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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第5章

 半分開いたままになっていたドアをマリーンが更に押し開けて廊下に出ると、すこし離れたところに気まずそうな顔をしてアメリアとザカーラが立っていた。開いていたドアのせいで、彼らは事の成り行きをすべて知ってしまったらしい。アメリアはともかく、宿敵とも言えるザカーラに自分の弱みを見せてしまったのは、ヤムチャにとって痛かった。

「まだいたのか」つい、つっけんどんな言い方になる。
「マリーンさんが心配で……。ヤムチャさんの大切な人に僕の親衛隊が怪我をさせたわけですから」
 アロマの方を見ないように気を配りながらザカーラが答えた。とたんに強い視線を背中に感じて、振り向いたマリーンの目がアロマの目とぶつかった。微笑みを浮かべたアロマの表情はあくまで穏やかだったが、その目の奥には刺すように鋭い想いがこめられている。こわばったマリーンの表情に気づいたアメリアが、ハッとしてアロマの顔を盗み見た。
(この人?)
(多分ね)
 マリーンとアメリアは目顔で告げ合った。レフトスタンドで敵意のこもった眼差しを注いで来たのは、この女に違いなかった。

「わたし今日はこれで失礼するわ。連絡してね、ヤムチャ。どうしても相談に乗って欲しいことがあるの。すごく困ってるの。あなたの助けが必要なのよ」
 携帯電話の番号のメモを素早くヤムチャのポケットに忍び込ませ、アロマは熱のこもった眼差しで15秒はかつての恋人を見つめた。それからザカーラにも流し目を送り、マリーンにごく儀礼的な一礼をして、アメリアには目もくれず去っていった。

 手当てを受け、右目に眼帯をつけたマリーンに、「これから神殿に行くわ。わたしも好きな人に会って来ていいでしょ」と言い張ると、アメリアは飛行機を駆って行ってしまった。二人の間の雲行きの怪しさを察して、彼女なりに気を利かせたらしい。
 ロッカーで着替えをすませたヤムチャが球場の外へ出てみると、一足先に出ていたザカーラとマリーンが、選手用出口のところで何やら話に興じていた。

 変化球の投げ方を教えてやっているのか、身振り手振りで演じてみせるザカーラに、野球には興味のないはずのマリーンが目を輝かせて笑っている。その表情が自分といる時よりもはるかに楽しそうに見えて、ヤムチャは胸の底がチリチリと焦げつくようだった。
(絵に描いたような美男美女の取り合わせだよな。年齢も釣り合って、オレよりはるかにお似合いか)
 自虐的にそう思う。二人はヤムチャがすぐそばへ近づくまで気づかなかった。ようやく自分を認めた恋人の目が、ふとかげったような気がしたのは、アロマのことがあったせいだけなのだろうか。

 ザカーラと別れ、二人きりになった帰りの車中で、黙っていると重苦しくなりそうな雰囲気を明るくしようとしてヤムチャはしゃべり続けた。
「やっぱり野球はドームの中でやるより野外だよな。何たって風の匂いが違うし、試合開始の頃の夕焼け空が、だんだんと深みを増して闇が濃くなって行くのが気分を盛り上げてくれると思わないか?」
「…………」
「知ってるか、人工芝ってのは足腰に響くんだぜ。スライディングキャッチなんてしようものなら、ユニフォームが切れる。いや、切れるだけならまだいい。擦り傷に捻挫だ。投げる時だってスパイクを滑らせられないから、背中を痛めちまう。人工芝の西都ドームから天然芝の西都スタジアムにホーム球場が変わって、オレたちは心底ホッとしてるんだ」
「何の用なの?」助手席で前を向いたまま、唐突にマリーンがつぶやいた。
「え……」
 アロマのことを言っているのだ。
「な、何の用だろな、今頃。別れてからずいぶんになるんだけどな、はは、は……」
「会うの?」
「一回だけだよ。話を聞くだけだ。なんかすごく困ってるみたいだったし、ほっとけないだろ。わざわざオレに言って来たってことは、他に頼る人がいないんだよ、きっと。大丈夫さ、オレにはきみがいるってこと、向こうは知ってるんだから」
「…………」
「それよりさ、うちに来ないか。ちょっとくらい遅くなったって構わないだろ」
「……そうね。久しぶりにプーアルの顔も見たいし」
「プーアルは、その、いないんだ。あいつ今警備員の仕事やってて、今夜は夜勤なんだよ」

 売れっ子モデルになって殺人的なスケジュールに辟易したプーアルは、ついに芸能界を引退してしまったのだ。今度は男性に化けていろんな仕事に就いている。ただ、わざわざ夜勤のある警備員の仕事をレパートリーに入れたのは、ヤムチャがマリーンを家に連れて来た時に邪魔にならないよう、彼なりに気を使っているのかもしれない。

 プーアルがいないと聞いて、マリーンの態度が急によそよそしくなった。
「あたし、やっぱり今日は帰るわ。ケガもしてることだし。アパートまで送って」
「そ、そうか。残念だな」
 進路を変更しながら、ヤムチャは心の中で大きく落胆の溜息をついた。


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