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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第12章

 アメリアは意気揚々と神殿を後にし、学校へ向かった。ピッコロが夏祭りに来てくれる。そう思っただけで自然と頬が緩んでくる。照りつける太陽も蝉の声もみんな自分を祝福してくれているような気がして、校庭脇の空き地で鼻歌混じりに飛行機をカプセルに戻すと、足どりも軽く校門をくぐった。

「離してよ! あんたなんかに関係ないでしょ」
 いきなり鋭い声が飛んできて、ドキッとして足を止めた。植え込みの向こうで誰かが言い争っている。
「こんなこと、もうやめるんだ。マジョラム」
 ディルの声だ。アメリアは好奇心に負けてそっと木の陰に身を隠した。校舎と植え込みの間で、ディルがマジョラムの腕を掴んで一生懸命何か言っている。いつもにこにこしてるか、ぼーっとしている彼にしては珍しく真剣な表情だ。

 ディルはマジョラムにてんで相手にされていないけど、恋してるのよ。
 ミントの言葉が蘇る。
「うるさいったら!」
 力任せにディルの腕を払いのけたマジョラムの手が、彼の顔に当たって眼鏡が吹っ飛んだ。マジョラムは驚いてそれを拾い上げようと一瞬手を伸ばしかけたが、思い直したようにディルを睨みつけた。
「もうあたしに構わないで!」

 捨てゼリフを残して彼女が走り去ってから、アメリアは落ちていた眼鏡を拾い、土を払い落として「はい」とディルに差し出した。這いつくばってあさっての方向を探していたディルは、とまどいながら礼を言って受け取ると、眼鏡をかけて改めてアメリアの顔を見た。
「あ、アメリアさんだったんですか。ありがとうございます」
 同時に彼は片手に握りしめていたクシャクシャの箱に気づき、慌ててズボンのポケットにねじ込んだ。そのとたんに中身がポロポロと地面にこぼれ落ちた。
「タバコ……」
「こっ、これは――――」ディルはしどろもどろになって言った。「今そこで拾って―――き、きっと先生が落として―――それで―――」
 アメリアは穏やかに微笑み返した。「わたし、何も見てないし、何も知らないわ。ここで誰がそれを吸っていたのかも」

 ディルはまじまじとアメリアを見つめた。彼女がかすかにうなずくと、ホッとしたように地面に落ちたタバコを拾い集め、ポケットに突っ込んだ。そしてひとりごとのようにつぶやいた。
「あいつ……バカだ。こんなことに逃げたって何の解決にもならないのに」
「マジョラムのこと好きなのね。だからどんなに邪険にされてもほっとけないのね」
 思わず言ってしまい、アメリアは慌てて口を押さえた。「ごめんなさい」
「いいんです」
 一瞬、泣き笑いのような表情を浮かべてから、ディルは桜の枝越しに空を見上げた。
「マジョラムは本当は心の優しい子なんです。小さい頃、しょっちゅう捨て犬や捨て猫を拾って帰っては、家の人に叱られて公園で泣いていました。マンションだから動物は飼えないってわかってるのに、目が合うと放っておけないんだと言って。
 『僕が飼うよ』って言うと、目をまん丸にして顔を輝かせて、『ほんと!?』って嬉しそうに笑うんです。震えている薄汚れた小さな仔犬を抱きしめながら、『よかったね』って……。マジョラムのそんな顔が見たくて、僕もつい全部の動物たちを引き受けることになってしまって……」
 ディルははにかんだように笑って頭を掻いた。微笑ましそうに聞いているアメリアの眼差しを感じながら、声を励まして彼は続けた。
「僕の父は天文学者で、家に大きな天体望遠鏡があるんですけど、父が学会でいない夜なんか、二人で星を見ながらいつまでも話をしたものです」
「そう。仲が良かったのね。それ、いつのこと?」
「小3で彼女が転校して来て、それからずっと……卒業間際まで」
「マジョラムがあんなふうになったのは、中学に入ってからなの?」
 ディルの顔が曇った。アメリアは立ち入りすぎた事に気づき、話題を変えた。
「ねえ、ディル。先生はともかく、どうしてわたしたち同級生に対しても丁寧な言葉を使うの?」
 虚を突かれた感じで、ディルは「え?」とアメリアの顔を見た。深い海の色をした瞳でじっと見つめ返され、彼はちょっと赤くなって目をそらした。
「父の教育方針なんです。どんな時でも男は紳士であれ、女は淑女であれって」
「お父さんの?」
「変わり者だって世間の人は言いますけど……。確かに、研究に生活費までつぎ込んでしまって、一ヶ月間パンの耳と牛乳だけの食事になったり、一晩中星空を見上げてて、寝違えたみたいに首が回らなくなったりとか、変なことをいっぱいやってくれるけど、気はいい人なんです。……変ですか? 僕の話し方」
「そうねえ」アメリアはちょっと首を傾げた。「何だか落ち着かない感じがするの。わたしと話す時は普通にしゃべってくれる?」
「努力します。いや、す、する、よ。これでいいですか? あ、また……」
 おろおろしているディルを見て、アメリアはクスクス笑った。照れて頭に手をやりながらディルは言った。
「父以外の他の家族にはこれでも普通に話してるんですよ」
「兄弟がいるの?」
「クロにチャチャにシロにコゲにシマ……犬が2匹と猫が3匹。彼らとは対等に話しています」
 アメリアは吹き出した。「変な人ね」
 ディルなら動物相手に敬語で話していても違和感がないだろう。
「あ、それがマジョラムの拾ってきた動物たちなのね」
「他にもいるんですよ。オカメインコ、ハムスター、フェレット、ウサギ、それからアヒル」
 彼が指を折って数え上げるたびに、アメリアは感嘆の声を上げた。

 話しているうちに、ディルはどんどん赤くなって、そわそわと落ち着かなくあちこちに目を泳がせ始めた。それが、自分がディルに注いでいる熱心な視線のせいだと気づいてアメリアはあわてて言った。
「あ、ごめんなさい。これ、わたしの癖なの。目が見えなかった頃の名残で……誰かと話す時、相手のどこに目を当てていいのかわからなくて、ついじっと顔を見てしまうの。落ち着かないでしょ」
「い、いえ。アメリアさんの瞳はとてもきれいです。澄んだ海みたいで、いつまでも見つめていたいような……でも、あんまり見るのは失礼かと思って我慢してるんです。見ていただく分には一向に構いません。こんな顔でよかったら……い、いくらでも見て下さい!」
 言うと同時に、ディルはギュッと目を閉じて、耳まで真っ赤になった顔をアメリアに向かって突き出した。
 アメリアはキョトンとし、次いで吹き出した。
「ほんとにおかしな人ね! ディルって」


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