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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第25章

 彼らが着いた時、公園には人だかりが出来ていた。悲鳴を聞きつけてあちこちから集まってきたらしい。そこから少し離れた所に、痩せて青白い顔をした若い男が、両脇をしっかりと中年と若い男の二人に抱えられ、放心したように焦点の合わない目を人だかりの中心に向けて立っている。男の足元には血のついたナイフが落ちていた。

 人だかりに近づくにつれて人々が囁いたり怒鳴ったりしている声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「刺された―――早く救急車を」
「―――女をかばったって?」
「死んでるのか?」

 マリーンは狂ったように人垣をかき分けた。彼女の剣幕に驚いて道を開けた人々の顔の向こうに、アロマの蒼白な顔があった。彼女は地べたに座り込み、がくがく震えていた。その前に倒れているのは―――。

 全身の血が引いて、一瞬意識が遠のくのをマリーンは感じた。ふらつく彼女を横から支えてくれたのがザカーラだと気づく余裕すらなかった。
 ヤムチャがうつ伏せに倒れている。その目は固く閉じられていて、まるで眠っているように見える。彼の体の下から流れ出た血がアスファルトの上に大きく広がっていた。


 それからあとのことは、マリーンははっきりと覚えていない。救急車のサイレンの音や、自分を絶えず励ましつづけるザカーラの声が、穏やかでありながらも緊張を帯びていたことや、病院のリノリウムの床に映る手術室のランプの赤い色などが、もやのかかったような記憶の中で切れ切れに残っているだけだった。
 これは夢ではなく現実なのだと非情に言い渡す声を頭の中で聞き、マリーンはようやく顔を上げた。ふと見ると、ひとつおいたベンチにアロマが座っている。

「どういうことなの。なぜこんなことになったの? 彼にいったい何をさせたのよ!?」
 両腕をつかんで激しく詰め寄る彼女を、挑むようにアロマは見返した。
「わたしだってまさかこんなことになるなんて思わなかったのよ。でも、これだけは言っておくわ。ヤムチャはわたしの婚約者としてあの男に会った。そしてわたしの身代わりになって刺されたの」
 混乱した頭でそれを理解するまでには時間がかかった。かすかにかぶりを振りながら、マリーンはかろうじて言った。
「うそよ……」

「嘘じゃないわ」マリーンの腕を振り払い、アロマは確信に満ちた顔で宣言した。「彼はわたしを愛してる。でなきゃ自分の命と引き替えにわたしを守ろうとなんてしないはずよ。もう彼を離さないわ。今度こそ」
「勝手なこと言わないで。言わないでよ!」
 アロマにつかみかからんばかりのマリーンを、ザカーラはようやく押さえ込み、そのまま離れたベンチに座らせた。

 マリーンたちの前を慌ただしく医師や看護婦が行き交っていく。事件を嗅ぎつけて病院の外に押し掛けたマスコミの対応に追われているのだ。後から緊急記者会見を開くらしい。
(プーアルに電話しなきゃ)
 やっと思い出してマリーンは廊下のはずれにある公衆電話からヤムチャのマンションの番号を回した。呼び出し音が10回鳴るのを待って、切ってはかけ直すというのを何度も繰り返したが、プーアルが出る気配はない。また今夜も夜勤なのだろうか。

 次に自宅にも電話をかけた。鳴ったか鳴らないかのうちに飛んで出たアメリアが、マリーンの声を聞くやホッとした口調で言った。
「マリーン! 今どこにいるの。心配してたのよ」
 ニュースを見なかったのか、アメリアは何も知らないようだ。そこで彼女はなるべくこの心優しい少女を驚かせないように、言葉を選びながら今夜の出来事をかいつまんで話した。

 もっとも驚くなという方が無理な話で、失神してひっくり返ってるのではないかとマリーンが心配するほど、電話の向こうのアメリアはしばらく口もきけないくらいショックを受けていた。
「そういう訳だから、あたし今夜は帰らないわ。あんたはちゃんと寝るのよ。いくらあんたが気を揉んだって、それでヤムチャが―――」助かる、という重すぎる言葉は口にしたくなかった。「ヤムチャがすぐよくなるわけじゃないんだから」
「うん。……ほんとにわたしが一緒についてなくても平気?」
「心配しないで。ひとりじゃないから」

 マリーンは受話器を置いて小さく溜息を漏らした。ふと気づくとどこかへ姿を消していたザカーラが両手に缶コーヒーを持ってこっちへ戻ってくる。
「ありがとう」
 受け取ってからマリーンは柱の時計を見上げた。午前3時。
「帰った方がいいんじゃない。明日も試合があるんでしょ」
「ベンチ入りはするけど登板はないんだ。それよりきみをこんな所にひとりで置いては行けないよ」

 マリーンはコーヒーを一口飲んだ。ほろ苦い甘さがのどを滑り落ちて行くと同時に、それまで心のどこかで目を背けていた現実が実感となって体の底からこみ上げて来る。
 両手で缶を握りしめたままうつむき、震える声で彼女は囁いた。
「……死んじゃうわ」
「大丈夫だよ。ヤムチャさんはきっと―――」
 慰めの言葉も耳に入らないかのように、彼女は虚空を見上げて口走った。
「ヤムチャがもし……そんなことになったらあたしも死んじゃう……!!」
 次の瞬間、マリーンはザカーラの腕の中にいた。
「大丈夫だ……きっと……きっとヤムチャさんは助かるよ。きっと……」
 彼女を抱きしめながら、ザカーラは何度も言い聞かせるように繰り返していた。


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