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Cool Cool Dandy2  〜Summer Night Festival〜

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第15章

 ジュース、かき氷、焼きとうもろこし、お好み焼き、ヨーヨー釣り、射的……。
 火曜日の昼下がり、ケヤキの木の下でピッコロはトランプの札のようにチケットを広げて見た。色とりどりの画用紙にかわいいイラストと一緒に丸い字で刷ってある。
(ピッコロさんからお金は取れないわ。これはわたしのおごりよ。大出費だったんだから! だから絶対来てね)
 頬を紅潮させ、目をきらきら輝かせていたアメリアの顔が浮かんでくる。
 しかし……。

(オレが……かつて恐怖の帝王と呼ばれたこのオレが……!)
 頭を抱えて呻いていたピッコロは、庭園へ薬草を採りに行こうとするデンデに気づいて呼び止めた。
「デンデ、こういうのはどうだ。おまえがポポに肩車をしてもらって、その上からオレの服を着て夏祭りに行く。どうせ同じような顔だ。暗いところではわからん」
「本気で言ってるんですか!? ピッコロさん」
 デンデの剣幕に押され、ピッコロは急いで言った。
「じょ、冗談だ」
「まったくもう……往生際が悪いんだから。アメリアさんがかわいそうですよ。あんなに喜んでいたのに」
「地球人というのはなぜこんな訳のわからんことをやりたがるのだ」
 デンデは無邪気に笑って言った。
「楽しそうじゃないですか。ナメック星のお祭りは水と風の神様に感謝を捧げる宗教的な意味合いが強いですからね。地球のお祭りがどんなものなのか、神として興味があります。しっかり観察して後で報告して下さいね」
 厳しい注文にピッコロがげんなりした顔で応えていると、ヤムチャがふらりと舞い降りて来た。ここから球場に直行するつもりなのか、手には大きなバッグとバットケースを下げている。
「よお」
「ヤムチャさん、なんだか元気がありませんね」
「ちょっとな。精神統一しようと思って来たんだ。ここは環境が抜群だからな」

 はあ、と溜息をひとつついてヤムチャはピッコロの横に座り込んだ。
「たま〜に、ごくたま〜にだけど、恋愛なんてしなくていい気楽なおまえらが羨ましくなる時があるぜ」
「ついにマリーンさんにも振られたんですか!?」デンデが目を丸くして叫んだ。
「振られてないって! 縁起でもないこと言うなよな」
「すみません」
 ピッコロはフンと鼻を鳴らした。
「どうせくだらん悩みだろう。だから恋愛などというものにうつつを抜かしている暇があったら、修行に励めと言うんだ」
「うるさいぞ、ピッコロ。悔しかったらおまえもモテ過ぎる悩みってのを味わってみやがれってんだ。アメリアが心変わりしてみろ、おまえを好きになってくれる物好きな女の子なんてこんりんざい現れないぜ」
 軽い憎まれ口にピッコロはピクッと顔をこわばらせた。
(あれ……? なんだ、マリーンの言った通りだ。効果絶大だったわけか)
 ヤムチャはこみ上げてくる笑いを噛み殺した。
「きさまの無駄口につき合っているほどオレは暇じゃないんだ」
 いまいましそうに捨てゼリフを吐くと、ピッコロは神殿の中へ消えた。


 ヤムチャはピッコロがいつもやるように空中に浮かんで座禅を組んだ。心を無にしようとしても、きのうの出来事が次々に浮かんでくる。
 アロマのことをどうしたものだろうか。彼女は今、同僚の家を転々としているという。ストーカー男に自宅を突き止められてしまったからだ。彼女を殺して自分も死ぬと言うほど思い詰めているという男の話は、まんざらヤムチャの気を引くための作り話とも思えない。警察に訴えても、実際に危害を加えられたわけではないので、これと言って打つ手もないようだ。
 男が凶行に及ぶ前にとっつかまえて、これ以上アロマにつきまとわないよう説得するか? 口で言って聞くような相手ではないだろうが、かと言って腕に物を言わせて“説得”するのは立場上まずい。

