◇ 水曜日。3月末日。今年度も、今日で終了。明日から新年度。
Y君から電話で、外尾先生のご逝去の連絡を受けなかったと、お叱りを受けた。中心になっている方々が、目配りできなかったのだろうが、現地でもないので、役割を果たさなかったかなと、反省。関係者に連絡しようと、東京のS君に電話するも、出なかった。(3/31)
◇ 火曜日。次女は、忙しくしなければならない仕事で、回っている。4月1日からの勤務なので、その前に済ませておく必要がある。
就寝する前に、メールチェックをしていて、東北社会法研究会通信を受信。東北大の蒿先生からの研究会メンバーに対する通信。今朝、外尾先生がご逝去されたとのお知らせ。ご高齢(97歳か?)なのだが、お元気だったが、2年前に倒れられて、病院―施設で過ごされ、最近、ご自宅に戻られていた。丁度、運悪く、私自身も心臓バイパス手術だったので、お見舞いにも行けなかった。その時の事情は、養女の裕子さんに連絡はしましたが、結局、一度も会えなかった。大学・大学院の恩師であるとともに、その後の研究生活でも、また私的生活(御仲人さんをしてもらった)でも、お世話になった。55年以上になると思う。研究上での恩返しも出来ず、猛省をしている。今の生活あるは、外尾先生のお陰なくして存在しない。家族でのドイツでの生活の際も、今は亡き奥様とともに、自宅まで立ち寄ってくれた。不肖の弟子で、いつまでも心配かけてしまった。本当に有難うございました。10年上の伊藤さんも今は亡く、同級の砂山君も早逝した。指導を受けた研究仲間で、集まりたいところだが、先生よりも早く亡くなってしまった。研究はもちろんだが、人生の恩師でもあった。いつまでも長生きしてほしかったが・・・。
仙台で、4月2日にお通夜、3日にお葬式という。3日は全国研究集会の基調講演(その準備で悪戦苦闘しているが)のため難しいが、お通夜に行けないかと考えている。新型コロナウィルスのため、短時間、かつ無理をしないでとのこと。コロナの終息後、1年あとくらいに、みやぎ生協主催で、偲ぶ会も予定されているが。本当に悲しい。(3/30)<57677>
◇ 月曜日。次女が支所、運転免許センターで、いろいろと転入の手続。
午前中は、高校野球で、仙台育英を観戦。期待していたが、天理に10対3で敗北。途中で観るのをやめた。
午後、妻の会合参加への送迎。次女の車検のために、ディーラーに付き合う。
夕方は、女川の今後のシンポジウムをzoomで拝聴。女川のリーダーと真山仁氏の討論。新しい段階なのか、焦点が理解できなかった。次世代に何を伝えるか、「関係人口」拡大が論点か。(3/29)<57658>
◇ 日曜日。3月も残すところ3日となった。明日の月曜日から、ラジオの英語講座(ラジオ英会話)も新年度番組。2021年度の開始である。それにしても、月日の速度は速い。
午前中、zoomによるオンラインでの「松川資料ユネスコ世界記憶遺産登録を推進する会」の総会。高齢者も多く、心配していたが、何とかホストの役割を演じることができた。首都圏の方々は、高齢者でも機会が多いのか、慣れている感じ。地元・福島は、初歩的なところ、また機械の点でも困難かな。やはり、積極的に利用しないと、情報に遅れそう。やはり、対面式がいいが、時には、省力化して運営をスムーズにする必要がありそう。「YouTube」の利用も、提案されたが、ハードルが高かったが、チャレンジする必要があろう。傍に若い人がいないことを嘆いていたが、しばらくは次女が同居するので、いろいろ相談してみよう。
次女は、膨大な引っ越し荷物の整理でヘトヘト。合間を見て、あづま運動場の「ささき牛乳」で販売はじめた自家製食パンを買ってきた。昼食でいただく。土日だけの販売なので、偶にしか食べられないだろう。
