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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第14章

 ふと気づくと電話が鳴っている。
「誰だよ。こんな時に」
 ヤムチャはいまいましげにカウンターの上の受話器を取った。
「もしもし―――えっ」
 反射的に引きつった顔でマリーンを見てしまい、それで相手が誰なのかバレてしまった。
「い、いや、あの……ごめんよ。電話しなくて。……えっ、今? い、今はちょっと……」
 マリーンは無関心な様子でハサミやケープを片づけている。でも、その背中がヤムチャの一言一言に集中しているのがわかった。

「えっ、近くまで来てるって……どこに」
 玄関のチャイムが鳴った。ヤムチャは思わずマリーンと顔を見合わせた。おそるおそるドアを開けてみると、片手に大きな袋を抱え、もう片方の手で携帯を耳に当てたアロマが笑いながら立っていた。
「ね、近くでしょ」
「なんでここがわかった?」
 ヤムチャは呆然と受話器を耳に当てたまま尋ねた。向かい合って電話で話をしているというのも間の抜けた光景だ。携帯を切ると、両手で荷物を抱えなおしてアロマはいたずらっぽく言った。
「西都スポーツに知り合いの記者がいるの。彼にあなたの電話番号と住所をこっそり教えてもらったのよ」

 抱えていた荷物をヤムチャに渡し、彼女はさっさと上がり込んできた。
「ああ重かった。ちょっとこれ台所に運んでくれる? お昼まだでしょ。久しぶりに腕を振るおうと思って。あなたの好きな物をいっぱい作ってあげる」
 どういうつもりなんだろう―――ヤムチャとマリーンは不可解そうに互いの目を見交わした。
「ごめんなさいね。お邪魔だったかしら。でもね、ヤムチャ、球場で言ったでしょ。緊急事態なの。とても困ってるのよ。相談に乗ってもらえるでしょ?」

 そう言われては、人のいいヤムチャは無下むげにはねつけることが出来ない。アロマは帰れと促すような目でちろりとマリーンを見た。ヤムチャの現在の恋人としては、おとなしく言いなりになるのもシャクだったが、張り合って居座るのは彼女のプライドが許さなかった。
「帰るわ」
 商売道具のカプセルをバッグに入れて素早くマリーンは玄関に向かった。その時、赤いカプセルがバッグからこぼれ落ち、ソファの足元に転がったのに彼女は気づかなかった。
 後を追ってきたヤムチャが「また連絡するよ」と言うと、マリーンは唇の端をちょっと上げて笑ってみせた。


「で、相談って? ―――そういや、きみ、東の都にいたんじゃなかったのか」
 マリーンが帰ったあと、ヤムチャはリビングに戻るなり、台所で食材を次々に袋から出しているアロマにカウンター越しに尋ねた。
「またこっちに転勤になったのよ。つい先月ね」
 アロマとはセルゲームの3ヶ月ほど前に知り合って付き合い始め、セルゲーム後しばらくして、彼女から一方的に別れを言い渡されて終わった仲だった。ヤムチャとしても後を追うほどの執着はなく、その後、客室乗務員キャビンアテンダントだった彼女が東の都に転勤になったのを機に、忘れてしまうことのできた恋だった。

 あなたは優しすぎてわたしをダメにするの――――アロマが告げた別れの言葉は、かつてブルマにも言われたことがある言葉だ。
 優しくしてなぜいけないんだ? オレは好きになった女の子には何だってしてやりたい。鳥のように翼を広げ、包み込んでやりたいと思う。それが物足りないというのなら、オレはどうすればよかったんだ?
 しょせんオレは女にとって、通過点でしかない男なのか―――。
 そう考えると、時おり見せるよそよそしいまでのマリーンの態度は、別れを切り出すのをためらっているせいなのかとも思えてくる。

 アロマは手を止めると、眉を曇らせて黙り込んだヤムチャのそばに近づいて来た。彼の髪に片手で触れながら、ふっくらした唇を顔に寄せて囁いた。
「会いたかったわ」
 ヤムチャはその手をそっとはずし、重ねて訊いた。
「相談っていうのは?」
「わたしのわがままでわたしたち別れてしまったけど、あなたのことは忘れたことがなかったわ。あれからいろんな男の人とつき合ったけど、みんな同じ。自分のことしか考えない男ばかり」
 アロマはヤムチャに更に顔を近づけて瞳を覗き込み、呪文を唱えるように囁いた。
「ヤムチャ……あなたは違うわ。別れてやっとわかったの。わたしにはあなたしかいないんだってことが」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。オレには恋人が」
「恋人の一人や二人いたって構わないわ」
「い、いや、待て。待ってくれ。それじゃ相談したいことがあるってのは嘘なのか。オレに会うための口実か?」
 後ずさりして行くヤムチャに追いすがりながら、アロマは彼の首に両手を回した。
「それは本当よ。別れた男がつきまとって来るの。もう顔も見たくないのに、そいつ、別れるくらいなら殺すって。わたしを殺して自分も死ぬって言うのよ。西の都まで追って来てるの。どうしよう、ヤムチャ。わたし怖い!」

 いきなり抱きつかれて足がもつれ、ヤムチャはアロマと一緒にソファに倒れ込んだ。柔らかな体の感触と共に甘い香水の香りがふわっと包み込んでくる。焦って顔を上げたヤムチャは、そこに棒立ちになっている人物に気づいて声をあげた。
「マリーン!」
 無言できびすを返して走り去ろうとする彼女の背中に向かってアロマが声をかけた。
「待って」
 ゆっくり起きあがると、アロマはソファの横の床に転がっていた赤いカプセルを拾ってマリーンに差し出した。
「はい。忘れ物」

 ひったくるようにそれを取ってマリーンは部屋を飛び出した。ヤムチャは必死で後を追い、エレベーターホールで彼女をつかまえた。
「離してよっ」
「信じてくれ。あれは事故だ」
「信じてるわよ! だから悔しいのよ」
 マリーンは唇を噛みしめて手の中の赤いカプセルを見た。彼女のエアカーのカプセルだ。
「駐車エリアまで行って、これがないことに気づいたの。あの人、忘れ物を取りにあたしが戻って来るのを知ってたんだわ。だからあんな……」
「きみに見せるためにわざとやったって? 考えすぎだぜ。彼女はそんな女じゃない。しとやかでおとなしい性格なんだ」
「ガサツでキツイ性格で悪かったわね」ギロッとヤムチャを睨みつけてマリーンは言った。
「誰もそんなこと言ってないだろ」
 何かいいかけてやめ、マリーンは天を仰いで溜息をついた。
「わかったわ。こんなことでケンカなんてしたら、あの女の思うツボだもんね」
「まだ言ってるのか。ほんとにそんな女じゃないんだよ」
「……おめでたい男」
 マリーンはヤムチャから漂ってくる香水の移り香に顔をしかめた。それは彼女の胸の底に澱んだまま、いつまで経っても消えることはなかった。


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