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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第18章

「マリーン……さん?」
 ふと気づくと、プラチナブロンドに雨粒をいっぱいきらめかせた長身の青年が、ためらいがちにこちらを覗き込むようにして立っている。
「あなた、ポーラスターズの……」
「ザカーラです。このあいだはどうも。どうしたんですか、こんなところに立って。あ、ヤムチャさんを待ってるんだ」
 マリーンは彼に傘をさしかけながら首を振った。
「違うわ。ただちょっとね。それよりあなたこそこんなところでどうしたのよ」

 ザカーラは頭に手をやりながら、来た方角を振り返った。
「今さっき西都ドームで試合が終わったところなんだ。食事に行こうってことで、みんなと繁華街へ繰り出したのはいいんだけど、チームメイトとはぐれてしまって」
「あなた方向オンチなの?」
「違うよ」ザカーラはむきになった。とたんに、やんちゃな少年のような表情になる。「やれタクシーを探せだの、宿舎に電話してちょっとくらい門限を遅らせてもらえるようにうまく言っとけだの、新入りはいいようにこき使われるんだ。雑用をこなしてるうちに、気がついたら置いてきぼりさ」

 マリーンはおかしそうに笑った。「お互い新入りって大変よね」
「きみも?」マリーンの手からさりげなく傘を取ってさしかけながら、彼は訊いた。
「うん。美容師やってるの。仕事の他に先輩のお昼の出前とったり、お茶煎れたり。ロッドの巻き方より先に、先輩のお茶の好みを覚えたわ。これでもかってくらい、みんな好みがバラバラなんだから……。あたしは美容師じゃなくてウェイトレスとして採用されたのかと思ったわよ」
「僕と似たような立場だ」同情を禁じえないというようにザカーラは苦笑し、ふと気がついて言った。「そうだ、このへんで落ち着いて食事の出来るところを知らない? 一人で食べるのもつまらないし、よかったらきみも。……ヤムチャさんと約束してるのでなければ」

 食事と聞いてマリーンのお腹が鳴った。言葉よりも率直な返事だ。勉強会の前に軽食が出たが、育ち盛りの彼女としては、とてもそんなもので済むわけがない。
「OK。安くておいしいとこ知ってるわ。ほんとは誰にも教えたくないんだけど、今回は特別。豚キムチが絶品なのよ。どう?」
「どこへなりともお供いたします」
 ザカーラはおどけて大仰におじぎをすると、マリーンが濡れないように気を配りながら歩き出した。広い肩が傘からはみ出て雨に濡れている。

「試合って、どこと?」マリーンは歩きながら訊いた。
「中都ロイヤルズ。2−0で完封勝ちさ。たとえタイタンズが勝ったとしても、順位は入れ替わらないんだ。悪しからず」
「ふーん。なんかよくわからないんだけど……。ねえ、なんでわざわざ西の都まで来たの? 北の都って球場ないの?」
「そんなわけじゃないんだけど」と、ザカーラは苦笑した。
「西都ドームって人工芝よね。あれって足腰に悪いんでしょ」
「そう。よく知ってるね。さすが野球選手の彼女だ」
 赤くなったマリーンを見て、彼は微笑ましそうに目を細めた。

「ドームは野球の試合以外にも展示会やなんかの使い道があるから、土を入れて天然芝を張るよりコンクリート張りにしといた方が都合がいいんだよ。それは飽くまでオーナーの都合であって、プレイする選手の都合にいいようにはなってないんだけどね。
 僕らの北都ドームも人工芝だ。北の都は冬が長くて雪が多いだろ、だからドーム球場にせざるを得ないんだ。せめて晴れの日だけでも天井を開けようっていう開放型なんだけど、それがなんと今年は開幕を前にして天井が開いたまま閉じなくなってしまった!」
「それでどうしたの?」
「ただ今、修理中。だからその間、僕らは相手チームのホーム以外に、あちこちドサ回りをやってるわけ」
 いつの間にか二人は、旧知の友のように気さくにしゃべり合っていた。あとからあとから言葉がわき出てきて、尽きることがない。マリーンはなぜか心が浮き立つのを感じていた。

 雨ににじんだ景色の中、雑居ビルの1階に小さな定食屋の看板が見えた。
「ついたわ。ここよ」
 のれんをくぐりかけて、彼女はザカーラを振り返った。
「テレビで言ってたけど、あなたって確かいいとこのお坊ちゃんだったわよね。こういう庶民的な店って平気?」
 彼は意外そうに目を見張った。「もちろん」

 小さな店内は客でいっぱいだったが、気を利かせた他の客が詰めてくれて、カウンターに二つ、空きが出来た。北都ポーラスターズのスーパールーキーが居合わせていることに、誰も気づかないようで、二人の食事と会話を邪魔する者はいなかった。店のおやじは知っていたのかもしれないが、注文をさばくのに忙しくて愛想を言う暇もないようだった。

 マリーンお奨めの豚キムチを初めとして、二人は次々に料理を注文しては平らげていった。ザカーラはさすがに驚くほどよく食べた。食べる合間に彼はマリーンを退屈させないよう、自分が球界に入って経験したことを面白おかしく話してくれた。

 店を出る頃にも雨はやみそうになかった。ザカーラはマリーンに傘をさしかけながら西都スタジアムに足を向けた。
「試合は終わったみたいだな。寄ってみる?」
「別にいいわ。多分もう帰ってると思うし。それよりあなたエアカー持って来てないんでしょ。この雨だし、宿舎まで送ってあげるわよ」
「そんな……悪いよ。僕、タクシーで帰るから」
「遠慮しなくったっていいわよ。どうせ同じ方向だから」
「そう。じゃ、お言葉に甘えて。ラッキーだな。きみともう少し一緒にいられる」
「うまいこと言って」
「いや、ほんとだよ」
 北の国の出身らしく、彼の髪も瞳も淡い色をしている。そのガラス玉のような薄緑の瞳は、今、マリーンに向けてじっと注がれていた。わけもなく胸が騒いで、マリーンはそっと視線を外した。

 駐車場へ向かう間、雨足は一段と強くなった。
「濡れるよ」
 ザカーラはさりげなくマリーンの肩に手を回して引き寄せた。駐車場では試合を見た帰りの観客が、雨に濡れないようにエアカーに乗るのに大わらわだ。
 それに混じってマリーンもカプセルからエアカーを出し、ザカーラに傘をさしかけてもらいながら、運転席に乗り込んだ。ザカーラは助手席に回ると、傘を畳みながら中に滑り込んだ。
 二人の乗ったエアカーは駐車場を出て、水しぶきを跳ね上げて夜の街に消えて行った。

「うそだろ……」
 ヤムチャは何度も頭の中で繰り返していた言葉をやっと口から押し出した。彼も選手用の駐車場からエアカーに乗って帰るところだったのだ。
 信号待ちで停まっている彼の車の前を、ザカーラに肩を抱かれたマリーンが歩いて行った。そのあと二人は仲良く彼女のエアカーに乗ってどこかへ行ってしまったのだ。
 気が付くと後続の車が激しくクラクションを鳴らしている。ヤムチャはのろのろとギアを入れた。
 見まちがいか? そうに決まっている。でなきゃマリーンがあのザカーラと一緒にいるわけないじゃないか。他人の空似だ。きっと……そうだ。
 雨の音を聴きながら、ヤムチャはマンションへの道を飛ばしていた。


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