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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第7章

 翌朝、マリーンは出勤したとたん、オーナーのライムの部屋に呼ばれた。
「3号店で研修……あたしがですか?」
「そうよ。あなたも知っているとおり、北の都の3号店の隣にはうちが経営する美容学校が併設されてるわ。講師は各界で活躍している一流の人ばかりよ。あなたには昼は店で働きながら、夜は学校でいろいろなことを学んできて欲しいの。ハードだけど、美容師としてグンと伸びることが出来るわ」

 マリーンは膝に置いた手に目を落とした。「あたしは……この店には役立たずですか」
 ライムは短く笑って言った。
「勘違いしないで。これは私にとって大きな投資よ。3号店での研修は、毎年世界各地の支店から生え抜きの美容師たちがひとりだけ選ばれて参加するの。あなたはそれに選ばれた。新人が選ばれるのは初めてなのよ。それを忘れないで」
「どうしてあたしが……」
「マリーン、あなたは高校に通うのと平行して夜間の美容学校に3年間行ってたんだったわね」
「はい」
 ライムは満足げにうなずいた。
「わたしはそのガッツに惚れ込んでるのよ。あなたにはそれに加えて誰にも真似できないセンスがある。だからこそ研修に行って、もっといろんなことを吸収してきて欲しいのよ。期間は1年。どう?」
「1年……」

 ヤムチャの顔が浮かんだ。今でもなかなか会えないのに、北の都へ行けばますます会えなくなってしまう――――それも1年もの間。
 マリーンの顔をじっと見ていたライムが、外に聞こえないよう声を低めて言った。
「恋人がいるんだったわね。彼のことが気になるのはわかるわ。でも、恋と自分の将来とどっちが大事?」
「先生、なぜそれを」
「あなたを見てりゃわかるわよ。この頃急にきれいになったし、それに、ポーッとしてることも多くなったわ。それからその目も、恋人絡みなんでしょ」と、ライムは鋭くマリーンの眼帯を指して言った。
 何もかもお見通しというわけだ。返事に窮している部下に、彼女は目を細めて笑った。
「若いってことはいいことね。でも、どうせするなら自分を高めるような恋愛をなさい。なにも私みたいに仕事と結婚しろなんて言わない。それでも、早く一人前になって自分の店を持ちたいのなら、今が決断する時じゃないかしら」

 黙り込んだマリーンに、ライムはしばらく考える猶予を与えると告げた。受けるか断るか、よく考えて答えるようにと。ただし、断るということは、マリーンの代わりに誰かが未来への切符を手に入れるということだ。そして彼女には同じ機会は巡ってこないだろう―――二度と。


 アメリアは模造紙を広げ、体育館で行われる舞台の演目をマジックで書き入れていった。ふと手を止め、窓の外に目をやって蝉時雨に耳を傾ける。それに混じって演劇部の部室から発声練習の声が聞こえてきた。
 彼女はハンカチを出して腕の汗を拭き、マジックを握り直した。時折、申し訳程度の風が流れ込んでくるのだが、じっと座っていると汗が噴き出てくる。
「暑いわねえ。エアコン入らないのかしら、ここ」
 同じ実行委員のミントがおさげを後に跳ね上げ、下敷きでぱたぱたと顔をあおぎながらぼやいた。

 委員は夏休み前に各学年から10人ずつ、計30人選出され、夏祭りの企画・運営にあたることになっている。とは言え、夏休みはそれぞれにプライベートな予定もあり、好んで選ばれた委員ばかりではないこともあって、真面目に出てくる顔ぶれは決まっていた。
 本来ならアメリアたち体育館の出し物担当のAグループは、全部で7人いるはずなのだが、出てくるのは決まってアメリアとミント、それにディルの3人しかいない。
 アメリアとミントはプログラムやポスターの作成、ディルは足りなくなった絵の具の買い出し―――ついでにミントに頼まれたアイスも―――に行っていた。

「ディルのやつ遅いわね。どこで油売ってるのかしら。ああ、早くアイス食べた〜い!」
「ねえ、ミント、文字の大きさ、これでいいと思う?」
 その時、ガタン! と階段の方で大きな音が響き、二人はびっくりして顔を見合わせた。誰かが階段を踏み外して向こうずねでも打ったのか、「いてぇ……」という弱々しい声が聞こえてきた。
 しばらくして、大きな段ボール箱を抱えた色白の小柄な少年が、教室の入口によたよたと現れた。何度も戸口にひっかかりながら、彼は段ボール箱を教室の中にやっとの思いで運び入れた。

