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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第29章

 翌朝、いつものように学校へ夏祭りの準備に行く前に、アメリアは居間のソファにけだるそうに座っているマリーンに声をかけた。
「じゃ、わたし行くけど、ちゃんと寝てるのよ」
「わかったわかった。しっかり実行委員してらっしゃい。せっかくピッコロさんを招待したんだもんね」
「うん。いってきます」アメリアは嬉しそうににっこり笑うと、元気に出て行った。

 昨日の明け方、病院で倒れたマリーンは、ザカーラに抱きかかえられたまま、アメリアの待つ自宅へと戻ってきた。ベッドに寝かされ、しばらくして意識は戻ったものの、体をピクリとも動かすことが出来なくなっていた。
 往診に来た医師は精神的なものが原因だろうと言った。ヤムチャの容態を案じて死ぬほど思い詰めたり、彼が助かってホッと安堵したりと、わずか数時間の間に激しく感情が揺れ動いたせいで、体の方がそれについて行けなくなり、ゼンマイが切れたような状態になってしまったのだろう。

「ヤムチャには絶対言わないで。わかってるわね、ふたりとも。言ったら承知しないわよ」
 振り絞るような声でアメリアとザカーラに念を押し、ふたりが不承不承うなずくと、マリーンはそのままコトンと眠りに落ちて夜まで目覚めなかった。
 回復したばかりのヤムチャに心配をかけたくないというマリーンの想いが痛いほどわかるだけに、アメリアはヤムチャの前ではそのことを秘密にしておいたのだ。嘘のつけない彼女のぎこちない説明が、かえって彼に誤解を与えたとも知らず……。

 アメリアはアパートの近くの停留所からバスに乗った。以前は自動操縦装置付きの飛行機で通学していたが、目が見えるようになった今、身障者向けの特別仕様機を使うのはさすがに気が引けて、神殿から学校へ直行する時以外は、他のクラスメイトたちと同様にバスを利用していた。

 西の都の繁華街を横切る時、バスの窓から彼女はゲームセンターの前にたむろするマジョラムたちの姿を見かけた。崩れた身なりのいかにもヤクザふうの男たちと一緒だ。
 恐喝されているという感じではない。どう見ても好ましからざる関係のようだ。不吉な予感がアメリアの胸に広がっていく。
(何なんだろう、あの人たち。ディルに言った方がいいかしら……)
 それが夏祭りの夜に自分たちを巻き込む大事件に関係しようとは、この時のアメリアには知る由もなかった。


 アメリアが出かけてから小一時間ほど経った頃、玄関のチャイムにマリーンが出てみると、そこにザカーラが立っていた。
「やあ、やっぱりいたね。今日も休んでるんじゃないかと思って、次の遠征地に移動する前に寄ってみたんだ。体の具合はどう?」
 彼をリビングへ招き入れながらマリーンはいたずらっぽく笑って答えた。
「体の方は別に何ともないんだけど、何となくやる気が起きなくて。で、ズル休みなんだ」
「元気になったようでも、まだ完全に元に戻ってないってことだよ。そういう時は無理しない方がいい」

 彼はふとテーブルの横に投げ出されたスポーツ紙に目を留め、何気なくそれを拾い上げた。とたんにヤムチャとアロマの例の記事が目に飛び込んできた。マリーンはキッチンでこちらに横顔を向けてお茶の用意をしながら、さばさばした口調で言った。
「ふざけた男よね。あーあ、心配して損しちゃった」
「無理するなよ」
 思わず手を止め、そのまま何かをこらえている様子のマリーンに気づかないふりをして、ザカーラは記事を内側に折り畳み、部屋の隅に押しやった。

 お茶のカップを二つテーブルに並べ、マリーンが向かいに座ると、彼は強いて明るい声で言った。
「ほら、僕らの監督ってさ、いつも珍妙なことを言い出すから『ガシマーナ語録』なんてマスコミで面白がられてるだろ。去年なんか、優勝の祝賀パーティーの席で何て言ったと思う?」
 さあ、とマリーンは笑顔を作って首を傾げた。
「『みんな、ネバーギブアップしないでよく頑張ってくれた』」ザカーラは監督の口振りを真似て言った。
「ネバーギブアップしないってことは、ギブアップしてるってことじゃないのか!? って、僕ら笑いをこらえるのに必死だった」
 ふふっとマリーンが小さく笑いを漏らした。それに元気づけられたように彼はあとからあとからジョークを飛ばし続け、しまいにマリーンは涙をにじませて笑い転げた。
「あれ……なんか涙腺までぶっ壊れたみたい。涙が……止まらなくなっちゃった。変ね……」
 笑い声がだんだんと押し殺した嗚咽に変わって行く。唇を噛みしめて涙をこらえている彼女をザカーラは黙って引き寄せ、抱きしめた。
「泣けばいいよ。どんどん泣いて全部洗い流してしまえばいい」
 マリーンは彼の胸に顔をうずめてしゃくりあげた。
「恋なんて……知らない方がよかった。こんなに苦しいんなら……」
 ザカーラは抱いている腕に力を込めた。
「ヤムチャさんはきみには合わないよ。僕なら……僕ならきみを泣かせたりしない。」
 涙を指で拭ってやってから、震える顎に片手を添えて、彼はそっとマリーンにキスした。
「あたし……」マリーンは夢から醒めたように飛び退いて言った。「ごめん。そんなつもりじゃないの」
 ザカーラはかすかに微笑んだ。
「僕こそごめん……。でも、いい加減な気持ちじゃないんだ。きみがたとえ誰の恋人でも僕は―――」
「言わないで!」マリーンは顔をそむけた。

「……帰るよ」
 ザカーラは立ち上がり、玄関に向かった。そしてドアを開けたところで振り返り、見送りに出た彼女の手を取って言った。
「忘れないで。僕はいつでもきみを見てる。きみひとりだけを」
 マリーンは何も言うことが出来ずにただザカーラの瞳を見つめていた。


 ザカーラがアパートの階段を下りてこちらへやって来る。ヤムチャは思わず物陰に身を隠した。今しがた自分が目にした光景が信じられない思いで、呆然とザカーラが立ち去るのを見送った。
 昨日は病院の駐車場で運悪く刑事につかまってしまい、そのあと警察でこってり事情聴取を受けた。やっと解放されたと思ったら、今度は警察署の外で待ち構えていたマスコミにしつこく追いかけ回され、結局マリーンには会いに行きそびれてしまった。
 今日から遠征続きで当分西の都には帰れない。美容室に電話を入れてみると、彼女は昨日から病気で休んでいるとのことだった。

 昨日、見舞いに来られなかったのは病気だったせいか? オレに心配させまいとしてアメリアは仕事が忙しいなんて言ったのか?―――希望的観測にすがりつき、アパートにすっ飛んできた。
 その結果がこれだ。

 確かめるのは簡単なことだ。今すぐあそこへ行って、マリーンに訊けばいい。でも、ヤムチャには出来なかった。真実を知るのが怖かった。マリーンの口からはっきりと決定的な言葉を告げられるのが怖かったのだ。

 あんたとはもうつき合えない。あたしはザカーラを愛しているの――――と。

 こんなことは初めてだった。女には振られ慣れているはずなのに、彼女を失うことを他のどんなものを失うよりもヤムチャは恐れた。
 きびすを返し、重い足を踏みしめて彼は中の都へと向った。


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