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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第23章

 西都グランドホテルの一室。午後10時20分にヤムチャはドアをノックした。
「誰?」
「オレだ」
 ドアが開き、アロマがホッとした顔を覗かせた。「ああ、ヤムチャ。待ってたのよ。TVで見てたわ。思ってたより早かったのね」

 ヤムチャは中に入り込みながら答えた。「ボロ負けだよ。まさか9回の土壇場で満塁ホームランを打たれるなんてなあ。みんなロッカールームで大荒れさ。椅子は飛ぶ、扉は蹴られてボコボコ。球場側も修理が大変だよな」
 監督の機嫌は最悪。首位のポーラスターズが勝っているからなおさらだ。ヤムチャは雷が落ちないうちに、どさくさに紛れて球場を飛び出して来たのだ。

「で、きみにつきまとっている男ってのはどこなんだ」
「今から呼び出すわ。どうせこのホテルの周りををうろうろしてるからすぐ来ると思うの。ねえヤムチャ、あなたが説得してくれたら、あいつ、わたしを諦めてくれるかしら」
「諦めるようにオレが何とかする」
 アロマは頼もしそうにかつての恋人を惚れ惚れと眺めた。

「あいつがあなたに会って、『おまえはアロマの何だ』って言ったら―――」
「兄だとでも言っておくさ」
「ダメよ! そんなの。家族が出て来たくらいじゃ、あいつは絶対言うことを聞かないわ」
「それじゃどう言えば……」
「婚約者」と、アロマはヤムチャの瞳を覗き込んで言った。「わたしたち、来月には結婚するの」
「しかし、それは―――」
「お願いよ、ヤムチャ。それでも充分じゃないかも知れないわ。とにかく、あいつの執念深さときたら、たとえわたしが月まで逃げて行っても追って来そうなくらいなのよ」
「……わかった。きみがそう言うなら。オレたちは来月に結婚を控えた婚約者同士だ。それでいいんだろ」
「ありがとう」アロマはにっこりと笑った。

 アロマは腰を下ろしていたベッドから立ち上がり、窓辺に歩いて行ってスタジアムの灯りを見下ろした。そしてガラスに映るヤムチャに向かって探るように訊いた。
「ねえヤムチャ。もうすぐ彼女とはなかなか会えなくなるわね。寂しい?」
 ヤムチャは「え?」と問いかけるような顔を向けた。アロマは振り返って拝むように両手を顔の前で合わせ、甘えた声を出した。
「ごめんなさい。わたし、ヤムチャの恋人ってどんな人なのか知りたくて……。ちょうどハンドエステをしたかったから美容室へ行ってみたの。でも、びっくりしたわ。北の都なんてちょっと遠すぎるわよね」
「何のことを言ってるんだ?」
「あなた知らないの!?」アロマは飛び上がり、心底びっくりして言った。「やだ……うそ……。話が出てたのはだいぶ前からだって聞いたわよ。彼女はあなたに何も話してないの? こんな大事なこと」


「研修だって!?」
 マリーンが西の都を1年間も離れると聞かされたヤムチャは思わず叫んだ。頭を思いっきり殴られたようだ。あれこれと話しかけてくるアロマの言葉も耳には入らなかった。
(なぜだ? なぜマリーンはオレに黙ってそんなことを決めたんだ。オーナーの命令で逆らえなかったのか? それならどうして一言オレに打ち明けてくれなかった……。こんな―――こんなふうに他人の口から聞かされるなんて……)

 北の都―――ヤムチャはハッとして顔を上げた。北の都はポーラスターズの本拠地だ。まさか、マリーンのやつ、ザカーラがいるから……。

 自分の投げた言葉が思ったよりもヤムチャにダメージを与えているのを見て、アロマは急いで携帯電話のボタンを押した。これ以上彼を放っておくと、これから恋人のところへ行くと言い出しかねない。
 ストーカー男をホテルのラウンジに呼び出し、彼女は電話を切った。ヤムチャはまだぼんやりしている。
「あいつが来るわ。ヤムチャ、わたしと一緒に行ってくれるでしょ」
 ドアに向かって彼の背中を押しながらアロマは言った。ドアを開け、誰もいない廊下に一歩踏みだしながら、彼女はヤムチャを見上げた。
「ヤムチャ、わたしを見て」

 彼が呆けたまなざしを機械的に彼女に向けると同時に、アロマはヤムチャの首に両腕を回して伸び上がり、唇にキスをした。ヤムチャが我に返って彼女を押し戻すまでほんの少し間があいた。
 同時に何かが眩しく光った。カメラのフラッシュだ。反射的に逃げるカメラマンを追おうとしたヤムチャに、アロマが抱きついてきた。
「行かないで。わたしと一緒に行ってくれるんでしょ」
「あ、ああ」
 ヤムチャは廊下の向こうを見た。逃げ足の早いやつだ。もう角を曲がってしまった。どこの雑誌だろう。
 やっかいなことになるかもしれない。ふとそんな予感が頭をよぎった。しかし、この時はマリーンのことで頭が一杯で、他のことまで考える余裕はなかった。


 アロマと二人でラウンジまで降りて行ったが、ストーカー男はまだのようだ。午後10時40分。時刻が遅いせいか、ラウンジには寝る前のひとときをくつろぎに来た宿泊客が数人の他、これからどこかへ行くのかデートらしい若いカップルなど、まばらに人がいるだけだ。
 ヤムチャとアロマはラウンジを入ってすぐ左の席についた。ここからだと入口が見渡せる上に大きな観葉植物の陰になっていて、向こうからはこちらがすぐにわからない。どんな男が現れるにせよ、先手必勝だ。こっちが先に相手を見つけてじっくり観察した方がいい。

 10分経った。入口に客が訪れるような気配はない。電話の様子では、ストーカー男はホテルの近くに潜んでいたようだったとアロマは言うのだが、なかなか現れない。警察を呼んだのかと警戒しているのかもしれない。
 緊張の糸が弛み、ヤムチャは何気なく周りを見回した。ラウンジとフロントの間にあるエレベーターの階数を示すランプが動いている。18階から順番に下へと降りて来て、10・9・8・7……。

 そういや最上階はレストランだったな――――と、ヤムチャは思った。今の時間じゃもうオーダーストップで、隣接されたバーの客だろうか。
 6・5・4・3……まだ降りてくる。宿泊客じゃなくて、外の客か。デートかな……いいよなあ。オレなんてこれから変態のストーカー野郎と対決なんだぜ。

 マリーン―――研修のことはきっと何かの間違いだ。たぶんアロマは誰か他の子と勘違いしてるんだろう。きっとそうさ。そうに決まってる。
 ぼんやりと考え事をしながら見ていたので、エレベーターが一階に停まり、一組のカップルが降りてラウンジに来るまで気づかずにいた。

「大丈夫かい。ちょっとここで休んでいこうか」と、カップルの男の方が言っている。男に寄りかかっている女の足取りは乱れており、どうやら酔っ払っているらしい。
 おーおー、見せつけてくれるよな。それにしても、どこかで見たことのあるやつらだ―――そう思ってまじまじと見つめている間に、彼らはヤムチャのすぐそばまでやってきた。
「マリーン……!!」
 恋人の姿を認めるや、ヤムチャは引っ張り上げられるように椅子から立ち上がって叫んだ。


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