午後は、リサイクルの搬出、買い物の補助を挟んで、NHKーBSでの楽天対日本ハムの中継を見る。昨日の田中の出場見合わせは、期待していただけに残念。昨日は敗北したが、今日はルーキー・早川の好投で、5対0で勝利。捕手の太田、野手の辰巳、そして浅村・茂木の活躍で勝利。2勝1敗だが、この調子を次の試合へ期待。野球中継は、長々しいが、やはり好きだな。ハラハラドキドキしても。並行して、大相撲千秋楽。結局、照ノ富士が、貴景勝を破り、12勝3敗で優勝。怪我で大関から序二段まで陥落したが、戻ってきた。来場所は大関確実。それとともに、福島市出身の若隆景(わかたかかげ)が、10勝5敗。技能賞を受賞。来番所の三役昇進を期待。やはり郷土出身力士の活躍は嬉しい。
やり残した仕事、明日から急ピッチで。(3/28)<57640>
◇ 土曜日。次女が女川から福島に帰ってきた。女川の7年間に及ぶ小児科医としての勤務を終え、4月から福島の病院で働く。私が女川の出身だということで、津波で伯母(私の姉)や従姉等を失ったことに大きな衝撃を受けていた。塩竃の長女は、震災直後から女川での支援に賭け参じたが、次女は弘前の大学及び病院等で勤務していたので、支援に行けず地団駄踏んだようだ。大学の系列ではなく、全くの飛び込みであり、心配したが7年も長きにわたって勤務できたことは、地元の皆さんや病院関係者の大きな支援があったからだろう。知人の医師から、若い時代は、もっと研究できる場に身を置くべきとのサジェスチョンもいただいたが、何とか7年過ごすことができた。病児・病後児保育(「じょっこ」)も、苦労しながら起ち上げたこと、幾ばくかの地域への貢献ができたのではなかろうか。この経験を大切にして、さらに新天地で働いてほしい。
老人施設に長く入っていた隣のOさんの奥さん(88歳)が昨夜亡くなり、娘さん二人で挨拶に見えられた。お世話になった隣近所の4軒で、ご自宅に線香をあげにいく。一昨年の5月にご主人が亡くなり、同じメンバーで訪ねたことを思い出す。数少ない町内会、また一人亡くなり、寂しい。ご冥福をお祈りしたい。
zoomでの研究会で、田嶋康利氏から、労働者協同組合法についての講義を聞く。途中までで失礼したが、もっと深く勉強したいと思う。土曜の夜のテレビ映画は、「家族はつらいよ」。「男はつらいよ」、「東京家族」に続いて、山田映画の魅力を強く感じた。(3/27)<57625>
◇ 木曜日。春休みのせいか、テレビNHKBSで、9時からの映画を観てしまった。山田洋次監督の『おとうと』。吉永小百合が姉、鶴瓶がおとうと。以前観たときと異なり、吉永の演技より、鶴瓶の演技に集中してしまう。何か、姉と弟、涙ながら、自分を重ねて見てしまう。妻に、何とか食えるようになったのは、嫁さんのせいだなと本音をポロリ。いやいやと、否定はされなかったから、確信。姉に対する緊張と甘え、死んだ姉に対するものと、他人事ではない感じ。自分が映っていると錯覚(笑)。
午後、労働者学習協の雑誌輪読会。日曜日の松川資料の世界遺産登録推進の会の総会をzoomでやるというので、その打ち合わせ。若い人がいれば、技術的なことは若い人に依存するのだが、高齢者集団では、私がやらざるを得ない。少し、不確かな所もあるのだが。
プロ野球も公式戦は明日から開始、今日はオープン戦。楽天は、ヤクルトに勝つ。3連勝。ひょっとするとと夢を見せてくれるかも。高校野球は2回戦に入り、仙台育英が2回戦を突破。夜のサッカーの日韓戦。3対0の大勝。オリンピックの聖火リレーが始まる。福島の復興は、まだまだ。少し、気持ちと実態が合わない。とにかくオリンピックを実施するなら、最大限の安全で。(3/25)<57591>
◇ 仙台の墓参りの後、京都の義弟がわが家を訪ねてくれた。仙台からの新幹線で、福島着が14時30分。福島駅まで迎えに行き、わが家で暫し歓談。みんなマスクでの会話。格安の航空券は、仙台までの往復で8000円という価格らしい。飯坂の土地を見て、宿泊予約の旅館に送り届ける。宮城のコロナ感染が急速に拡大しているので、気を使う。
神戸秀彦先生から献本の本が届く。『福島第一原発事故後の民事訴訟 ー 原発の再稼働差し止めと原発被害の賠償・原状回復』(法律文化社)。270頁の大著書。大学(関西学院大学)からの補助があるようだが、5900円と高価なので、なかなかペイするのは難しいだろうか。大学が、積極的に資金援助するのは好ましい。福島大学で、一緒に教育研究していた先生方が、福島の復興に向けて、学術研究を公にするのは嬉しい。勉強をさせてもらうことにする。(3/24)<57575>
