Cool Cool Dandy2 〜Summer Night Festival〜
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第38章
二軍へ来て8日目の朝、ヤムチャは食堂でいつも一緒に練習する投手たち5人と朝食を取っていた。庭に面した大きな窓からは強烈な白い日射しが射し込んでいる。今日も暑くなりそうだ。 軍曹は一週間でヤムチャを仕上げて一軍に戻すと公言していたが、そんな気配はない。やっぱり監督との約束なんて、オレをおおっぴらに痛めつけるための口実だったのか。 カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグを黙々と詰め込みながらヤムチャは考えた。 慣れというのは恐ろしいもので、この頃では地獄の特訓がさして苦にもならなくなっている。同じテーブルについている投手達も最初の頃には青息吐息で、練習について来れなかったのが、今ではどの顔にも生気が宿り、だんだんとたくましさを増しているのがはっきりと見て取れた。 まあ、弊害だけってわけでもないよな。このシゴキは。それなりに成果を上げているし……。そう考えていたとき、彼の斜め前に座っていた人参のような赤毛の男が話すのが聞こえてきた。 「軍曹って思ってたほど悪い人だとも思えないよな。現にボクはあの人のシゴキのお陰で二軍戦の先発ローテーションに入れてもらえることになったし」 そうだよな―――と賛同する声が上がった。同じように力を認められた投手のひとりだった。 「そうかぁ? おまえら洗脳されて来てんじゃないの。今どき根性だけで伸びたら苦労しねえよ」 ノッポと呼ばれている、皆より頭一つ高い投手がそれに 「でも、おまえだってしごかれたおかげで、だいぶコントロールがついてきたじゃないか」 言い返されてノッポは「そりゃそうだけどよ」と、渋々認めた。彼はここにいる投手達の中で最もコントロールが悪かったのである。 赤毛の男がそばかすのある顔をほころばせてヤムチャに向き直り、 「試合形式で投げるのはボクには面白いよ。ヤムチャさんがこっちの思惑通り釣り球に手を出してくれると、やった! と思うもんな」 と言ってヤムチャを苦笑させた。 その日の練習が始まり、午後になるとヤムチャはどんな球を投げられても自由自在に打球を操れるようになっていた。 日が西に傾き始めた頃、「ようし、上がれ」と、軍曹が怒鳴った。いつもより3時間も早い。不思議そうな顔で投球をやめた投手たちに、「おまえらはまだだ」と声をかけると、彼はヤムチャのところへ大股で歩いてきた。 「荷物をまとめて西の都へ戻れ」 ぽかんとしているヤムチャに軍曹は構わず独り言のように続けた。 「思ったより長くかかっちまったが、明日からのポーラスターズ戦にゃ間に合うだろう。スターノ監督との約束を違えずに済んでよかったぜ」 「そ、それじゃ」 「きさまのファーム生活は今日で終わりってことさ。未練があるならずっといてもいいんだぜ」 「い、いや。もう充分です」 ワッとグラウンドに歓声が上がった。投手達が帽子を空に放り投げてヤムチャの一軍復帰を祝ってくれている。 「やったね、ヤムチャさん」 「お疲れさまでした!」 いつの間にか不思議な連帯感で結ばれていた投手達が肩をたたきながらヤムチャを取り巻き、握手を求めてくる。ひとりひとりの手を握り返しながらヤムチャは励ました。 「頑張れよ。一軍で待ってるぜ。おまえらならすぐ上がってこれる」 彼らのやりとりを黙って見ていた軍曹が口元にわずかに笑みを浮かべて―――それはいつもの冷笑とは違う種類の笑みだった―――言った。 「ここで学んだことを生かせるかどうかはきさま次第だ」 ヤムチャは帽子を取って頭を下げた。「お世話になりました」 頭に来ることもあったが、今は素直に軍曹に感謝していた。グラウンドを出ていこうとする彼を、後から軍曹が呼び止めた。 「餞別だ」 そう言うと、かついでいたトレードマークの長いバットをヤムチャに投げて寄越した。受け止めるとずしりと手にこたえる。 「きさまならそいつを使いこなせるだろう」 「でもこれは……」 ヤムチャは絶句した。このバットは数々のタイトルを勝ち取り、軍曹と哀歓を共にしてきた相棒と言うべき宝物じゃないのか? 「オレはもう打席には立てん。そいつにもう一度いい夢を見させてやってくれ」 荒っぽい言動に隠された軍曹の真情が、今初めてわかったような気がした。こちらに背を向け、打撃練習する選手にハッパをかけている軍曹に向かってヤムチャはつぶやいた。 「あんたのことは忘れない」 いいから行け、というように、背を向けたままで軍曹が手を挙げた。 こうして、8日間のファーム生活に別れを告げ、ヤムチャは西の都へ戻ったのだった。 |