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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第49章

 中学の裏には小高い丘がある。アメリアとディルは柔らかな草の上に座って、そこからグラウンドで踊る人々の輪を見下ろしていた。カークとイザーセは倉庫に閉じこめたまま入口の鍵をかけてきた。人々の楽しみを無粋な騒ぎで台無しにしたくなくて、警察に通報するのは祭が終わってからにしようとふたりで相談して決めたのだ。

 マジョラムは仲間達と去って行った。別れ際に「チャイブはきっと警察が助けてくれるよ」と、ディルが励ますと、彼らは安堵したように顔を見合わせた。
「どこにも居場所のないオレたちにカークのやつら優しくしてくれたんだよな」
「でも、それも最初だけだったわ」
「やつらが羊の皮を被った狼だって気づいた頃には、チャイブを人質に取られたあとだったんだ」

 彼らはもう一度顔を見合わせた。本当の悪の世界は想像する以上に汚くおぞましい底なし沼だったのだ。生半可な好奇心や憧れで近づけば、絡まる藻に足を取られ、二度とはい上がれないことに思い至ったのだろう。
 立ち去る仲間に遅れてマジョラムはディルの頬に素早くキスすると、泣き出しそうな顔で「ありがとう」と言って、すぐに仲間の後を追った。


 アメリアはダンスパーティーの輪からかたわらにいるディルに目を移して言った。
「まさかマジョラムがあなたの妹だったなんて思わなかったわ」
「うん。誰にも言ってなかったからね」いつの間にかくだけた口調になって、ディルは頭を掻いた。「僕たちは双子なんだ。二卵性双生児だからあまり似てなくて、言わなきゃ誰もわからないだろうね。両親は僕らが3歳の時に離婚して、母はマジョラムを連れて家を出ていった。マジョラムは早くからそのことを知っていたけど、僕は小学6年の時に彼女から打ち明けられるまでずっと、自分は一人っ子なんだって信じてたんだ」

 不登校だったマジョラムが3年の時にディルと同じ小学校に転校して来たのは全くの偶然だった。あちこちの学校を転々とした挙句、最後に流れ着いたのがディルの学校だったのだ。学校の選定を秘書に任せっきりだった母親も、事情をしらない秘書も、まさか転校先にマジョラムの生き別れの兄がいるなどとは考えてもみなかったのだろう。

 同じクラスに双子の兄がいることを知ったマジョラムは、運命のいたずらに驚いたものの、いつしかディルの仲の良い友達になっていった。しかし、親友として振る舞いながら、いつも彼女の心の中は自分が妹であることを名乗りたい思いで一杯だった。
 そしてついに6年の夏、父親が学会で留守の夜に、ディルの家で天体望遠鏡で星を見せてもらっていた時、同い年の兄に自分は3歳の時に別れたままの妹であると打ち明けたのだった。

「思っていたほど僕が驚かなかったんで、マジョラムは拍子抜けしてたよ。……いや、僕だってびっくりしたさ。でも、いろいろ考えてみればそれまでに思い当たる節がなかったわけじゃなかった。母は死んだと聞かされてたけど、お墓に行ったこともないし、有名な美容研究家の女性が出てくるたびに父はTVを消してしまうし―――あとでそれが母だって知ったけどね―――マジョラムの話を聞いて、ああ、そうだったのかと思った。そうだったのか、やっぱり母さんは生きてたんだなって」
 カークに体当たりした時に曲がってしまった眼鏡が何度もずり落ちてくるのを指で押し上げながら、ディルは微笑んだ。

「一人っ子のはずなのに屋根裏部屋で見つけたベビー服は二揃いずつだったり、赤ちゃんの頃の写真が一枚もなかったり―――それは父がマジョラムの存在を僕に知られまいとして隠していたんだけど―――僕は細かいことにこだわらないたちだから、それらのことも特に変だとも思わなかった。
 でも、やっぱり心のどこかにそういういろいろな事が引っかかってたんだろうね。母のことや僕に関することで父が隠し事をしているということはうすうす感じていた。だから、マジョラムが妹だと名乗ったことで、パズルの最後のピースがぴたりとはまって全ての謎が解けたんだ」
「マジョラムが妹だと知って、ディルは嬉しかった?」
「もちろん。昨日までの親友が今日からは親友だけじゃなく妹にもなったんだ。僕は躍り上がって喜んだよ」

「それじゃ、なぜ」言いかけてためらい、アメリアは続けた。「なぜマジョラムは荒れるようになったの?」
「……父に会ってからなんだ」
「お父さんに?」
「うん。お互いのことを知るうちに、僕らはそれぞれの会っていない方の親と会いたいと思うようになった。つまり、マジョラムは父と、僕は母と。特にマジョラムは母とうまくいってなかったから、自分を母の元から引き取って、僕と3人で暮らして欲しいと父に頼むつもりだったらしい。だけど父はマジョラムの頼みを断った。父としては母からマジョラムを奪うわけにいかないと考えたんだろうね」
「でも、マジョラムはそうは思わなかった……?」

「うん」当時のことを思い出したのか、ディルの目が遠くなった。「母からも父からも拒絶された。そう思ったんだ。マジョラムは絶望を憎悪に変えて自分にそれを向けた。誰にも愛されない自分自身に……。どんなに僕が言葉を尽くして愛していることをわかってもらおうとしても、マジョラムには伝わらなかった。同い年の兄が注ぐ愛なんかじゃ、とても彼女の渇きを癒すことは出来なかったんだ。
 そして彼女は僕からも離れて行った。苦しむマジョラムを前にして、結局僕は何もしてやれなかった」
 自分の存在がいかにちっぽけであるかを噛みしめるように、ディルは開いた右手を見つめ、それを握りしめた。

「でも、今は違うわ。命がけでディルが守ってくれたのを彼女は知ってるもの。自分が誰かにとってかけがえのない存在だってこと、マジョラムにもわかったと思うわ」
「そうだといいけど」
「絶対そうよ。誰かが自分を愛してくれているって知ったら、悪いことの出来るひとはいないわ」
 アメリアは星空を見上げ、かつて恐怖の帝王と呼ばれ、恐れられた男のことを思った。
 ひとりの少年によって愛を知った男のことを……。
「そうだね。きみの言う通りだ」ディルは力強く答えた。

 ダンスの音楽がスローテンポのワルツに変わった。最後のチークタイムだ。このあと再びアップテンポの曲に変わって花火が上がれば祭はお開きになる。
「夏が終わるわね」
 ディルはおもむろに立ち上がり、はにかみながらアメリアに手を差し出した。
「踊っていただけますか」
「ええ」
 頭でっかちの少年と風に揺れる野の花のような少女は、丘の上でゆっくりと踊り始めた。その遙か上空、神殿の縁から下界をのぞいていたピッコロは、口元に薄く笑みを浮かべてつぶやいた。
「今夜だけだぞ。ぼうず」


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