◇ また3日日記となった。
21日(日)特になし。明日の「原発と人権」研究集会の実行委員会が気掛り。安易に、基調講演の第一講演を引き受けてしまった。25分という短時間だが、4人の基調講演のトップバッター。そのレジュメの締め切りが20日。パワーポイントは作り始めたが、なかなか進まない。10年になった福島の課題なのだが、言い尽くされており、何か独自の調査を行っていないので、オリジナル性はない。名前が「inふくしま」なので、歓迎と現状を簡単にと思っていたので、安易に引き受けてしまった。錚々たる3人の方とは見劣りがする。
22日(月)の実行委員会は、参加していること自体憂鬱。12人中4人が出てきただけと、変な話だがホッとしたが、あまりみっともないことはできない。就寝してからも、色々考えては起きて、睡眠不足。気が小さいのだな。誠意を示すしかない。
今日は23日(火)。何とか、必死にやってしまおうと思ったが、中学校進学の孫娘に何かと、一番下の孫の誕生日ということもあり、午前中の往復ということで、天気も良いし、塩釜まで。肝腎の2番目の孫娘は、両親とともに進学する中学の説明会に行っており、長女と愛犬のみががいただけ。楽しく小時間だが話して、30分ほどで帰路。午後から、必死にレジュメ作成、明日の朝には出せるかな。実力ない者は、背伸びしてもしょうがない。パワーポイントは、もう少し時間をかけて、4月3日当日を待とう。
そもそも、お彼岸に、女川まで墓参りに行こうと思っていたが、21日は雨だから23日に延期。その後、宮城は感染が大変なので、それも中止。こちらはレジュメ作成の宿題もあったが。しかし、朝に、24日に義弟が仙台まで墓参りに来て、飯坂温泉に泊まるらしいので、近くの者が墓参りに行かないのは少し恥ずかしくなったのかな。まあ、睡眠不足でも、快適なドライブだったが。
勉強不足なので仕方がないが、それでも恥をかきながらの勉強であろう。実力の不足を露呈。まあ、恥をかかない気楽な立場になりたいが、成長が止まると思って。レジュメだしてから、少し、足掻いてみよう。(3/23)<57556>
◇ あっという間に5日が過ぎた。気にはなっているが、翌日の準備等で、余り夜更かしは悪いと、ついついサボってしまう。
16日(火)の第177回ふくしま復興支援フォーラムは、東京新聞の片山夏子さんの廃炉労働者の実態等の報告。数々の賞を受けている著書を出している。ほぼ100人の参加希望者で、実際の参加者は77名。意見・感想も33名とぼう大。
17日(水)は、私の実母の命日。1967年3月17日だから、マル54年になるのか。当時の私の年齢は22歳、母親は48歳。午前中は、福島県国際課が主管している、国際化に向けた新しい方針の検討会。私は協会の理事長なので、有識者の一人として参加。結局、zoomでオンラインの検討会。かねて取材を受けていた私に関する記事(災後を生きるシリーズ、17日は女川中心、18日は福島中心)が河北新報に出た。早速、仙台の小田中先生から、津波で姉が亡くなったことを初めて知ったと丁寧なお葉書をいただいた。女川の知人がFBで紹介、東北研究会のニュースで、また仙台一高の同期同窓会でのメールでの紹介。ちょっと恥ずかしくなる。福島のSさんは、元同僚などにお知らせ。穴にでも入りたい。
18日(木)、勤通大のチューターとして、教科書の「未来社会」をまとめて話す。改めて読み直すと、最近は色々と発展している。勉強にはなる。夕方、非正規労働者に関する講演(オンライン)。伍賀先生の話。厳密な統計分析。
19日(金)は、孫娘の小学校の卒業式。現地の出来事をラインで中継(?)。午後から、対面式で国際交流協会の理事会に参加。対面式は珍しい。いろいろ議論が沸騰し、少々疲労気味。
