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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第42章

 体育館の舞台では白いスーツに大きな金色の蝶ネクタイをしめた男子生徒が急なプログラムの変更にも動じず、愛嬌たっぷりにクイズの司会を務めていた。彼の横には方々からかき集められた4人のにわか解答者が、ちょっと緊張しながらそれぞれパイプ椅子に座っている。みんな胸に番号を書いたバッジをつけさせられている。

 1番をつけているのは地元住民から選ばれた老紳士。客席から孫なのか「おじいちゃん、がんばって」と、あどけない声が飛んだとたん、眼鏡の奥の目を細めて相好を崩している。
 2番は色黒で黒髪をショートヘアにした押しの強そうな中年女性で、司会者が何かきくたびにガハハハと笑うのが客席に強烈な印象を与えていた。
 その右隣の3番は全校一の秀才と誉れ高い3年の男子生徒。
 そして4番目は保健室の主である養護教諭の女性。面倒見のいいところを見込まれて引っ張り出されたらしい。

「連れて来たわよっ。最後のひとり」
 ミントは舞台袖で見守っている委員たちの間をすり抜けながらピッコロを引っ張り込み、そのまま放り出すようにして舞台へと彼を押し出した。
「ああ、最後の解答者が登場されたようです」
 5人目の解答者を委員が探してくるまでの間、場をつなげるため、4人の解答者たちにあれこれ話しかけたりして時間をかせいでいた司会者は、ほっとしたように顔を上げた。憮然とした表情のピッコロをひとつあいている椅子に強引に座らせるやいなや、司会者はロスタイムを取り戻そうとでもいうように、堰を切ったように話しかけてきた。

「かなりリキの入った扮装ですね。手間がかかったでしょう。さて、悪の化身のコスプレをしたあなた、お名前は?」
 ピッコロはそっぽを向き、面倒そうに答えた。「ピッコロ大魔王」
 司会者は「おおぅ」と大仰に天を仰いで片手で額を押さえておどけてみせ、客席が笑い声でどよめいた。
「できれば本名をうかがいたかったんですが……まあいいでしょう。お茶目なあなたはピッコロ大魔王さんということにしておきましょう」
 何がしておきましょう、だ。これがオレの本名だ。文句あるか。
 ピッコロは小さく舌打ちした。まったく、アメリアのためでもなければ誰がこんな茶番に喜んで出たりするものか。

 解答者が5人揃ったところでいよいよ問題が提示された。第一問「現国王が即位されたのはエイジ何年か?」、第二問「カプセルコーポの発明品のうち最も世界に流通しているものは?」の問いはどちらも3番の秀才が自信に満ちて即答した。正解のチャイムが鳴ると、彼は色白の顔をわずかに紅潮させ、得意げに鼻の穴をふくらませながら前髪を何度もかき上げた。ピッコロを除く他の解答者からは残念そうな声がもれる。

 その間、ピッコロは目を閉じ、両腕を胸の前で組んで椅子に座ったまま微動だにしない。もと地球の神でもあった彼にとって、その程度の問題はまともに答えるのもバカバカしいくらい平易だった。この後に続く問題もこの程度のものなら、彼は文句なしに優勝できるだろう。が、ここでムキになって老人やおばさんやガキと張り合うのは彼の美意識が許さない。

 このくだらないお遊びが終わるのと自分の忍耐が悲鳴を上げるのとではどちらが先か――そうピッコロが考えていた時、客席の中から澄んだ声がとんできた。
「ピッコロさん、どうしたの。頑張って!」
 目を開けて声の主を確認するまでもない。アメリアだ。彼女の声につられてあちこちから笑いを含んだ声が同調した。
「そうだ、まじめにやれ! ピッコロ大魔王」
「一問くらい答えてみろ、ピッコロ大魔王」
(面白がって連呼しやがって。気安くオレの名を呼ぶな!)

 ピッコロはいまさらながら夏祭りに来てやるなどと口を滑らせた自分を呪った。そのあと、彼の戦法は徹底して参加を拒否する態度から、適当に問題に答え、適当に口をつぐむ方法へと変わった。その方が目立たないと思ったからだ。
 舞台の上の解答者たちは各人各様に健闘していた。1番の老人は何度も答を間違えては客席の孫に叱咤されて頭を掻き、2番の中年女性は答のボタンを押しそびれても答を間違えても豪快なガハハ笑いでごまかし、3番の秀才は余裕しゃくしゃくで椅子の上にふんぞり返り、4番の養護教諭はおっとり構えて雰囲気を楽しんでいた。

 そんな中でピッコロはミスをしない分、いつのまにか着実に得点を伸ばし、自分の意志とは裏腹にトップの秀才まであと少しというところまで追い上げていた。
「やるじゃない、あんたの彼」客席でアメリアと肩を並べていたミントが感心して言った。「でも、ラストの問題はかなり難しいんじゃないかなあ」
「ラストの問題?」
 ミントは今まさに舞台の上に運びこまれようとしているテーブルの上に乗ったいくつかの紙コップを指さしながら言った。
「あれよ。ミネラルウォーターの原産地当てクイズ」

 準備が整い、司会者がルールを説明した。解答者は自分の前のテーブルに置かれた5つの紙コップからそれぞれ水を飲み、それが「A:水道水」「B:ジングル村の名水」「C:パパイヤ島のおいしい水」「D:ヤッホイの幻の水」「E:キウイ山の湧き水」のいずれであるかを紙に書いて答える。
「くだらん……」
 そう言いながらも、椅子を蹴って舞台を降りるという大人気ないまねはピッコロには出来ない。不承不承ながらも参加してしまった以上、義理堅い彼は最後まで自分の役目を果たすつもりでいた。

 気乗りしない表情で一番端の紙コップを手に取ると、やけくそのように中の水を口に含む。そのとたん、真剣な表情が彼の顔をよぎった。
「む……。豊潤にしておおらかな味わいの中にかすかに潮の香りがする。これは海の近くでとれた水だ。Cだな」
 次にその隣の水。
「クリスタルガラスのような清冽な輝きがくっきりと姿を描きつつ消えてゆく後味……。峻烈な山岳地帯の水に違いない。Eだ」
 次の水は匂いを嗅いだだけでやめた。
「ふん。カルキ臭い」

 こうして次々とうんちくを傾けながら彼は紙コップの水を試していき、すらすらと紙に答えを書いた。全部書き終えると椅子に戻り、またむっつりとした顔で腕組みをする。他の解答者はまだ紙コップ片手に首を傾げ、悪戦苦闘を続けている。
「鈍いやつらめ。なぜわからんのだ」ピッコロは独語した。
 やがて時間が来て、答えがわかった者もわからない者も席につかされた。それぞれの解答を記した紙を手に司会者はもったいぶって会場を見回し、宣言した。
「優勝者は―――土壇場で大逆転、ラストの超難問に全問正解したピッコロ大魔王さんです!」
 客席でアメリアが隣の少女と抱き合って喜んでいるのが見える。ピッコロは喜びの声を聞こうとする司会者を無視して舞台を降りようとした。
「あ、ちょっとお待ち下さい。優勝賞品をお渡しします」
 そんなものはいらん―――と断ろうとして振り返ったピッコロの目に飛び込んできたのは、「パオズ山の名水」1ケースだった。
 この瞬間、ピッコロの頬がちょっぴり緩んだことは誰も知らない。


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