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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第35章

 マネージャーが食事を控えめにしろと言っていた訳がようやくわかった。何度も襲ってくる吐き気と闘いながら、ヤムチャは意地になってがむしゃらにバットを振り続けた。手袋をもう何組つぶしたことだろう。手のひらの皮がめくれ、流れる血が肘まで伝う。夢とうつつの区別もつかなくなって来た頃、彼は意識を失ってその場に倒れ伏した。

「ようし、これでいい」軍曹は気を失ったままのヤムチャを見下ろして言った。「きさまは明日もあさってもこれからずっとこのメニューで行く。覚悟しとけ」
 それから、へたばって座り込んでいる5人の投手を見回して言った。「きさまらもだ。いいな」
 軍曹はヤムチャの体を軽々とかつぎ上げると、口笛を吹きながら宿舎へと運んでいった。

 軍曹の言葉通り、翌日もその翌日も気を失うまでのバッティング練習が続いた。その間、軍曹はヤムチャにアドバイスをくれるでもなく、トレードマークの長いバットを肩にかついで見張っているだけだ。そして、少しでもヤムチャが休む素振りを見せようとすると、容赦なくそのバットで背中と言わず腰と言わずぶん殴るのだった。

(オレを潰すつもりか。面白い。やれるもんならやってみやがれ)
 今のヤムチャを支えているものはただ、意地だけだった。いけすかない軍曹はもちろん、自分を見限った監督、そしてふがいない自分自身への。
(武道もモノにならなかった。女にも振られ続けだ。この上野球にまでそっぽを向かれてたまるかよ)
 怒りを叩きつけるように、ヤムチャはバットを振り続けた。

 そしてついに4日目の特訓では、ヤムチャより先に5人の投手全部が先に倒れた。
「ようし、よくやったとひとまずは誉めてやる。思ってたより少しは骨があるようだな。それじゃ、明日からはオレがじきじきにレクチャーを与えてやろう。それをクリア出来た者だけが一軍へ戻れる。もっとも、今までひとりもそんなヤツはいなかったがな」
 軍曹は高笑いを残してグラウンドを去っていった。

 宿舎のベッドに倒れ込むと死んだように朝まで眠り続ける――――初めの3日間はそうだったが、今日は少し違った。余力を振り絞ってシャワーを浴びると生き返ったような気分になった。
 ふと見ると、部屋の隅に置いた荷物が目に入った。伸び放題の不精ひげでも剃るか。そう思ってバッグを開けると、袋に入った硬い物に手が触れた。
 ルティネスがくれた餞別だ。

 開けてみるとビデオテープが数本、スコアブックが数冊入っていた。スコアブックをパラパラとめくると、ザカーラの名前が目に飛び込んできた。眠い目をこすり、早速一本のビデオをセットしてみた。
 ザカーラが投げている。対戦相手はうちだった。早送りしてみる。対戦相手は次々変わっていくが、飛ばしても飛ばしても投げているのはザカーラだ。
(ルティのやつ、これであいつの攻略法を見つけろってことか)

 投手にはクセのあるヤツがいる。投球前のセットの段階、またはワインドアップから投球までの間と、クセが現れる場面もさまざまだ。球団のスコアラーは相手投手のクセを何とかして見破り、ミーティングの時にビデオを見ながら選手達に解説するのである。
「ロイヤルズのAはフォークを投げる時は必ずセットしたグローブがベルトより下に下がる」
「サンライズのBはワインドアップした時のグローブの先がしぼんでいたら直球で、開いていたら変化球だ」

 各自それを頭においてその投手と対戦するのだが、敵もさる者、ただ黙ってやられてばかりはいない。自分のクセを見破られたことに気づくと、反対にそれを利用してわざと相手を陥れる投手もいる。直球を投げるように見せかけてカーブを投げるというように。
 勝負の世界はだまし合いだ。反則でない限り、うまく騙した方が勝ちなのだ。

 ただ、ザカーラに関しては、クセはないというのが通説になっていた。やつはストレートと同じ腕の振りで変化球を投げることが出来る。球の握り方によってフォームに目立った違いはないはずだ。彼のクセを見つけたスコアラーは今までにいない。

 相手投手のクセを見破って打つようなやり方は、何だかセコいような気がして、ヤムチャは今までスコアラーの忠告に耳を貸さなかった。そこまでなりふり構わずやらなくたって―――そんな甘えがあった。
 だが今はそんなきれい事を言っている場合じゃない。このまま二軍で終わるか、一軍に返り咲けるかの瀬戸際なのだ。ヤムチャはビデオを巻き戻し、スコアブックを片手に食い入るようにして最初から見始めた。


 翌日の特訓から軍曹はしっかりとレクチャーを垂れるようになった。
「いいか。勝負のセオリーは簡単明瞭だ。より多く打った者が勝つ! 打球が自分の考えていたように抜けていかなかった時は、なぜそうなったのか必ず理由を考えろ。」
「野球は力でやるもんじゃない。頭でやるもんだ。きさまのようにバカ力のやつぁ、とかくボールを点で捕らえようとする。ボールはミートポイントだけ見ればいいんじゃない。投手の手を離れてからミートするまでの線で捕らえろ!」
「軸足のエッジがまるでなってないぞ!上体を突っ込むな、ステイバックを効かせろと言ってるんだ。このヘタクソ!!」

 彼の講義は口だけではなく、必ずバットで一殴りのおまけつきだった。最初の4日間で地獄だと思ったが、特訓のすさまじさは日を追うにつれてエスカレートして行った。
 しかし、ヤムチャは歯を食いしばって特訓についていった。ザカーラが対東都サンライズ戦で完全試合をやってのけたと聞いたからだ。8月28日、つまりヤムチャがここへ来て6日目のことだった。
 めったに人を誉めない軍曹が、ザカーラの快挙を讃える西都スポーツを読みながら、珍しく手放しで彼のことを誉めた。

「そう、ザカーラ。こいつは50年に一人の逸材だな。技術面でのすごさばかりが強調されているが、こいつの本当のすごさは、ちゃんとアタマを使って投げてることだ。バッターの狙いを予測しながら、その時の試合の展開やランナーの状態、アウトカウント、ボールカウントを絡ませ、一球一球を考え考え、攻め方を変えて投げている。今年入ったばかりの新人が出来ることじゃない」
 そしてヤムチャを見下ろすとニヤリと笑って言った。「きさまには百年たっても攻略など出来まい」
「オレは絶対やつを打ち負かして見せる」ヤムチャはまなじりを上げてにらみ返した。
 今ヤムチャの心にあるのは、マリーンを巡ってのザカーラとの確執ではなかった。ただ、一人の野球選手としてザカーラと戦って勝ちたい。それだけが彼の頭の中を占めていた。

 そして、その日の特訓もようやく終わり、宿舎に戻った彼をマネージャーが呼び止めた。
「ヤムチャさん、お客様がお待ちですよ。女性の方です」


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