今日は、午前中は、妻の会合への送迎。2往復するが、その合間に帰ってくるが、忙しい。4月3日の原発と人権のシンポジウムの基調講演のレジュメ提出日。いろいろ考えるが、まだ途中。何とか、月曜日の実行委員会まで作ろう。午後6時過ぎ、大きな地震。宮城県震度5強。女川・塩竃が心配。津波の注意報。次女が、たまたま買い物に出かけた時で、車で高台で様子見等。事情が分からないので心配したが、携帯電話も通じていたので、何とか、自宅に戻れた。津波注意報も解除された。久しぶりにハッとして、結果的には良かったが、慌てないように話し合っておく必要がある。といっても、いつ、どういう形で来るか分からないので、慌てないで冷静に対処するということかな。(3/20)<57486>
◇ 今日は例年、所得税の確定申告の日だが、今年はコロナウィルスの感染拡大防止のため、1か月延期、4月15日になった。遅くなれば遅くなるで、また、こちらの準備も遅くなる。それにしても、年度末の忙しい時期を避けてくれて有り難い。
長女らは、次女の引っ越し荷物の関係で、女川に行った。墓参りも。しばらくぶりの女川の変化に驚いていたようで、何度か電話をかけてきた。我々は、21日の予定を組んでいるが、雨模様で、火曜日あたりに延ばそうということになった。まあ、退院後の長距離運転で、往復だから疲れないように。
行事予定表を見間違えていたが、午後に、全国シンポのリハーサル。リモートだと、自分の机の前なので、ちょっと妙な感じ。先日の東京の鶴舞図書館の講演会は、リモートだが、2人の知り合いが申込み、1人は実際に聴講したようだ。相手が誰だかわからないので、少々、事後的に赤面となる。
明日の夕方は、177回のフォーラム。既に95人の希望者が出ている。今日の締め切りだが、100人超えたら、どうなるんだろう。10人ほどは休む人が出てくるのが通例だが。(3/15)<57359>
◇ 予定のない土日が、あっという間に過ぎました。震災10年のテレビの放送が続いています。震災関連死、原発事故のドキュメンタリー報道など、深刻な事実がまとめられています。フェースブックでも、10年前の震災当日の逼迫した行動記録をゼミ卒業生が書いていました。また、山村に避難して、情報の入らない環境で、書いた遺書を、10年目にして公開しているかたもいます。同じ時期を過ごしましたが、私たちの環境は、まだ命の危機を感ずるような状況ではなかった。それでも客観的には、危険な状況でした。今考えなおしてゾッとすることがあります。全国シンポの基調報告の内容がまだ固まっていませんが、何か、心から吐き出せるものにしたいとは思いますが、容易ではありません。当面は、レジュメの提出、頑張りましょう。
東京で働いているゼミ卒業生MKさんが、実家の仙台に帰る際にメッセージを寄せてくれた。私のやってる震災関連フォーラムとの接点もあるので、フォーラムの案内を送ることにした。卒業生が参加してくれると、zoomなので、顔も見れるかもしれない。もっと気楽に、卒業生たちと、雑談ができるといいのだが・・・(3/14)<57346>
◇ 金曜日。午前中は、第13回トラック輸送における取引環境・労働時間改善福島県協議会に参加。国交省(運輸局)と厚労省のジョイントの協議会。発荷主側、着荷主側、運送業者、その他経済団体及び労組関係も参加しての、トラック運転手の労働時間短縮のための協議の機関。座長として、司会をする役目で参加しているが、運輸業界の実情の勉強の場である。(3/12)<57294>
◇ 木曜日。2021年3月11日。東日本大震災の2011年3月11日から10年。朝からテレビは、震災特集です。女川の5人の親戚を亡くして、10年かと。しかし、実姉、義姉、姪の3人は、未だに見つからず行方不明。一縷の望みといえばウソになるが、遺体が確認できないと、まだ信じがたい気持ちが続いている。最近、東松島市で、60代の女性の遺体が見つかったということを聞くと、そんな可能性はあるのだろうかという思いも消すことはできない。
女川は津波の犠牲だが、福島県は、原発被災による避難等で、直接死ではなく関連死も多い。広域的避難・長期的避難の過酷さに心が痛む。
