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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第34章

 軍曹の用意したバットはどれもバランスをヘッド寄りにした、スィートエリアが小さいものばかりだった。
「よほどのミート技術がないと使いこなせん。きさまには一番使いにくいバットだ」軍曹はせせら笑った。「今日からきさまのバッティング技術をこのバットに合わせて改造していく」
「改造!?」今度はヤムチャがせせら笑う番だった。「オレは自分のフォームをいじる必要があるとは思えませんがね」

 軍曹は返答の代わりに棚にあった写真を数枚、ヤムチャの足元に投げて寄越した。
「見ろ」
 どれもこれもヤムチャの打撃フォームが写っていた。全部同じ写真だ。目だけで問いかけると、「順を追って比べてみるんだな」と、軍曹は言った。

 言われた通りにヤムチャはしゃがみこんでそれらを床に広げてみた。日付が隅に打たれている。よく見るとすべて同じ写真ではなく、別々の日に同じ角度から撮った写真なのだった。
 北都ポーラスターズ戦で乱闘する前日の8月6日、南都トロピカルズ戦の15日、東都サンライズ戦で大活躍した17日、一転して不調に終わった18日。そうさ、それがどうしたってんだ。

「わからんか。ケッ、まったく」
 軍曹は舌打ちをひとつすると、やれやれというように頭を振って見せた。
「もともときさまのフォームは人間工学をまるで無視した、ブンブン振り回すだけのちっとも美しくねえフォームだった。それでも今まではバカ力で飛ばすことが出来たもんだから、打撃コーチも敢えてフォームをいじろうとはしなかった。ところがどっこい、いつかは無理が来て破綻する運命だったってわけだ」

 彼はかついでいたバットを降ろすと、写真に写ったヤムチャの顔、肩、肘をその先で順に突いて示した。
「あ」と、思わずヤムチャの口から声がもれた。日を追うにつれ、だんだんと投手に対する顔の角度、肩の入り具合が微妙にズレてきているのに気づく。フォームが崩れてきているのだ。

「新聞社のカメラマンはいつも同じ場所、同じアングルで写真を撮る。だからこうして日付順に並べて比べてみると、フォームの狂いが一目瞭然というわけだ」
 ヤムチャは出来の悪い答案を前に教師にしぼられている生徒のように、うなだれて床に置いた写真を見下ろしていた。一番最後、つまりストーカー男に刺され、散々だった日の日付が目にぼんやりと映っている。

「きさまのようなヤツにタイタンズの優勝を左右する力があるというのも情けない話だが、事実だから仕方がない。わかっていて知らん顔しているわけにもいかねえからな。オレはきさまのフォームの狂いを監督に進言した」
 驚いて顔を上げたヤムチャを、傲然と見下ろしながら軍曹は続けた。
「監督はすでに気づいていた。18日のサンライズ戦でのきさまの打席を見て、放っておけばこれから本格的に下降線をたどりそうだと悟り、慌ててオレにきさまの大改造を命じたってわけだ。監督はどう転んでも一旦はきさまをファームに落とすつもりだったのさ。もっとも、次のトロピカル戦でもう少し様子を見てからと算段していたところを、門限破りなんてケチなマネをきさまがしでかしたせいで、それが少しばかり早まった」

(ほっとけばこれからオレがどんどん不調になって行くって? ――――そりゃあ18日はボロボロだったさ。だけどあれはたまたま調子が悪かっただけで、その前日には同じチーム相手にサイクルヒットまでやってのけてるんだぜ。そんなこと信じられるかってんだ)

 反抗的な面もちで黙り込んだヤムチャに、軍曹は勝ち誇ったように言った。
「納得できねえってツラだな。17日の大活躍があるからか? ケッ、あんなことはままあるこった。あの時のきさまはただ単に運がよかった。それに相手のピッチャーは肩を壊していたからな。今頃やっこさんはサンライズのファームで調整中だ」

 ヤムチャは半信半疑で顔を上げて軍曹をまともに見た。確かに18日の打席では前日とは別人のように、自分でもどこか淡泊になっていたことに思い当たったのだ。雑になっていたと言ってもいい。それがこれから始まる絶不調の予兆だったというのか。
「やっとわかったようだな。じゃ、新しいバットを持ってグラウンドに来い」


 軍曹がまずやったことは、グラウンドに散らばって練習している選手の中から投手を―――それもコントロールのいいことでは結構有名な投手ばかりを―――5人ばかり呼び集めたことだった。
「きさまら、これから試合のつもりでこいつに向かって投げてみろ」
 かついだバットで相変わらずトントンと気だるそうに肩を叩きながら、軍曹はヤムチャの方を顎でしゃくって見せた。

 集められた投手たちはいつもの役割に慣れているのか、入れ替わり立ち替わり、直球変化球を取り混ぜ、テンポよく次々と投げてくる。
(これが軍曹お得意の地獄のシゴキってやつか。……へっ、ちょろいもんだぜ。オレは今まで武道では血を吐くほどの特訓を重ねて来たんだ。これくらい、屁でもないさ)

 しかし、初めてから何時間かが過ぎ、投手たちそれぞれに疲れが見えだした頃になっても、軍曹は特訓をやめようとはしなかった。日はとっぷりと暮れ、グラウンドにはライトが灯っている。他の選手やコーチ、監督たちはとうに宿舎に戻っていた。みんなはもう夕食を終え、それぞれに部屋でくつろいでいる頃だろう。

 ひとりで5人を相手にしているヤムチャの疲労は投手たちの比ではなかった。顔は無表情のまま張りついたようになり、来た球に対して自動人形のようにバットを振り返すのがやっとだ。
 軍曹はニヤリと笑ってつぶやいた。
「お楽しみはこれからだ」


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