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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第33章

 鬼軍曹とやらは一目でわかった。グラウンドで練習に汗を流す体格のいい男たちの中でも飛び抜けて巨漢の男が、物干し竿のように長いバットを右肩にかついでバックネットの前に立っている。
 こちらからはその後姿しか見えないが、現役を退いて何年にもなろうというのに、その一抱えもありそうな腕といい、張り出した臀部でんぶといい、まだまだ充分即戦力として通用しそうな体つきをしている。
 ヤムチャに気づいた他の選手達の表情に一様に同情の色が浮かんだ。今度の犠牲者はあいつか――――みんなの目がそう言っていた。

 軍曹のよく日に焼けたうなじは赤銅色しゃくどういろだ。彼は短髪の頭を巡らしてゆっくりとこちらを振り向き、ギョロッとした目でヤムチャを見下ろした。
 とたんにアルコールとヤニの臭いが鼻につく。
 どうやら日焼けというよりは、酒焼けのようだな。これからオレはアル中でニコチン中毒のおっさんのお相手をしなきゃならんわけか―――ヤムチャは少々うんざりしながら考えた。

「きさまか。監督から話は聞いてる。オレもなめられたもんだぜ。てめえのような腐った野郎のコーチをつとめなきゃならんとはな」
 ヤムチャが口を開くより先に軍曹はペッとグラウンドに唾を吐いて言った。
「お互いさまですよ。神聖なグラウンドに唾を吐くような人間にコーチしてもらうオレも災難ってもんです」

 相手にひたと目を据え、皮肉な笑いを浮かべて言い返したヤムチャの言葉が終わるか終わらないうちに、その頬を軍曹の鉄拳が見舞った。バックネットまで吹っ飛ばされて叩きつけられ、切れた唇の血を片手で拭いながらヤムチャがよろよろと起きあがると、グラウンドが押し殺したようなどよめきで揺れた。
 が、軍曹がそちらをチラッと見ると声はぴたりと止み、不気味な静寂が訪れた。軍曹を怖がっているのは選手だけじゃない。他のコーチや二軍監督までもが彼を恐れ、怯えているのだった。

 軍曹はヤムチャに向き直り、雷鳴のような声ですごんだ。
「いいか。グラウンドではオレは神だ。口答えするんじゃねえ。きさまは黙ってオレの言う通りにしていりゃいいんだ。わかったらさっさとアップに行け!」
 ちくしょう。やっぱりアル中か。ヤムチャはのろのろとグラウンドを走り始めた。言いなりになるのもシャクだが、とりあえずしばらくは様子を見るしかあるまい。
「オラァ! とろとろ走ってんじゃねえ!! 日が暮れっぞ!!」
 軍曹の怒号が飛んだ。ヤムチャは小さく舌打ちし、ペースを上げた。

 アップが終わり、軍曹の元に戻ると、彼はヤムチャのバットケースから中身を乱暴に地面にぶちまけているところだった。
「ケッ、ガラクタばかり揃えやがって」
「ガラクタ!? これでも一流メーカーの最高級品で―――」
「フン」
 軍曹はバットの最後の一本を地面に放り投げた。
「中にはましなヤツもあるが、手入れがまるでなってない。きさま、この間のサンライズ戦の後で、ちゃんと手入れしたのか」
「あ――」とヤムチャは絶句した。雨中の試合でバットを濡らしたまま、ろくに拭きもせずにケースに突っ込んだのを思い出したのだ。
「バットに湿気は大敵だ。オレは現役の頃、ジュラルミンのケースに乾燥剤と一緒にバットを入れたもんだ。それに普通は樹齢70年のアオダモを使うが、オレの場合は30年ものを特注した。若い木ほど反発力が強いからな。近頃の奴らぁ、そんなことにもこだわらねえで、大根か何かみたいにバットを扱いやがる。気に食わねえ」

 球団から支給されるのはユニフォームとアンダーシャツ、ストッキングだけだ。バットやグローブ、スパイクは自前で揃えなければならない。が、スポーツ用具メーカーが無償提供してくれるので、選手はみんな与えられたものをそのまま使っている。一流の選手たちが自社の製品を使ってくれ、それがTVで映し出されることくらいメーカーにとっていい宣伝はない。お互い利害が一致するというものだ。

 ヤムチャもまた、メーカーから提供されるものの中から無造作に用具を選んできた。もちろん、グローブははめ心地を確認するし、バットは長さやグリップの太さを見て、素振りした時の感じがしっくりくるものを選ぶ。だが、軍曹のように素材からこだわることまではしなかったし、使ったあとの扱いもついぞんざいになりがちだった。

 軍曹の言っている事は正論だ。しかし―――心情的にヤムチャには、はいそうですかと素直にうなずけないものがあった。
(道具にこだわったのはあんたの力がそれだけのものだったからだろ。どんなバットを使おうと、当たりゃ飛ぶんだよ、オレの場合は)
「てめえは振り回しゃ当たる、当たりゃ飛ぶと思ってやがる」
 まるでヤムチャの心を読んだかのように軍曹は吐き捨てた。
「オレはきさまのように野球をなめ切っている野郎を見てるとヘドが出る」
「なに!?」
「やる気か。それも面白いが、今度は口を切る程度じゃ済まないぜ。オレとまともにやり合ったら、きさまは一軍復帰は絶望どころか、二度と野球の出来ない体になる。それでもいいならかかってくるんだな」
 軍曹は目をぎらつかせながら薄ら笑いを浮かべて言った。まったくのハッタリとも思えない。確かにこいつとやり合えば、さすがのオレでもかすり傷程度では済まないだろう。

 ヤムチャが両手の拳を握りしめてこらえていると、軍曹は冷たい目で一瞥して言った。
「ふん。つまらん。ケンカを買う度胸もないか。ここでオレに手を出しやがったら、こてんぱんにのしてプロ野球界から追い出してやるいい口実になったんだがな。まあいい。きさまのことはスターノ監督から1週間で使えるようにしてくれと頼まれてるんだ。あの人には恩義がある。裏切るわけにもいかんからな」

 こっちへ来いと促されて、ヤムチャは用具室へついていった。ジュラルミンのケースの中に何本かのバットが並んで入っている。
「本来なら北の都のバット工場までてめえを引きずって行って、じっくり用具選びから入るところだが、何せ時間が限られているんでな。今回は特別にオレがあつらえておいてやった。その中からきさまに合ったバットを選べ」

 ヤムチャがバットを選んでいる間、軍曹はかついだバットで肩をトントンと叩いていた。普通のバットなら長さ35インチ前後で重さは930gほどだが、軍曹のはどう見てもそれより3インチは長く、重さも1kg以上ありそうだ。
(振り回すだけでも大変そうだな。あれは)
 ヤムチャは横目で見ながら思った。

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