午後から、福島県国際交流協会理事長として、福島県の慰霊祭に呼ばれた。「東日本大震災追悼復興祈念式」である。最初に国主催の「東日本大震災十周年追悼式」のビデオ中継。内閣総理大臣式辞、天皇陛下おことばの終了後、福島会場の祈念式。福島県知事の式辞からはじまり、追悼の辞、ご遺族代表のことば、代表者献花、献唱(福大附属小学校合唱部)、誓いのことば(高校生)、知事のメッセージで終了。終了後、献花をしてきた。参加したのは、初めて。
新潟の松井克浩さんから「原発避難と再生への模索」(東信堂)の新著を送って頂いた。17年ほどの後輩なので、若い。福島からの新潟への避難者についての克明な調査と分析。女川で、子ども時代から高校生時代へと育った人なので、とくに嬉しい。更に頑張って欲しい。私は、熟読玩味して、福島の課題解決に役立たせてもらおう。(3/11)<57279>
◇ 水曜日。今日は7週間ぶりの通院。今日の検査の結果が、揃っていなかったので、ちょっと不明ですが、気になるところは、とくに改善も、悪くもなっていない。現状維持でしょうか。前回のデーター(8週間前の)に基づいて、指導を受けましたが、その後、どのような努力をしたかと聞かれても、それが今日のデータを見ないと分からない。多分、今日も、8週間前と同じでしょうか。蛋白質を余り獲り過ぎないようにと言われていましたが、徹底的に努力をしたわけでもないので、改善はしていないでしょう。また8週間(ゴールデンウィークが入り、9週間)後に、今回のデータが出て、16週間後に改善するように、当面がんばりましょう。(成果が可視化されないと、頑張る意欲がなくなるのは、小児性か(笑))。最も信頼している病院の先生が、3月で診療終わり、転勤するとの掲示。診察してくれた先生に聞いてみたら、わが家から、近くのクリニックへ。何かと、相談に行けるなと思う。
明日は、震災10年目。県主催の祈念式に参列します(国際交流協会の理事長として)。そうか、あの日から10年か。亡くなった姉と、もう少し、話したかったな。中学校の同期生から、先月亡くなった俊先生の追悼の食事会(石巻)、4月14日になったとの連絡。3月は手一杯で不可能と言ったので、忘れないで日程を確保しておかないと。(3/10)<57258>
◇ 火曜日。4人で県庁県政記者クラブに行って、「県民版・復興ビジョン」の作成過程につての情報提供。2年前に、10年になったら、発表することにしていたのだが、コロナの関係で起草委員会などが開けず、遅れている旨と、「素案」等を提示。3社と少なかったが、一つの段取り。2度延ばすことはできないので頑張る必要がある。
天気は良かったが、疲れたのか横になる。夕方になって、お腹がキリキリと痛む。夕食は少なめに食べたが、まあ、落ち着いたかな。明日は、定期の診察の日。まあ、治っているでしょう。(3/9)<57234>
◇ 月曜日。金曜日の会議のための打ち合わせに、陸運局へ。トラック事業者の協議会。労働時間短縮のための方策を関係者(発荷者・受荷者・運送業者)で協議をする会で、座長を仰せつかっている。業者特有の問題があるので、初めて知ることが多い。
午後、市内で、九条の会の事務局会議。(3/8)<57226>
◇ 日曜日。今日は4月から福島市で勤務することになった次女が、運送業者が混まないうちにということで早めの引っ越し。とはいうものの、本人は仕事の関係で来れず、引っ越し荷物の大半をまず運送業者に頼んで運んでもらった。朝のうちに積み込んだ荷物は、午後1時半頃到着。天気も良く、かつ暖かかったので、スムーズに手際よく運び込んでもらった。3時頃にはすべて終了、仙台の事業所に戻った。
夜のテレビは、大河ドラマの後は、BSで3.11の大津波の映像再現、また1年間の動き。震災後10年になって、腹を据えて取り掛かるべきことと思う。徒に精神論ではなく、被災者に寄り添った現実的な方策を、よく考えるべきと痛感する。年度末故の会合や、全国シンポジウムの報告準備等、課題は継続するが、頑張りましょう。(3/7)<57191>