 チームは今、首位の北都ポーラスターズを3.5ゲーム差で追いかけているのだ。すぐ後には東都サンライズが0.5差でぴったりつけてきている。優勝争いの大事な時期に、主砲である自分が暴力沙汰で出場停止にでもなればチームに迷惑がかかる。
 それに何よりも気になるのはアロマの態度だ。どうやらこれを機にヤムチャとよりを戻そうと思っているらしい。オレにはマリーンという恋人がいるんだと、きっぱり言っても笑って取り合わない。
―――あなたを全て自分のものにしようなんて思ってないわ。たとえ恋人がいても構わないの。
 自分もその内の一人に加えてくれということか。だからと言ってハイそうですかというわけにもいかない。
 マリーンの気持ちも気になる。ここはやっぱり早いうちにストーカー男を何とかして、アロマの件に決着をつけねばなるまい。

 午後2時。球場入りの時間だ。ヤムチャは地面に降り、バッグとバットケースを拾い上げた。下界を見下ろしていたデンデが、「これから試合ですか、ヤムチャさん」と言いながらこちらへやって来る。
「ああ。東都サンライズと今日から3連戦だ。ここらで突き放しておかないとな。北都ポーラスターズと中都ロイヤルズの試合も西の都であるんだぜ。こっちは西都ドームの方だけど。少しでもポーラスターズに追いつきたいところだが、あっちはあのザカーラが投げるから、多分無理だろうなあ」
「いろいろややこしいんですね、プロ野球って。頑張って下さいね、ヤムチャさん」
「おう。じゃな」
 ヤムチャは片手を上げ、西都スタジアムへ向けて飛んで行った。


 人目を避け、駐車場横にある公園の植え込みの陰に降り、そこから何くわぬ顔で球場へ向かう。グラウンドへ出るチームメイトとすれ違いながら挨拶を交わしてロッカールームへ行くと、奥の方でルティネスがたったひとり大きな背中をこちらに向けて何かやっている。
「おっす、ルティ。何やってんだ」
 何気なく声をかけると、ルティネスは怯えたように振り返った。その拍子に手からサポーターが床に滑り落ちた。
「おい、この腕は何だ!?」
 ヤムチャはとっさに覆い隠そうとする彼の右手をつかんだ。左肘が赤黒く腫れ上がっている。

「ルティ、おまえ、このひじ―――」ヤムチャはハッと気づいて叫んだ。「あの時のか!? ザカーラにデッドボールをくらった時の。あの後、山寺でオレと一緒に修行してる時も平気な顔してたけど……折れてたのか? なんでちゃんと治療しない? トレーナーは知ってるのか!?」
「ぴーぴーうるせえ野郎だな。外のやつらに聞こえるだろうが」
 ヤムチャの手を振りほどきながら、ルティネスは唇の端を歪めて笑った。
「治療だと? ちゃんとやってるさ。ただしベンチには極秘にな。きっちりテーピングしてサポーターで隠して痛み止めを打ちゃあ試合には出られる」

 ヤムチャは唸った。
「呆れた男だな。そんな無茶しやがって。なあ、あとのことはオレたちに任せて少し休んで治療に専念しろよ。今季の成績くらいどうだっていいじゃないか。選手生命を縮めるようなことはするなよ」
「どうでもいいだと? オレの肩には一族の生活がかかってるんだ。おまえみたいに遊び半分で野球をやってるやつとは違うんだよ!」
 いつも冗談ばかり言っている陽気なルティネスとは思えない言葉だった。ヤムチャは思わず言葉を呑んだ。顔をしかめてテーピングをしながらルティネスはつぶやいた。
「おふくろが倒れた」
「おふくろさんが?」
「でもオレは帰るわけにはいかない。……オレの目標を教えてやろうか? タイタンズの4番を打つことだ。クリーンアップを打っているからそれで満足だなんてオレは思わねえ」
 サポーターをはめ、ルティネスは正面からヤムチャを見据えた。
「いつかおまえがいる4番の場所をオレが取ってやる」
 生唾を呑んだまま、ヤムチャはそこを動けなかった。ルティネスはふっと表情を緩め、すれ違いざまに彼の肩をポンと叩いて言った。
「そういうことさ。チームメイトと言ってもライバルなんだ。それがプロってもんだ」
 彼が出ていった後もヤムチャは呆然とそこに立ちつくしていた。

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