Cool Cool Dandy2 〜Summer Night Festival〜
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第22章
その夜、いつものように午後7時に仕事が終わり、マリーンはロッカールームで着替えていた。 「マリーン、みんなでお茶しようって言ってるんだけど、行かない?」 「ゴメン。今日はちょっと」 「もしかしてデート?」 「そんなんじゃないわよ」と、笑って打ち消しているところへ店の電話が鳴った。 「マリーン、あんたによ」 マリーンもアメリアも携帯電話を持たない。必要がないのと、つましい暮らしをしている自分たちには身分不相応な物だからだ。「オレが費用を持つから」とのヤムチャの申し出は、もちろん即座に却下された。どんなことであれ、誰かの懐を当てにするのは彼女の生き方に反する。それに、「いつも繋がってなきゃ不安なくらいなら、つき合わなきゃいいじゃない」というのが、マリーンの持論でもあった。 電話はザカーラからだった。取り次いだ同僚から同僚へ「男からよ」「男からだって」という囁きが伝言ゲームのように広がっていく。電話を切った後の騒ぎが思いやられて、マリーンはちょっと気が重くなった。 「今そっちへ向かってるんだけど、西都大通りを東へ入って3つめの交差点を左だっけ?」 マリーンは周りを気にしながら手短に応対して電話を切った。とたんにみんなが目を輝かせて集まってくる。 「やっぱりデートなんじゃないの」 「彼、ここへ迎えに来るのね?」 「どんな人なの? 紹介してよ」 「彼じゃないわよ。デートなんかじゃないんだったら」 「まあまあ、悪いようにはしないから吐いちゃいなさい」 マリーンは大きく肩を落として溜息をついた。 「ちょっとその……食事を」 「どこで?」 「……西都グランドホテル」 超一流ホテルの名を聞いて同僚たちが興奮して騒いでいる 「あんたそんな格好で行くつもりじゃないでしょうね」 先輩に呼び止められて、マリーンは思わず自分の格好をあらためた。ごくシンプルな生成りの麻のワンピースに、シルバーのプチネックレスがひとつ。 「え……変ですか」 「変じゃないけど、せっかくディナーに行くんだったらもっとリキ入れなきゃ!」 というわけで、ただちにマリーンは店内に連れ戻された。 いったん落とした灯りをまた点け、「これは先生には極秘事項よ」と、商売用の大きく胸の開いた真紅のカクテルドレスを彼女に着せて、童話に出てくる小人の靴屋よろしく、みんなで寄ってたかってあっという間に髪を結い上げ、念入りに化粧を施した。 「ステキよ、マリーン。これで落ちなきゃ男じゃないわ」 「まるで映画女優みたいよ。あたしも今度デートの時にみんなに頼もうかな」 「素材の違いを考慮に入れてね」 周りでわいわいと勝手なことを言っている間に迎えが来たらしく、同僚の一人がマリーンを呼びに来た。彼女はみんなに礼を言い、薄い羽根のようなショールを羽織って通用口へと向かった。 「見違えたよ。きれいだ……」 裏通りにタクシーを待たせたまま従業員用通用口の前に立っていたザカーラは、彼女が現れるなり溜息混じりで言った。それからうやうやしくマリーンの手を取ってタクシーに乗せ、自分は反対側に乗り込んだ。 トイレの窓に鈴なりになって一部始終を覗いていた同僚たちは、タクシーが走り出すと同時に口々に騒ぎ合った。 「ちょっと見た? あれってポーラスターズのザカーラじゃない。マリーンったらいつのまに……」 「いやーん。あたしファンだったのに。ショックぅ!」 「神様、見間違いでありますように、見間違いでありますように……」 先輩の一人が「あれは男の方がぞっこんって感じね」と、醒めた口調でつぶやくと、一瞬の沈黙の後、店中響き渡るような悲鳴のコーラスが上がった。 タクシーのラジオが東都サンライズ対西都タイタンズの試合の実況中継を流している。ちょっと後ろめたいような気持ちが頭をもたげ、マリーンはその感情を振り払った。 (これはデートじゃないわ。あたしは別にヤムチャを裏切ってるわけじゃない) ゆうべ、宿舎へザカーラを送って行った時、彼は「とっておきの店を紹介してくれたことと、送ってくれたお礼に」と言って、西都グランドホテルでのディナーに彼女を誘ってくれたのだ。毎回試合に出場する野手のヤムチャとは違って、投手の彼は完投した翌日は休みなのだった。 ためらっているマリーンにザカーラは冗談っぽく言った。「ヤムチャさんのお許しを得ないとまずいかな」 その言葉が彼女をムキにさせた。 「あたしはヤムチャの所有物じゃないわ。いいわ、7時半に迎えに来て」 「誘って迷惑だったかな」 テーブルの上に置かれたろうそくを、黙ったままじっと見つめているマリーンにザカーラは言った。ホテルの最上階にあるレストランの、西の都の夜景が一望できる窓際の席に彼らは向かい合って座っている。マリーンは急いで明るく笑ってザカーラを見た。 「ううん。西都グランドホテルに来るなんて初めて。楽しみにしてたのよ」 「ヤムチャさんとは一緒に来たりしないの?」 「堅苦しいのって苦手なのよ、あたし。だからヤムチャとはいつもうちか、あいつんちで家族も交えて御飯食べることが多いわ。外に出る時はきのうみたいな定食屋とか、くつろげるお店に行くの。でも今日は別。たまにはドレスアップして気取ってみるのも悪くないわね」 「女の子ってみんなゴージャスなデートが好きなんだと思ってた」 「安上がりなのよ、あたし」と、マリーンは笑った。「ヤムチャは張り合いがないって言うわ。高価なアクセサリーをプレゼントしようとしても断るからだって。宝石はきれいだし好きだけど、別に今は欲しくないんだ」 「そう」と、ザカーラはやさしい目でマリーンを見た。「きみといると何だかホッとするね。ヤムチャさんもきみのそんな飾らないところに惹かれたんだろうな」 心の奥まで見透かされそうな、澄んだ瞳がじっとこちらに向けられている。低く柔らかな声が耳を心地よくくすぐり、マリーンはちょっとどぎまぎした。 ザカーラは窓の外に目を移し、球場の灯りを見つけて明るい調子で言った。 「ごらんよ。スタジアムは熱戦の真っ最中だ」 試合は9時半を回ったところで8回裏、双方エースをぶつけての投手戦になるはずが、8−6と予想に反して点の取り合いになってしまった。 アロマをかなり待たせることになりそうだな。―――そう思っているうちにヤムチャの打席が回ってきた。二死一、二塁。打席に入る前に彼は二塁走者のルティネスをチラッと見た。さすがにいつもと比べて冗談は減っているものの、変わりなく振る舞う彼の体調を怪しむ者は誰もいない。 (まったくたいしたやつだ。あの怪我で打率が落ちないんだからな) 野球を辞めたところでさして失うもののない自分には、その生きざまが (よし。オレだっておまえに負けていられないぜ。ここらででっかいやつを一発……) だが、終わってみるとサードへのポップフライ。昨日の当たりが嘘のようだ。今日は第一打席が三振、第二打席は四球で歩き、第三打席はファーストゴロでしかも併殺と散々だった。そして第四打席が今のサードフライである。 「おっかしいなあ」 苦笑を浮かべ、頭をひねりながらベンチに戻ると、監督の冷たい視線が全身に突き刺さってくる。 「へらへら笑ってんじゃねえ!」 バッティングコーチが彼の頭をはたいた。 |
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