◇ 土曜日。午後から新宿区立鶴舞図書館のオンラインの時事講座の講演。新聞記者の時に交流があったIさんが、定年後に図書館長をやっており、図書館主催の講演会をやりたいので、東京に来る時に話をしてくれとの依頼が昨年からあった。コロナウィルスの問題もあり、私の体調にも自信がなかったので、具体化しなかったが、オンラインで行うということになり、私は自宅から講演をすることになった。震災後の福島の状況(特に原発被災の状況)の話だが、約80名の参加(対面式で8名くらい、その他、zoomでの参加。会場の方は、人の動きが分かるが、zoomの方は、相手の顔は見えない。質問はチャットでということ。それほど説得的な話ではなかったが、熱心に聞いてくれ、質問も真正面からのもの。研究会ではないので、理論的な問題ではないが、福島を心配する質問が多かったようだ。終わってホッとした。
夜は、石巻を舞台にするドラマと、女川を舞台としたドラマ。内容的な展開はいま一つだが、バックに町の風景が出たりするので、ついつい目を凝らしてしまう。次女から録画とってと云われたが(その必要もなくなったが)、予約したと思ったが失敗した。どうも録画が苦手。(3/6)<57171>
◇ 金曜日。明日のオンライン講演会の準備、納得できるものができないので、少々、落ちこんでいます。福島から、東京の方々に、福島の現状を伝えることができれば、と思います。元同僚など、どんどん出版している姿を見ていると、羨ましくなりますが、まあ、自分のできることは小さくても、やり続けることにしましょう。意義を感じて。
夜、仙台の画家・佐藤幸子さんから電話あり。東松島の阿部俊先生が、2月末に亡くなったとのこと。2年前に、松島で90歳の誕生祝いをやって以来、私も入院等で、会えなかった。数年前までは、交流が空白の期間が長かったのですが、震災を経て、友人たちの計らいで、お会いすることができました。社会の先生ですが、女川の出身で、いつも慈愛の眼差しで、教え子を見つめてくれました。また、お会いできると思っていたのに、残念です。機会があれば、お線香の一本でも上げたいと思います。また、寂しくなりますが、いつも傍で見つめいていただいていると思って、過ごすことにします。
考えてみれば、津波で亡くなった実姉の誕生日だった。1940年生まれだから、81歳になるのかな。まだ逝かなくてもいい年だったが。(3/5)<57154>
◇ 木曜日。土曜日の講演会の準備。同じテーマで、何度か話しているので、緊張感がないのと、相手が基本的には、東京の方々。そして、オンラインの講演なので、上手くいくかも心配。まあ、仕方がない、実力の問題だから、ベストを尽くすだけ。
天気が良かったので、2時過ぎに、松川河畔まで散歩。夜になると、左足が痛むので、散歩で改善するかと思ったが、歩いているときは、痛みを感じない。机に向かっていると、いろいろと用事の電話が入る。なかなか集中できない。まあ、何とか処理して、机に向かう。(3/4)<57126>
◇ 3月3日のひな祭り。孫娘たちが遠いので、ラインで、おひなさまの写真を見ただけ。
買い物に出かけ、午後、チャップリンの映画「モダンタイムス」を見る。講演の準備をしているが、なかなか捗らない。
7日までの緊急事態宣言の延長が、首都圏4都県から出ている。新感染者は減っているが、下げ止まりの感じ。このまま宣言終了となると、4月には第4波が襲来するのではないかとの懸念が表明されている。(3/3)<57108>
◇ 3月になった。
昨日の1日は月曜日。「原発と人権」の研究交流集会の事務局会議をzoomで行う。4月3日の予定だが、その報告の準備は、3月6日の講演会が終わってから。
今日は、火曜日。午後から、勤労者通信大学の研究会。対面式の小規模の会合。風雨が強い。年度末なので、やはり忙しい。何とか、借金を返してからの新年度か。私の机の周りが余りにも雑然としているのだが、不在中に、妻に片付けられた(?)。綺麗になったが、どこに何があるか知っていたのにと・・。人間ができていない。(3/2)<57084>
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