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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第50章

 ザカーラもヤムチャも自分が持てる最高の力と技を注ぎ込み、相手と対峙していた。初球のインコース低めのストレートは151キロ。満場の観客から溜息がもれる。土壇場に来て、やつはまだこんな力を残しているのだ。ヤムチャは初めて天下一武道会に出場した時のように、武者震いする自分を抑えることが出来なかった。

 第二球、第三球とボールになる変化球を見送り、次の球はど真ん中への156キロのストレート。手が出ない。打てるものなら打ってみろと言わんばかりの球を投げておきながら、相変わらずマウンドの男はポーカーフェイスを崩さない。

 カウントを2−2として、続く第五球は大きく縦に割れるスライダー。ボール半個分外れている。カットしようとして動かしかけたバットをヤムチャは寸前で止めた。主審がボールをコールする。観客がどよめく。
「あっぶねえなあ。よく取ってくれたぜ」一塁上のルティネスが右腕で冷や汗を拭いながらつぶやいた。

 いよいよカウントは2−3。もうあとがない。次の一球で全てが決まる。
 スタンドの観客が大きくうねって見える。ザカーラが捕手のサインにうなずく。
(来る。ストレートだ。最後の一球をやつは剛速球で締めくくるつもりだ)
 球場全体を揺るがす嵐のような歓声はもはやヤムチャの耳には聞こえなかった。

 渾身の力を込めるため、ザカーラがワインドアップモーションから投球に入る。ステップした右足が地面に触れる寸前、もう一度上に跳ね上がってから着地する。恐ろしいまでの下半身のバネと粘りだ。強靱な下半身に支えられ、張り出した後背筋と左腕のひねりが産み出す剛速球は初速と終速の差が小さく、引力の影響で球が沈んでいく落差もほとんどない。
 並の投手の球を打ち慣れた打者にとっては、手元で球が浮き上がって見えることになる。わかっていても打てるものではない。彼に三振に取られる打者のバットが、みな球の下を通って空振りするのはそのためだ。

 ザカーラの動作にシンクロしながらヤムチャのバットが動き始める。投球のタイミングがいつもより遅い。
(しまった! 手にボールを残し、球離れを遅くしてオレの体の崩れを待つつもりか)
 そうはいくか! ヤムチャはぎりぎりまで足を踏ん張り、粘った。
 球筋が見える。ボールの縫い目までがくっきりと見える。体勢を崩しながらもヤムチャのバットはボールを芯でとらえた。
 会心の一撃。

 快音を残し、白球は一直線にレフトスタンド目がけて飛んで行く。そこには彼の最愛の女性が待っているのだ。
「マリーン、オレの想いだ。受け取ってくれ!」
 まるでおさまるべきところを知っているかのように、ボールは大きく弧を描き、マリーンの開いた両掌の中へと落ちて行った。

 走者一掃のダイヤモンドを、勝利を手にした男がゆっくりと回っている。スピードガンは160キロを示していた。自分の腕まで捕手側に引っ張られるような投球時の恐怖感がまだ体に残る。あんな球を投げられるのは、これからの野球人生であと一回あるかないか。
 ザカーラはすがすがしい思いで星空を仰いだ。
「あの体勢であそこまで運ぶか? これだから野球はやめられないね」
 そしてレフトスタンドでボールを両手で握りしめ、立ちつくしているマリーンの方へと首を巡らせてつぶやいた。
「ヒーローにはヒロインが必要だ。脇役は身を引いた方がよさそうだな」

 ベンチを飛び出し、ホームで彼を出迎えた仲間たちにもみくちゃにされて手荒い祝福を受け、劇的なサヨナラ3ランで試合をひっくり返した立て役者としてヒーローインタビューに答えたあと、ヤムチャはようやく解放されて球場の外へ出た。

 駐車場のいつもの場所へ行くと、マリーンがきまり悪げに立っている。彼はカプセルからエアカーを出し、助手席のドアを開けて「乗るかい?」と訊いた。
 マリーンは黙って乗り込んだ。マンションに向かって車を走らせながらヤムチャは口を開いた。
「来てくれないかと思った」
「勉強会だったのよ」
「ああ、そっか……忘れてた」

 ぎこちない雰囲気のままふたりは口をつぐみ、やがて車はマンションに着いた。部屋に入ると、事情を察したプーアルがマリーンにそそくさと挨拶して部屋を出ていった。
「ボク、今ちょうどカプセルコーポに行くとこだったんです。さあてと、ウーロンをカモにしてブルマさんや博士とポーカーでもやってこようっと。徹夜で」

 わざとらしいプーアルの言い訳も耳に入っていないようで、玄関のドアが閉まると、ヤムチャはマリーンを促して居間のソファに腰をおろした。
「コーヒー飲むか」
「……うん」
 台所に立って行ってコーヒーの用意をしながら、ヤムチャはさてどうしたものかと考え込んだ。ふたりの間にあるぎくしゃくした空気は容易に消え去りそうにない。一度食い違ってしまった歯車はもう二度と元へは戻らないのだろうか。


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