「ディル、遅いじゃない」
「他の人は見なかった?」
 ミントとアメリアに口々に尋ねられ、ディルが答えようとしたとたん、箱の底が抜けて中身があたりにぶちまけられた。ミントがそれを見て大声で言った。
「何これ!? ヨーヨー釣りの材料に射的の道具に景品に……みんな夜店の備品じゃない。夜店はBグループの担当でしょ。何であんたが運んでるわけ!?」
 落ちた物を拾い集めていたディルは、返事をしようと慌てて顔を上げた。と、そのとたんに黒板の角に頭をぶつけ、持っていた物をまたばらまいてしまった。

「ああもう、しょうがないわねえ!」
 ミントはディルの倍の速さでてきぱきと全て拾い集めると、アメリアがガムテープで補修した段ボール箱にそれらを押し込んだ。
「ありがとうございます」
 長い前髪の下の丸みがかった大きな黒縁の眼鏡を息で曇らせ、汗びっしょりの上気した顔でディルはにこにこ笑った。
「買い出しに行った先で、Bグループの人たちにばったり会ったんです。これから隣町の夏祭りを参考の為に見学に行くから、こっちの仕事が出来ないって。で、代わりに僕が」
「見学!? ……だあっ! 何が見学なもんですか。サボって遊びに行ったってことがわかんないの? おめでたいわね、あんたも」
 ミントに叱られ、ディルは目を白黒させた。「えっ、そ、そうなんですか」
「で、あたしが頼んだアイスは?」
「あ……忘れました」


「あれは純粋培養の天然記念物ね。どこでどう間違って育ったのやら……。あのボケ加減はあんたといい勝負だわよ、アメリア」
 帰り道でミントにそう言われてアメリアは目を丸くした。「わたしと?」
 落ちていた小石を「ヤッ」と蹴飛ばしてからミントは続けた。
「鼻の下伸ばしてるから、よそのグループの仕事なんて押しつけられるのよ。きっとそうだわ。知ってた? Bグループにあいつの好きな子がいるの。マジョラムっていう金髪の子。しょっちゅう問題起こして停学になってる不良よ。夏休み前にも体育館の裏でタバコ吸ってるとこを見つかったんだけど、実行委員の仕事を真面目にやったらチャラにしてもらえるんだって。ふざけた話よね。あたしだってテストの点、甘くして欲しいわよ」
「そう……」

 アメリアは記憶の中のマジョラムの顔を探った。ふわふわカールさせた肩までのプラチナブロンドに水色の瞳のほっそりした少女―――不良グループの面々とたむろしているのを、時々校内で見かけたことがある。
 アメリアたちの中学は割と規律が緩やかで、ピアスやマニキュアくらいは黙認されているのだが、さすがに年齢に合わないマジョラムの派手な化粧は、たびたび生活指導の教師から注意を受けていた。
 そのマジョラムをディルが恋してる―――何だか全然合わない気がする。
「でしょ。白鳥に恋するカメって感じよね」
 ミントは容赦なく斬って捨てた。

 すっごくステキな男の子―――ディルのことをピッコロにそう言ったのは、そんなふうに言えばピッコロがちょっとは心配してくれるかと思ってのことで、本当に彼をカッコイイと思っているわけではなかった。
 いくらマリーンに言わせれば“変人趣味”のアメリアでも、世間一般の美的感覚に照らし合わせてみて、ディルがステキかそうでないかくらいはわかる。

「何でも小学校でずっと二人は同じクラスだったんだってさ。ディルはマジョラムを更正させようとしてお節介焼いてるけど、マジョラムはてんで相手にしてないらしいわよ」
「ふぅん。そうだったの」
 今までただの冴えない男の子という認識しかなかったディルの輪郭りんかくが、少しくっきりしたような気がした。

「そんなことよりさ、夏祭り、誰と来る? あたし憧れの生徒会長サマを誘っちゃおうかなあ」
「わたしは多分、マリーンと……」
「かあっ! よしなさいよ、姉さんとだなんて。色気のないことはなはだしいわ。好きな人くらいいるんでしょ? 誘えば」
(ピッコロさんを!?)アメリアは頬を赤らめた。
「そんな……きっと来てくれないわ」
「何言ってんのよ。アタックあるのみ。女がじっと待ってる時代なんて終わったのよ!」
 ミントは鼻息荒くアメリアをけしかけた。


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