さいね」
 彼の言葉を半ば上の空で聞きながら、ヤムチャはグラウンドの上にかかる鱗雲うろこぐもを見上げた。


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